20 婚約
個室に戻るとアズランが丁度席に着いたところだった。
「何処かに行ってたのか?」
「あぁ、ちょっと⋯な」
何となく先程の事は言いにくかった僕だったが、咄嗟に誤魔化すことも出来なくて、適当に返事をした。いつもなら、そんな僕に突っ込んでくるアズランだったが、その時の彼はそれ以上聞いてくることはなかった。
お互いの近況報告などを簡単にしたあと、彼は言いにくそうにしながらも、今日呼び出した本題を話し始めた。
それは以前僕が彼に頼んでいたことの返事だった。
「ユーリス。お前公爵家を継がないって言ってただろう。一応お前の意向は公爵に伝えてみた。公爵は、はじめはそれがお前の希望ならと言ってくれていたんだけど、ちょっとそれは無理そうだ」
「えっ?」
僕はアズランの言葉に驚いた。
元々異母弟が生まれたと聞いた時に、僕は公爵家を出ようと考えていた。あの頃僕はまだ幼かったし、マリベルもいたから、漠然と大人になったら子爵領で薬師になる、なんてことを考えていたけれど。今はまた別の考えから公爵家は継がないと決めた。
僕には、マリベル以上に好きになれる人ができるとは思えなくなったからだ。
幼い頃の淡い初恋だと、周りはきっとそう言うだろう。
だけど、僕には彼女との約束が全てだった。どうしても、どうあっても、マリベル以外の人が僕の横にいる事を想像できない。
ひょっとしたらいつの日か、マリベルの事も思い出になるかもしれない。
だけど今は無理だ。
公爵家を継ぐことになるなら、必ず結婚しなければならない。跡継ぎが必要になるからだ。
だけど、もう公爵家には異母弟がいるんだ。僕が継がないといけないわけじゃない。
だから僕は、後継者を降りると父に手紙を書いたけど、いくら待っても父から返事は来なかった。
それでアズランが、メルキューラ学園を出る時に、僕は真剣なのだということを彼に伝えてもらうように頼んだ。
それなのに、どうして?
「実は、お前の異母弟も魔力枯渇病に罹っているらしい」
「えっ?でも⋯」
「そして、その事でエーベンも流石に公爵家の財政を支えるのは難しくなってきたんだ。エーベンも昔ほど羽振りがいいわけじゃないうえに、あの病気の薬年々値上がりしてるんだよ」
「そんな!だったらまた王家に⋯」
その時、アズランが僕の口を手で押さえた。
「しっ!ユーリス。興奮するな」
僕の声は段々と大きくなってきていたようで、それをアズランが諌める。
それからぼくは小声で、王家に介入してもらってくすりの値段を下げるように進言すればと言ったが、アズランは首を左右に振った。
「どうやら最近、あの薬に使う薬草が育ちが悪いそうで、薬があまり作れなくなってきてるそうだ。だから尚更希少で、手に入りにくくなってる。今の金額でも他国から買うよりはだいぶ安いらしい」
僕は、あの時の苦しみを思い出した。
体中から力が抜けていくような感覚は、緩やかなものではなかった。少しずつ尖った刃物で体を削られるような痛みも伴う。
喉が焼けて声も出せなくなるし、熱で魘され続ける。
それを僕の異母弟も体験しているのだ。
可哀想だとか気の毒などという感情は沸かないけれど、あの時の体験した痛みだけは思い出した。
でも薬さえ飲めば治るのだ。
僕は貯めていたお金を父上に渡した方がいいのかなと考えを巡らせていたら、アズランが嫌なことを言い出した。
「スザンヌがお前に話があるそうだ。意味分かるか?公爵が怒り狂って反対しているけれど、あまり強く出られないのも事実だ」
「まさか⋯」
「スザンヌがお前に婚約者をって言い出したんだよ。援助してもらえる家を探しているらしい。今は公爵が止めているけれど時間の問題だ」
「それは⋯⋯」
僕は、何をどう言っていいか分からなかった。
嘗て父上が、エーベン侯爵家のスザンヌと婚姻したのは、僕の薬代の為に圧迫した公爵家を立て直すためだった。
その為にスザンヌは、将来を誓った恋人と別れ、恋人との間にできた子供を身篭ったまま、ケニスト公爵家に嫁いできた。
父上と婚姻した時スザンヌが身篭っていたと聞いたときは、とんでもない女だと思ったけれど、後に義母の事情を聞いたら、もうそんなふうには思えなかった。身篭って嫁いできたのは彼女なりの王家と公爵家に対する反発心だったのかもしれない。
生まれた子供は、無事に恋人に引き取られたらしい。
そして僕のためにエーベン侯爵家は、ケニスト公爵家を今まで援助し続けてくれていたのだ。
それならスザンヌが僕の婚約を利用しようとしても、父上だって本気で文句は言えないだろう。
今度は僕の番だ。
スザンヌがそう思ってもおかしくない。
「僕は、婚約しなきゃいけないんだな」
アズランは、僕が呟いた言葉を聞いて、ひどく顔を顰めていた。
そして、アズランと話した数ヶ月後。
父上からの手紙で、僕の婚約者がヘレン・ノーラ男爵令嬢に決まったと知らされた。
婚約者が嫡女の男爵令嬢ということで、僕は公爵家の嫡男からは外され男爵家の婿になるそうだ。
どうやら義母は、お金の援助ではなく、薬の優先権を選んだのかもしれない。
そして、皮肉な事に幼い頃に夢見た僕の願いが一つ叶った。
ノーラ男爵家の婿になること。
ただ相手が、一緒に居たいと願ったマリベルではなかったけれど。
マリベルとは似て非なる人。
そう感じていた僕は、マリベルと似た色を持つ少女の顔を、頭に思い浮かべようとしたけれど、どんなに考えてもその顔は思い出せなかった。
いつも読んでいただきありがとうございます( ᴗ͈ˬᴗ͈)
次話からマリベル視点に戻ります
ユーリス視点は、マリベルがハスビス領を出る2年前までのお話でした。
次話からのマリベル視点から時間経過は元に戻ります。
次話以降もよろしくお願いします。




