25 仕舞っていた心
その日の私は仕事中も気も漫ろといった風で、少しも集中できなかった。指す針も間違いだらけで何度もマインに横から注意が入る。なんにも手につかない私に、とうとうメイド長が怒り、部屋での謹慎を言い渡された。
当然だ。
私事で仕事を疎かにしてしまった私は、部屋で反省していた。
それでも、やっぱり頭に浮かぶお母様の顔がチラついて、全く落ち着かないのだ。
部屋での謹慎を言い渡されたけど、私はベランダに出てプランターを部屋の中に運び入れ、土に魔法をかけた。
土魔法を使っていると、幾分落ち着くような気がしたからだ。
記憶の中に残るお母様の顔は正直朧気だ。
いつしか胸元のロケットの中にある写真に記憶がすり替わるから、本当に見ていたお母様の顔だったのかと分からなくなる時がある。
私のお母様、アスベル・ノーラは正式にはノーラではない。両親はとても仲睦まじかったと私の中の記憶には残っているけれど、2人は正式な夫婦ではなかった。
先日見た私の死亡届の複写にも、母親の名前の記載は空欄になっている。
母の出自は、私は父から聞いていない。
いつかきっと話してくれるはずだったのだと思うけれど、聞く前にお父様は亡くなってしまった。
私がアーサー様を頼ったのは、お母様の生前、唯一お母様をお父様から紹介されたと覚しき手紙が残っていたからだ。
お母様が、この国の人でないのは、魔力の事からも窺えるけれど、何処からどうやってこの国に来たのかも、私には分からない。天涯孤独の身なのか、それとも私には母方の親族がいるのか。それもわからないのだ。
ひとりぼっちの私には、当然もう家族はいない。唯一の家族になり得るかもしれなかった人は、8年も音沙汰無しで、やっと届いた約束は反故にされてしまった。
私はとてもとても家族というものに憧れを抱いている。
それは物心ついた時に、ある日突然泡となって消えてしまったからだ。
幼い頃、ユーリスと一緒に遊んだシャボン玉のように、家族はパンッと弾けて消えてしまった。
そしてユーリスも消えた。
『アスベルさんによく似ている』
普段は胸の奥底に仕舞っていた私の心を、アーサー様が一言で開いてしまった。
お母様への思慕を思い出したら、もう何も手につかなくなってしまったのだ。
あのあと、アーサー様は「本当に申し訳ない。俺が起きるまでは絶対にこの屋敷に居てくれ」と私に告げて、自室に行ってしまった。
レントさんが言うには、もう限界だったのだろうということだ。
相当疲れていたようで、そんなアーサー様に追い縋って話を聞くわけにも行かず、そのまま私は通常に戻ることになったのだけど、気持ちが付いてきてくれなかった。
アーサー様が謹慎中の私の部屋に来たのは、窓から見える空がオレンジ色から薄灰青に染まる頃だった。




