32 再会
エーリヤ帝国で魔力枯渇病の研究を始めた私は、日々研究漬けだった。寝食を忘れるほど没頭するため、お祖父様や伯父様には度々苦言を呈された。
家族に心配される。
本当はちゃんと反省して改めなければならないと思うのに、その度に私は嬉しいという感情が湧いてきてつい笑顔になってしまう。先にこの悪癖を直さなければとロイドにはいつも怒られていた。
寝食を忘れるほどの研究のかいがあったのか、私は3年経過した頃には、魔力枯渇病に関してだけは、お医者様でもないのに、帝国では第1人者と言われる程になっていた。でもまだまだ奥の深い病なのは変わらない。
私は21歳になっていた。
「アーサー様!お久しぶりです」
アーサー様は私が帝国に移ってからも、偶にウェスガル家に顔を見せに来てくれていた。
今回は約半年ぶりに訪問してくれたのだけど、今回のアーサー様には同行者がいた。
私とそんなに年の変わらなさそうな従者らしき男性が、アーサー様の側にいて、一人で何でも熟すアーサー様には珍しいなとそう思ったのだけど⋯何だか何処かで会ったことがあるような気がした。
「マリベルちゃん久しぶり」
アーサー様はいつまでも私が幼い子どものように思っているのか、18歳になった以降は止めてほしいと言っても“ちゃん付け”を止めてくれない。困ったものだ。
「実はね、最近俺付になった子を連れてきたんだけど、マリベルちゃん覚えてる?」
アーサー様のその言葉で、私はピンと来た。彼が何者か分かったのだ。アーサー様は私のお願いを気に留めてくれていたんだと嬉しくなった。
「ゼス!ゼスなのよね?」
「お久しぶりです、マリベル様。通りすがりの私の事を気にかけて下さって、ありがとうございました。再び会えたときには、是非お礼を伝えたいと母や弟妹達とも話していたのですが、なかなかお会い出来なかったため、今回アーサー様に同行することをお許しいただいて⋯⋯本当に⋯本当に⋯本当にありがとうベル!」
最後の方は涙混じりで話すゼスだったが、彼と会うのは実に7年ぶりだ。
絶望の果てに、アーサー様を目指して旅に出た私が、出会った御者見習いの少年。
病気の母と弟妹を、自分が支えているのだと、胸を張っていた少年は、随分と様変わりして大人の青年になっていた。
エーリヤ帝国に向かう私に、アーサー様とマーガレット様は、何かして欲しい願いはないかと私に聞いてくれた。
ひとりぼっちの私に安寧を与えてくれたマーガレット様、私の家族を探してくれたアーサー様。それだけで充分恩人である2人は、私に願いを聞いてくれたのだ。
はじめは断った私だったけど、その時にふとゼスの胸を張った姿が頭に浮かんだ。
彼は、対価が決して高いわけでもない、御者見習いの仕事で家族を支えていた。それは彼にはそれしか仕事がなかったからだ。
肘や膝に継ぎのあたった服を来て、スボンもよく見たら寸足らずだった。木靴は先が少し割れかかっていたのに、その足で走っていた。
あの時出会ったお医者様のルーベンス様も、彼と別れたあとも気にかけていらした。
『もう少し私に財があったなら、良かったのに』そう仰っていたルーベンス様。
私はあの出会いのあとも、ルーベンス様にはお世話になったし、今でも文を交わしている。
デトリス領はマーガレット様の方針で、領民は働きながら、しかも無料で学校にも通えるし、病院でも病を安価で見てもらえる。
だから、もし可能なら、ゼス一家がハスビス子爵領からデトリス領に引っ越してもいいか聞いてみてほしいとお願いしていた。
その後は、私の方が学ぶ事が多くなりすぎて、ゼス達がデトリス領に引っ越したことしか聞いていなかった。
そのゼスがアーサー様の従者として、私の目の前にいる。
継ぎ接ぎだらけの服はダークブルーのスーツに、割れかかっていた木靴は紳士の履く革靴に、もうあの少年の面影はその洗練された服装からは想像ができないけれど、笑顔はあの日の屈託ない笑みの面影が残っている。
「ベル⋯マリベル様のおかげで、母の病も治ったし、弟妹は元気に学校にも通えてます。たった一回出会っただけの俺を、忘れず気にかけて下さってありがとうございました」
もう一度お礼を言ったゼスから、彼の家族からだと言って、丁寧なお礼の手紙を添えられた綺麗な刺繍の入ったレースのハンカチを貰った。
実際に助けたのはマーガレット様とアーサー様なのに、私にまでお礼を言ってくれるゼス一家の気持ちがとても嬉しくて、あの時初めて入った食堂の、蒸したジャガイモの塩味が思い出されて、またしても私の目の前が滲んでボヤけていった。




