24 優しい眼差し
学校へ行く話が決まって、その日を毎夜数えながら眠りに就く。それだけで夢に向かって1歩ずつ進んでいる気がして私の心は充実した気持ちで満たされていた。
マインとも学校についてよく話していた。彼女の話はとても興味深くて、彼女こそ毎日が充実しているみたいだった。
それから1ヶ月後だった。
とうとうデカント領にアーサー様が帰ってきた。
その日私は、いつもの起床時間よりも早く、衣装係のメイド長に起こされた。
「マリベル、起きなさい!」
「⋯⋯へっ?」
寝ぼけ眼で目を擦りつつ起きると、目の前にいたのはメイド長。
私の意識が一気に覚醒した。
(寝坊した!)
メイド長から起こされた事で、咄嗟に思いついたのは、自分が寝坊したのだと言うことだった。
私は慌ててベッドから飛び出た。
「申し訳ありません、申し訳ありません」
米搗きバッタのように、夜着姿のまま何度も何度も頭を下げて謝罪をしていたら、メイド長はトントンと私の肩を叩き止めるように言った。
「寝坊じゃありませんよ。謝らなくていいわ」
「へっ?」
謝罪以外の言葉は、言葉にならない間抜けな疑問の声しか発せていない。取り敢えず謝罪はしなくてもいいのだと理解して、メイド長を見つめた。
「ごめんね、マリベル。マーガレット様がお呼びになってるの。こんな早くに申し訳ないけど起こしてほしいって言われたのよ。待ってるから仕度をしなさい」
メイド長から言われた言葉通り、急いで着替える。着替えながら時計を見ると、いつも起きる時間よりも1時間早かった。
だけど、そんな事は苦にならなかった。
私が着替えている時、メイド長から聞かされたのはアーサー様の帰還だったからだ。
どうやらアーサー様は今から30分ほど前に突然何の先触れもなく帰ってきたそうで、かなり疲れているらしく、今にも眠りそうなのだとか。アーサー様は一度自室に入ったら、数日から酷いときは数ヶ月単位で引きこもるそうで、その前に私に会わせた方がいいとマーガレット様が判断したようだ。とメイド長が説明してくれた。
『弟は気まぐれだから』
ここに来た頃にマーガレット様が言っていた言葉の、本当の意味を私は理解した。
マーガレット様の執務室のソファには、うつらうつらと頭を揺らす男性が座っていた。
前髪だけはしっかりと撫で付けられて、きれいな額が見えているけれど、襟足から下の髪はどう見てもボサボサに見える。チグハグな茶色の髪は、お父様の髪よりも濃ゆく、マーガレット様の色と同じだった。
それにしても着ている服が、とても埃っぽく見える。状況からその男性がアーサー様だろうと思えるけれど、相当疲れているのは、私の目からも明らかだった。
私が入ってきてから、レントが必死にアーサー様を揺さぶっているけれど、起きるのかな?私は不安になってきた。
すると痺れを切らしたマーガレット様が、扇でアーサー様の頭を叩いた。
「痛っ!」
打たれた頭を擦りながら、ようやく意識が戻ったアーサー様が私に気付いて、じっと私を見つめた。
「よく似てるな、アスベラさんに」
アーサー様の言葉で、私の胸の内から何かが込み上げてきた。
ブワッと涙が溢れる。
アスベラはお母様の名前だ。
アーサー様は、お母様を知っていた。
私は泣きながら服越しにロケットを握った。
涙で滲んだ私の目に、マーガレット様と同じ、澄んだ空のような美しい水色の瞳で、優しく私を見つめるアーサー様が映っていた。




