19 似て非なる者
マリベルが亡くなって5年経過した。
僕は16歳になっていた。
メルキューラでの生活は変わらず、日々を淡々と過ごす。
変わったのは僕の感情だけ。
僕はあれから、何を見ても何を聞いても何の感情も湧かなかった。
悲しくもないし辛くもない。
楽しくもないし嬉しくもなかった。
夢の中でマリベルを呑み込んだあの黒い靄が僕の感情も一緒に呑み込んだのだと思った。
そんなある日、僕はアズランから手紙を受け取った。
僕の母方の従兄に当たるアズランは、訳有でここに入っていたけれど、1年前に訳有りじゃなくなって、センザット伯爵家を継ぐべく王都の学園に編入していった。
親族になるから、彼からの手紙は僕の元にちゃんと届く。
彼の手紙には、話したいことがあるから、外出許可を取って王都に来てほしいという事だった。
僕はメルキューラに来て一度も外出していない。
外出する目的が何もなかったからだ。
アズランは僕に何の話があるのだろうか?
正直これがアズランからの願いでなければ、手紙は直ぐに屑籠行きだっただろう。
だけど、メルキューラにいる間は、アズランは僕に本当の弟のように接してくれていた。
感情のない僕に寄り添ってくれていたのは、アズランだけだった。
他の人に比べたら彼に対してだけは、感謝の気持ちも持っている。
僕は彼のお願いを聞くことにした。
約束の日、センザット伯爵家から迎えの馬車が来た。
連れて行かれたのは、賑わう王都の街中にあるレストランの個室。
2階の窓際の席からは、道行く人がよく見えた。
僕が先に到着していたようで、座って外を見ていたら、何も頼んでいないのにお茶が目の前に出てきた。
「少し遅れるとのご連絡がありました」
店員がそう言って出してくれたのは、爽やかなミントの香りが、少し鼻に抜けるほど利いているハーブティーだった。
「何かあったのかな?」
店員が下がったあと、僕はお茶を飲みながら呟き、再び窓の外に目を向ける。
どれくらいそうしていたのか。
何の気なしに見る人並み、特に何かを見ている訳ではなかったのに、突然僕の目に飛び込んできたのは、桃色の瞳の少女。
誰かと連れ立って歩いていた少女が、隣の人を見上げたときにその瞳が僕の目に映った。
「マリベル!」
叫んだ僕は直ぐに部屋を飛び出し階下に降りた。
死んだはずのマリベルが、王都の街を歩いている。
どうして?
どうして?
どうして?
頭の中には疑問符だけが浮かぶ。
走る僕に店員や店内にいた客が、驚いているのがなんとなくわかったけれど、そんなことはどうでも良かった。
外に出ると、先程見かけた少女が歩いている背が見えた。
人混みを掻き分けるように追いかける。
直ぐに追いついて、隣に人がいるのも構わず、僕はその少女の肩を叩いた。
「マリベル!」
振り向いた少女は、マリベルではなかった。顔付きも似ていない。間近でよく見れば桃色の瞳もブラウンの髪色もマリベルよりも濃い色でノーラ男爵を思わせるほどだった。マリベルは男爵と同じ色合いでも全体的に薄かったのだ。
どうして間違えたんだろう。
声をかけたのは僕なのに、二の句が告げずにその場で立ち竦んでしまった。
だけど驚くことにその少女の方から僕に声をかけてきた。
「私の又従姉妹のお知り合いですか?」
僕は驚いて、その場で固まってしまった。
◇◇◇
少女は、ヘレン・ノーラと自己紹介をした。
連れ立って歩いていたのは彼女の母親で、ノーラ男爵夫人だという。
アズランが調べてくれた時、ノーラ男爵を継承したのは、親戚だと聞いていたから、この夫人の夫が現男爵なのだと分かった。
同じような瞳と髪の色でマリベルの親戚なのだということは間違いないと思えた。
それにしてもこのヘレンという少女は、マリベルとは顔立ちはまるで違っている。
マリベルはきっと母親似だったのだろう。
色が同じだったというそれだけで、取り乱してしまった僕は、自分が情けなくなった。
あの時からきっと僕の時間は少しも動いていないのだ。
それを突き付けられたようで、尚更苦しくなった。
男爵夫人にお茶を誘われたけれど、僕が勘違いして肩を叩いた事を詫て、誘いは丁重に断った。
アズランとの待ち合わせのレストランに戻る僕を、2人がずっと見ていたことに、僕は全く気付いていなかった。




