12 希望の天使
ハスビス子爵領は、僕の病に効くとされる薬の生産地だそうで、暫く療養していたら、きっとケニスト公爵家に帰れると、道中の馬車の中で話してくれたのは、父上ではなく代わりに付き添って送ってくれた執事のルコールだった。
彼は、長年ケニスト公爵家の執事だったが、父の再婚に伴い、義母の連れてきた執事がいる為、暇を出されたらしい。
僕を送った後に、母上の生家の方で雇われるのだと言っていた。
ルコールも父上に捨てられたんだ。
僕は馬車の中でそう思った。
ハスビス子爵領はケニスト公爵領よりも自然豊かな場所だった。
だけど僕はそんな事はどうでも良かった。
子爵家の一室が僕に与えられた療養場所で、そこで毎日おとなしく薬を飲むだけの日々が続いた。
子爵家には僕と同じように療養に来ていた人が数人いたけれど、みんな僕よりもずっと年上の人だった。
そんな人たちの中には、気分が良い日に僕の部屋に来て、親切に本を持ってきてくれたり、家庭教師のように字を教えてくれたりする人もいた。
でもそれも長くは続かない。
なぜなら、1ヶ月か2ヶ月もすれば、みんな元気になって療養を終え家に帰るからだ。
元気になっていく人達を見送る日々。
ちゃんと毎日薬を飲んでいるのに、僕の体は一向に良くならなかった。
僕よりもあとに来た人たちまで、家に帰っていく。それが堪らなく羨ましく思っていた。
だけど、そのうち僕は思い始めた。
僕は治ってもいいのだろうか?
治ったところで父上に捨てられた僕は、何処に帰ればいいのだろうか?
僕は毎日毎日、答えの出ない問を繰り返していた。
そんなある日、いつものように頭の中で問を繰り返しながら、読むわけでもない本を開いてぼんやり窓の外を眺めていた。
きっとその目には何も映していなかったのだけど、ふと視線を感じた。
瞬きをして感じる視線の先を見ると、僕よりも小さな女の子が僕を見ていた。
ひとりっ子の僕には、弟も妹もいなかったし、僕よりも小さな子供に触れ合ったことがなかったから、視線が合わさるだけで何を声をかけていいのか、よくわからずにいた。
きっと僕はその時固まっていたんだろうと思う。
「おにいちゃん?」
「えっ?」
突然お兄ちゃんと呼ばれたけれど、僕は女の子のお兄ちゃんじゃない。
必死に頭を左右に振って僕は“違う”と表現した。だけど女の子は、目が合ったときは少し離れていたのに、こちらに近づいて来て閉じていた窓を叩きはじめた。
(どうしよう、どうすればいいんだろう?)
僕は女の子の行動に戸惑ってしまっていた。その間もその子は窓を叩く。
手が小さいからなのか、そんなに力は強くなくて窓を割るほどでも煩いわけでもない。
(放って置いてもいいのかな?)
そう思った時、窓を叩く女の子の手が少し赤くなっているのが目に入った。
(いけない!手が赤くなってる)
思った時には、僕はベッドを抜け出して窓を開けていた。
「ふぅー、おしょいよ、おにいちゃん!まりべるのおてていたいいたいになっちゃった」
赤くなった手に息をフゥフゥと吹きかけながら、顔を顰めてぼくを睨む女の子。
その仕草がなんだか僕にはとても可愛く見えた。だからかもしれない、僕は笑ったみたいだ。
「あっ!おにいちゃんわらったね。そのほうがじゅっといいよ。おかおがくらいとなおらないっておとうしゃまがいってたよ」
「そうなの?」
「うん!やまいは、きからなんだって!ほらまりべるのおててもふうってしたからもういたくないんだよ!」
そう言って、小さな手のひらを僕に向けた小さな女の子マリベルは、僕が無くしてしまった希望を、天から運んできてくれた神様の使いの様に思えた。




