シムソン線
二年生になった。
報告できる進歩は控えめだ。帯は白いまま。技は百本に三本ほど通るようになり、投げられ日記はノートの半分を占めるようになった。単位は落としていない。たこ焼きの配分は六対六で安定。世界はおおむね平和で、俺は週三回、青い畳に転がされて暮らしていた。
六月、合気道部は梅雨合宿に出た。行き先は市外れの青雲荘という古いセミナーハウスで、二泊三日、朝から晩まで稽古漬けになる。バスが山道に入ると、窓の外の緑が濃くなった。
少し白状すると、俺は山が少し苦手らしいことを、この日発見した。景色としては綺麗なのだ。ただ、山ひとつをまるごと視界に入れると、目の奥が妙に疲れる。木の一本一本の中心を示す点は見える。岩の点も見える。だがその無数の点のずっと奥に、何かとても大きいものが「ある」という気配がして、焦点がよく合わない。双眼鏡を逆から覗いたときのような、遠近の狂う感じ。
俺は努めて焦点を外し、すべてをぼんやりと見ていた。しばらくそうしていると、通路を挟んだ隣の席から、声が来た。
「葛西。どうやら遠山の目付を学んだようね」
紺野さんだった。えんざんのめつけ?と訊き返すと、彼女は窓の外を顎で指した。
「遠くの山を眺めるみたいに、一点に留めないで、全体をゆるく見る目。剣道の目付けの理想とされてる。あんた、山相手だと出来るじゃない」
「こうしてないと目が疲れるので」
「何でもいいわ」彼女はシートに沈み直して目を閉じた。「前に言ったでしょう。場の全体を見ろって。人間相手でも、それをやりなさい」
遠山の目付か。俺は窓の外の、焦点の合わない大きな緑を、もう一度ぼんやり眺めた。山を見る練習が人間に効くのかは知らないが、剣道では、ものを見る作法にさえ名前をつけているのかと思った。
バスを降りた瞬間から雨だった。なぜわざわざ梅雨などという鬱陶しい季節に合宿をするのか。宮下先輩は「湿気てるほうが受け身の音がいいんだよ!」と胸を張る。受け身の音質にこだわる集団に、俺は所属している。
青雲荘の大広間の畳は、緑だった。「畳が青くない」と俺が言ったら、部員の何人かが深く頷いた。隣の芝生がいかに青かろうが、畳はうちほど青くなかろう。その緑の畳は匂いも硬さもふだんと違って、受け身の音を最初に聞いたとき、ああ合宿に来たんだなと俺は改めて思った。人は、色んなところに「いつも通り」を蓄えているのだ。
初日の夜は飯当番だった。俺と宮下先輩と紺野さんの三人で、業務用の寸胴にカレーを仕込む。指揮は小田島さんが執った。小田島さんは寸動の水量を目分量で当てた。水道局六十年は伊達ではない。宮下先輩は米を研ぐ手つきだけ実家の酒蔵ゆずりだ。「水は米の一・二倍!夏場はきもち少なく!」と声がでかかった。俺の担当は玉ねぎ十二個で、泣きながら刻んでいたら、紺野に「泣くのは早い。まだ三個目よ」と進捗管理された。その後、じゃがいもの皮を剥きながら、俺はふと気づいて手を止めた。じゃがいもにも、点いている。でこぼこの塊の、芯の少し寄ったあたりに、小さな一点。下手くそな手描きの丸にすら律儀な俺の眼は、台所の根菜も見逃さないらしい。面白かったのは、皮を剥くと、点が動いたことだ。厚く剥いた側から逃げるように、わずかに、引っ越す。形が変われば、中心も変わる。オイラー線の講義で習った当たり前を、じゃがいもは夕飯の下ごしらえの速度で実演してくる。俺が何個目かの引っ越しに見入っていたら、紺野さんに「何、じゃがいもとお見合いしてるのよ。さっさとやる」と、ふたたび進捗管理された。
カレーは大成功だった。二十人前を仕込んだ鍋はすっかり空になった。
武道の合宿というのは、つまるところ、米を炊く行事に稽古がついてくることだと俺は理解した。
※
発見は、二日目の午後にあった。
自由稽古の時間、相手は宮下先輩だった。組んで、崩して、投げられて。いつものように進んでいたのだが、その途中で、俺はあることに気づいた。先輩と俺の体の位置関係、そして体が入る角度が一定の条件をみたすとき、技が通りやすいようなのだ。そして、不思議なことには、その位置に、ぼんやりと目印でもついているような気がしてならない。はじめは小窓から差し込む光の加減かと思ったが、どうも違うらしい。
俺は先輩との位置関係を変えながら試してみることにした。そうやって、しばらく練習しているうち、俺の目に、次第にはっきりと浮かび上がっていくものがあった。技の通りやすい位置。それは、並んでいたのだ。大きな弧の上に。
目を凝らす。雨で灰色になった窓明かりの中、それは先輩の足元にあった。
床に、薄く、円が敷かれていたのだ。直径は、ちょうど両腕を広げたくらい。まるで、天井から先輩を見下ろした誰かが、コンパスの針を先輩の足元に刺し、畳へ作図したように。さらに、よく見ると、その中心は、胸の奥の外心とつながっているようだった。光がそこから糸のように一本下りて、床に触れたところから輪が広がっている。それは今まで見たことがなかったものだ。いや、見えていたのかもしれない。薄すぎて、気づかなかっただけで。
