【閑話】ヘレンの目論見①
6歳まで私に姓はなかった。
ただのヘレン。
ラインズ商会の商会主の娘。
ラインズ商会は私のお祖父さんが起こした店で、ラインズというのはお祖父さんの名前だった。
子供の頃、私には近所で同じ年の幼馴染といえる男女の友人が3人いた。
比率は男女2人ずつ、丁度いい遊び相手だった。
ただ、遊び始めの頃は全く気にならなかったのに、ある時“身分の差”というものを実感する出来事が私の身に降りかかる。
レンスとルーサーは男の子、ナリッサと私が女の子。仲の良い私達は殆ど毎日一緒に過ごしていた。
ただ、私以外は皆貴族の子女だった。
そんな中にどうして私が仲間に入れたのか、それは3人の家がラインズ商会と取引があったからだ。
ラインズ商会が主に取り扱っていた商品は、私には分からない。ただ兎に角、我が家は羽振りが良かった。
子爵令嬢であるはずのナリッサよりも、私の方がいつも綺麗でいい服を着せてもらっていた。
レンスとルーサーもナリッサより私に気を使っていたし、その頃の私は家でも友人と遊ぶ時もお姫様だった。
ある日、ルーサーが婚約したのだと言い出した。まだ私は6歳でルーサーも8歳だった。
「こんやくってなに?」
私の質問にナリッサが教えてくれた。
「おとなになってけっこんしましょうっていうやくそくよ」
「けっこん?けっこんはすきなひととするんでしょう?おかあさんがいってたわ。ルーサーすきなひとができたのね」
私の言葉にルーサーは馬鹿にしたように笑った。
「きぞくはすききらいでしょうらいはきめないんだ。じょうしきだぞ」
常識という難しい言葉は当時私は理解できていなかった。ただ貴族は好きな人と結婚できないなんて可哀想だとその時は思った。
私はその頃、レンスが好きだった。
彼は私の初恋だ。
少し赤みがかった茶色の髪は、私の濃いめの茶色の髪よりも、とてもお洒落で格好良く見えたし、レンスは私に優しくてとても親切だった。
私はその頃、家でお母さんやメイドのランにも、大人になったらレンスと結婚すると無邪気に言っていた。
だけどルーサーの婚約の話を聞いた数日後、レンスとナリッサが婚約をしたと聞かされた。
どうして?レンスは私のことが好きだったんじゃないの?どうしてナリッサなの?
ナリッサの家はそんなに裕福でもないのに。
私はナリッサを突き飛ばして、レンスに必死に訴えた。
レンスが結婚するべきは私なんだと、声を張り上げた。だけどレンスは倒れたナリッサを助け起こして、服の汚れを落としてあげてから、私の方を睨んで言った。
「何言ってるんだよ、貴族が平民と結婚するのは、よっぽど家が困窮している時ぐらいだ。僕のうちは男爵だけど、そんなに困ってないし。それにヘレンと結婚しても、うちに得する事はないもんな。その点ナリッサの家は子爵家だ。僕だってわがまま放題で乱暴なヘレンより控えめでも優しいナリッサのほうが好きだ。大人になったら社交って言って家通しの付き合いとかあるんだぞ、平民のヘレンができるわけないじゃないか」
私に身分の差を心に刻みつけたのは、初恋の男の子だった。
悔しい⋯。
悔しい⋯。
悔しくてお父さんにお願いした。
レンスとナリッサを懲らしめてほしいと言ったけど、それは出来なかった。
何故なら平民は貴族に楯突いては行けないのだそうだ。そのされた内容が理不尽なものならば、騎士団に訴えられるけど、レンスの言ったことは間違いじゃないんだと言われた。ただ私がわがまま放題という部分には怒ってくれたけど、それでも抗議も出来ないんだと悔しそうにお父さんが言った。
それからのお父さんの様子が、少し怖くなって不安に思ったのは何となく覚えている。幼馴染だと思っていた3人とももう遊ばなくなって、私はランとばかり一緒にいるようになった。
だけどそれから1年後、私は男爵令嬢になる事になった。
住み慣れた王都からだいぶ離れた場所に、領地とも言えない、他人の家に間借りするような少しだけ広めの薬草園を受け継ぐ事で、お父さんはノーラ男爵になったらしい。
私は、私を馬鹿にして否定したルーサーやレンスやナリッサに、貴族になった上に私の方がお金持ちだと、3人を見返してやれると嬉しかった。
だけどそのノーラ男爵家に言ってみたら、貴族なのに家は私が住んでいる家よりも小さくて古いからガッカリした。
薬草園もバラのように綺麗な花もなくて、何だか草ばっかりで臭いし、貴族になるんじゃなかったら、もらいたくない所だった。
でも、お父さんの話によると、その薬草園に金のなる草があって、それを売れば巨万の富が得られるって言ってた。どうやら今までは、死んだ従兄の人が煩くてあんまり高く出来なかったそうだ。邪魔な人が死んでくれて、良かったなぁとその時思った。
それにそれを受け継ぐことができたのは、私が緑の魔力を持っていたからだったみたいで、それでお父さんが男爵を受け継ぐことになったそうだ。
緑の魔力なんて、何に使うかよくわからなくて、ちっとも嬉しくなかったけれど、貴族になれるなら話は別だ。緑魔法が使えるようになったら、沢山お金が入るんだとお父さんは嬉しそうに私の頭を撫でた。
だけど、薬草園に緑魔法を掛けに行ったとき私は驚いた。
「どうして、あんたがいるの?」
「どうしてって⋯ここにいろって言われたから」
死んだと聞かされていた又従姉妹のマリベルが薬草園に居て驚いた。
その時はマリベルが居たら男爵令嬢じゃなくなると思って、腹が立って石を投げてその場を立ち去ったけど、その時思った事は正解だったと聞かされたのは、私が13歳になった時だった。




