21 死んでいた私
この話よりマリベル14歳(もうすぐ15歳)の視点に戻ります
デトリス領の現領主は、アーサー様のお姉様のマーガレット様だが、マーガレット様は未婚だった。
正確には、嘗て婚姻していた夫とは離縁していて、その後再婚はしていないのだそうだ。
それを私に教えてくれたのは、一緒に刺繍部屋で働くマインだった。
私の2つ上の彼女は、マーガレット様の前夫の浮気相手の妹だそうで、マーガレット様の前夫と駆け落ちした姉に捨てられたあと、マーガレット様に助けてもらったのだと言っていた。行く宛のないマインはその時8歳だったらしい。マインの姉っていくつだったんだろう?
「マーガレット様は、女神様のような人よ」
マインはマーガレット様を崇拝していて、彼女に一生の忠心を捧げているのだと言った。
私もマーガレット様は女神だと思う。
だってアーサー様の友人の娘と言っているだけで確証の取れない私に、彼女は仕事と安らげる場所を与えてくれたのだ。
アメルースが育ってくれれば、きっとデトリス領の助けになるはずだ。
私はギカンへの意趣返しのつもりでこの地でアメルースを育てようと思っていたけれど、今はそれにマーガレット様に恩を返したいという思いも加わった。
土を育て始めて、もうすぐ1年になる頃、私はマーガレット様に呼ばれた。
執務室に行くと、マーガレット様は2人の事務官と執務をされている所だった。机の上には大量の書類が積み上げられていて、私は領主の仕事って大変なんだなと思った。
「あぁマリベル、そこに座ってて。もう少しだけ待ってね。これまで終わらせるから。レント、マリベルにお茶をお願い」
マーガレット様に言われたとおりに、執務室に置かれているソファに座る。家令のレントさんが、お茶を出してくれた。
使用人の私なのにマーガレット様は気遣ってくれる。しかも出されたお茶は、とんでもなく美味しくて、思わずレントさんを見てしまった。
どうしてこんなに上等なお茶を?
レントさんが出してくれた上等なお茶の意味もが分からず、戸惑いながらも、折角だからと美味しいお茶は堪能した。
暫くして、一段落ついたマーガレット様が私の対面に座る。
マーガレット様は2枚の紙をテーブルに置いた。
「マリベル、とりあえずそれを読んでみて。あ!読む前に深呼吸してね」
不思議に思いながら、言われたとおりに深呼吸をしてから紙を1枚取って読む。
読み始めて直ぐに呆然とした。
「私、私って死んでるんですか?」
あまりのことに私の顔は血の気が引いているだろう。マーガレット様はそんな私に憐憫の眼差しを向け、それから悔しそうに顔を歪めて頷いた。
1枚目の紙は私の死亡確認書だった。
所謂王家に出された死亡届の複写だ。
それによると、あの事故で私は病院で亡くなった事にされていたらしい。
男爵令嬢で無くなった事は、状況からわかっていたけれど、まさか死んだことにされていたなんて思いもしなかった。
「あなたが、もうすぐ15歳になるでしょう?学校はどうするのか、どうした方がいいのかって考えていてね。マリベルは戸籍が分からないって言っていたから、こちらで調べたの。もし貴族のままなら、然るべき手続きをして、それ相応の学園に入らないといけないから。貴族籍を抜けて平民になっていたら、マリベルの意向を聞いて、領内の学校に通うように薦めようかと思っていたのよ。まさか、現男爵が戸籍を偽っているなんて思いもしなかったわ。これはある意味乗っ取りだわ」
私は、マーガレット様の言葉や思いやりを、有り難いやら嬉しいやら、その反面ギカンの遣り口に、情けないやら悔しいやらと色んな感情が頭と心を巡って、体がブルブルと震えるのを止められなかった。
私の震える体をマーガレット様が隣に移動してきて、優しく抱きしめてくれた。
「泣いていいのよマリベル。涙を我慢なんかしなくてもいいの、悔しいでしょう」
背中を優しく擦ってくれるマーガレット様の手から、暖かさが伝わってくるようで、それに連動するかのように私は涙を流し続けた。
暫くして落ち着いた私は、もう一枚置かれている紙を手に取った。
それにはギカンが受け継いだ、ノーラ男爵家の近況報告書だった。
私が思っていたとおり、アメルースの栽培は年々少なくなっていて規模が大幅に縮小されているようだ。
だけどギカンの家は元々商人だ。
アメルースが育たなくて希少な薬を作らなくても、商売の方は順調のようで、男爵という爵位を大いに活用しているらしい。
アメルースで得た富もそれに加算されているので、ノーラ男爵家はちょっとした富豪になっていた。
私が薬草園で働いている間に、そんな事になっていたなんて全く知らなかった。
「あなたとあなたのお父様である前ノーラ男爵と前ハスビス子爵の乗っていた馬車事故だけど、事件性があるって事マリベルは知っていた?」
「えっ?!」
それは寝耳に水の話だった。




