17 叶わなかった願い
目が覚めた時、見慣れた天井が見えて僕は安堵した。
「あぁ、夢だったんだ。何て酷い夢だ」
「ユーリス⋯」
マリベルの死亡記事なんて夢だったんだと思ったのも束の間、僕の傍らから聞き慣れたアズランの声が僕を呼びかける。
その声色が僕を現実に戻そうとする。
嫌だ、夢のままでいさせてくれ。心の中で懇願する。
「ユーリス⋯お前」
「嫌だ!聞きたくない!」
「⋯この記事」
「聞きたくないって言ってるだろう!」
声を荒げて必死に訴える僕に、アズランはそれ以上声はかけなかった。
ただ目の端にアズランが持っている新聞が目に入って、僕はそれを見たくなかったから目を瞑った。
夢だ!
これは夢なんだ!
だからまだ目を覚ましちゃいけない!
僕は目を開けないようにギュッと瞼に力を入れた。
そしてそのまま眠った。
『いつかまたここに帰ってくるよ』
『ほんとう?』
『うん、約束する』
『ふふっやくそく』
約束のゲンマン、心を込めた小指への口づけ。
マリベルの小さな指。
頬を染める可愛いマリベル。
夕日の丘を走る僕のあとを、必死に追いかけるマリベル。
いつしか僕がマリベルを追いかけていた。
僕の前を駈けるマリベルの行く先には黒い靄が広がっている。
行かないで!マリベル!
行くな!
そっちに行ったらだめだ!
こっちに来るんだ!
マリベル帰ってきて!
帰ってこいよ!
お願いだから⋯。
お願いだから帰ってきて⋯⋯。
僕は声を限りに叫ぶけど、僕の声はマリベルに届かない。
マリベルは黒い靄に包まれてしまった。
目が覚めた時、僕は泣いていた。
涙が顳顬を通って耳朶を伝う。
信じない!
信じたくない!
僕はベッドから抜け出して、着替えて鞄に荷物を詰めた。
そっと部屋を出る。
詰所にはダンさんが居て僕に声を掛けてきた。
「ユーリス、何処に行くんだ」
「あぁダンさん、ごきげんよう。僕はここを出る事にしたんだ。今までお世話になりました」
「おい、ちょっと待て!」
詰め所からダンさんが出てくる。
僕は入り口の扉を開こうと押したけど、いつも簡単に開く扉はビクともしない。
「ねぇダンさん。僕は行かなきゃ行けないんだよ。開けてよ!ここを開けてくれよ」
扉を叩く僕の手を掴んだダンさんは、首を左右に振る。何度も何度も首を振る。
「だめだユーリス。お前はここから出られないんだ」
「だって、僕が行かないと。ちゃんと帰らないと。約束したんだ。帰るって約束したんだ。約束は守らないとだめだろ?じゃないとマリベルが行っちゃう!早く帰らないとマリベルが行っちゃうんだ!約束したんだ!」
ダンさんに必死に言ったけど、首を振るダンさんは僕の腕を掴んで離さない。
扉のノブにしがみつく僕の体を離そうとする。
だめだよダンさん。
僕はマリベルの所に帰るんだ。
僕の願いも虚しく、ダンさんは僕の鳩尾に拳を入れた。
僕の願いは叶わなかった。
約束は守ることができなかった。
僕はマリベルのところには帰れずに、反省室に3ヶ月閉じ込められる事になった。




