26 何故?
私の部屋の中には、暮れかけたオレンジ色の光が斜めに差し入っていて、扉を開け部屋の入り口辺りにいるアーサー様の顔半分から下に当たっていた。
入る光は日中ほど明るくはないけれど、眩しかったのか、アーサー様は少し目を細めているから厳しく見えたけれど、掛ける声だけは戯けて聞こえた。
「マリベルちゃん、夕食をお届けに上がりました」
「⋯⋯っ!ありがとうございます」
その戯けた言葉が軽く、少しばかりポカンと呆けていた私だったけど、その行為に気付き慌ててお礼を述べて、アーサー様の持つ盆を受け取ろうと側に行った。
(私ったら死人の癖に、貴族の方に食事を運ばせるなんて)
それは声には出さなかった物の、流石に死んだ事にされていたのは、私の中でかなり卑屈に捉えていた。
しかもアーサー様はただの貴族ではない、お父様の友人で、恩人の領主様の弟でもあるのだ。何よりもアーサー様からはお母様の話を少しでも聞きたいのだから、媚びをいくら売っても足らないのに、給餌の真似事までさせてしまっている。
だけど私の慌てっぷりに、アーサー様は笑いながら、「いいから、いいから」と言って部屋にある机の上に盆を置いてくれた。
「まぁ、ゆっくり食べながらでいいから、俺の話を聞いて」
そんな失礼なことは出来ないと言ったけれど、アーサー様は譲らなかった。仕方なく食べ始めると、アーサー様はもう一脚ある椅子を反対に座り、背凭れに肘を付けてそこに顎を乗せて話し始めた。
「俺ってさぁ、かなり間抜けだったと思ってね。俺は、マリベルちゃん、君を探して他国を走り回ってたんだぜ」
アーサー様の言葉に、口に入れかけたパンを危うく落とす所だった。
「えっ?私を?」
「あぁ、ギカンに騙されたんだよ。あんの野郎どうしてくれようか!絶対に許さん!」
アーサー様の目は怒りに満ち溢れていた。
アーサー様の話を纏めると、アーサー様は数年間、個人的に色々とあって、お父様の死を知らなかったそうだ。知ったのは約一年半ほど前。知って直ぐに事故のことを調べ、その後ハスビス子爵領に向かい、ギカンとも会ったそうだ。ただその時のギカンの話に辻褄の合わないところもあって、不審に思ったアーサー様は、薬草園も調べてくれたらしい。だけどその時、薬草園に私は居なかったといった。
「でもさ、薬草園で働く薬師が全員入れ替わっていただろう?俺の知ってる人が一人もいないなんておかしいと思ったんだ。俺の知る限り、あそこで働いていた薬師は、皆ラスティを慕っていたしね。簡単にラスティの作った薬草園を辞めるはずはないと思えたから」
そういえば、私があそこを出る半年ほど前、薬草園で働いていた女性の薬師の家に、1週間ほど行けと突然言われたことがあった。そこは女性の家のはずなのに家人は居らず、実質一人で食事の支度をして食べ、何の仕事もせず本だけを読んで過ごしていた。あの時はのんびり休めばいいと言われて、嬉しくて本を読み漁った記憶がある。きっとその時にアーサー様がハスビス子爵領を訪れていたんだ。
まさかあの時の思いがけないご褒美の休暇の背景に、そんなことがあったなんて!ギカンに何かを仕組まれていたなんて夢にも思わなかった。
「はじめは、マリベルちゃんも死んだと言っていたけどね、俺は信じられなかったから。だって君を治療した医者は、頭を打っていたけど少し混乱していただけで、命に関わる怪我ではなかったと言っていたんだ。それでアイツを少し脅したら、直ぐに生きている事は白状したんだよ。あまりにもあっさり白状したから俺も油断してしまった。まだまだ甘かったな。その後の言葉も疑うべきだったよ」
悔しそうに顔を顰めるアーサー様。
アーサー様はお父様の薬草園は知っていても、ハスビス子爵領をよく知っているわけではなかった為、あまり詳しく調べられなかったらしい。だからギカンの、私は母親の親族に連れて行かれたという言葉を信じてしまったそうだ。
「あの人はお母様の事を知っていたの?」
「いや、オルデイック王国の人間ではないと言う事くらいしか知らないとは思う。おそらく正確に出自を知っていたのは生きてる人間の中では俺くらいだ」
「⋯そうですか。そうですよね」
私もそれは思っていた。もしギカンが知っているなら厄介者の私など、さっさとそちらに引き取ってもらうなりの手段を取っていただろうと思う。そう思ったとき、私はある可能性に気付いてブルリと震えた。そうだ!どうしてその事に思い至らなかったのかな?
「ギカンはどうして私を殺さなかったんでしょう」
体を震わせながら、私はアーサー様を見つめた。