そして、その円の縁に俺が立つと、円の内側の畳に散っていた微かな光の粒が、三つ、すっと一列に並ぶのだ。床の上に、一本の細いレールが引かれるように。再び円から降りると、三つの粒はまたばらけて、床の上の三角形に戻る。
「葛西、お前さっきから何やってんの?妖怪の踊りみたいな移動して」
「先輩、もう一本お願いします。……ここから」
円の上。三つの粒が並んだレール。その向きに、そのままに、入った。
丸太が、飛んだ。緑の畳が、いい音で鳴った。
「もう一本お願いします!今度はここから」
「お、おう?」
今度は円から半歩、降りた位置だ。そこからは通らなかった。いつもの渋滞。「もう一本」。円に戻った。三つの粒がレール上に並ぶ。その上を技が通る。「もう一本」。円の上を四分の一周した位置。通る。ただし、投げの向きが変わった。投げる向きを、俺が変えたのではなく、レールの向きが変わったから、そうなったのだ。
宮下先輩は文句ひとつ言わずに十数本付き合ってくれた。投げられると嬉しそうな人で本当によかった。本数が増すごとに宮下先輩は機嫌が良くなり、「葛西、さてはお前なんか掴んだな!?」と受け身の姿勢のまま笑っていた。掴んだ気がした。けれど今掴んだものの正体を、説明する言葉を持っていなかった。
大広間の反対側から、視線を感じた。紺野さんだった。手解きの練習を一時中断し、俺の「妖怪の踊り」——立ち位置を刻んで替える不審な足取り——を、目付の目でじっと追っていた。目が合うと、紺野さんは自分の練習に戻っていった。
※
休憩中、俺は合宿所の廊下の隅で、理玖に電話をかけた。
窓の外は雨。廊下の蛍光灯に羽虫が二匹。電話の向こうからは、ファミレスの環境音と、しゃら、しゃら、という規則的な音がした。氷の入ったソーダを混ぜているらしい。俺は見えたものを、全部話した。外心の投影から広がる薄い円。その周上に立ったときだけ、相手の輪郭の光の粒が三つ、一直線に並ぶこと。その線の向きに入ると、技が通ること。
混ぜる音が、止まった。
「葛西。お前いま、外接circleの上に立ったって言ったか」
「英語になってるぞ」
「なってない。ちょっと待ってろ。そのまま聞け」電話の向こうで、紙ナプキンを引き抜く音がした。作図を始めたらしい。「三角形の外に、点を一つ取る。その点から、三角形の三つの辺、あるいはその延長に、それぞれ垂線を下ろす。すると、垂線が辺と交わる点が三つできる。いわゆる、垂線の足だ。この三つの点は、普通は三角形になる。ところが」
「円の上のときだけ」
「そう。初めの点が外接円の上に乗っているときだけ、三つの足は、一直線に並ぶ。これをシムソン線という。証明されてから二百年以上経つ」
シムソン線。俺が今日、緑の畳の上で見つけたレールには、二百年前から名前がついていた。
「もう一つ、大事なことを言う」理玖の声が、講義の速度になった。「シムソン線の向きは、お前が円のどこに立つかで決まる。円の上を歩けば、線の向きは連続的に回る。つまりだ、葛西。お前が投げの向きを選んでるんじゃない。お前の立ち位置が、必然的に向きを決めてるんだ。技の方向ってのは、意志の話じゃない。位置関係の話だ」
「……投げる向きを変えたかったら」
「歩け。それだけだ」
投げの方向は、位置関係が決める。向きを変えたければ、歩け。俺は廊下の隅で、電話を持ったまま、しばらく黙っていた。三か月投げられていた冬、俺はずっと、腕の使い方を間違えているのだと思っていた。腕じゃなかった。足だったのだ。答えは手元じゃなく、床の上に描いてあった。
「宿題を出す」と理玖が言った。「この後『技が通る場所』を最低五点、記録しろ。畳の目で座標を取れ。五点が同一円上に乗るかどうか、帰ったら俺が検証する。三点なら円は必ず引けるんだ。四点目からが証拠だ」
「稽古なんだけど、俺のは」
「兼ねろ。武道と測量は両立する」
両立しない気もしたが、翌日、俺は本当に記録した。手ぬぐいの結び目を目印に、通った位置を畳の目で数えて、五点。その夜、サニーズで理玖が方眼紙に写し取り、コンパスを回して、五点すべてがひとつの円周に乗ることを確認した。
「理玖。ありがとう。……そっちは、なんでファミレスにいるんだ、一人で」
「窓から俺の席が空いてるのが見えたからだ」
即答だった。ソーダを混ぜる音が再開して、電話は切れた。
※
消灯前の談話室で、麦茶を囲んだ恋バナが発生した。
火をつけたのは宮下先輩である。丸太は恋バナが好きだった。同期の誰と誰が付き合ったの別れたのと一頻り騒いだあと、矛先がこっちへ回ってきた。
「そういや葛西!お前さ、土曜の稽古あと、いっつも誰かと待ち合わせてない?」
「気のせいです」
「気のせいじゃない」と、部屋の隅から声がした。紺野さんだった。壁にもたれて麦茶を持ったまま、目付が据わっている。「事実を列挙します。一、被告人は毎週土曜、稽古後に会館の南階段下で人と合流する。二、合流相手は三階・音楽研究会の遠野美晴。三、二人は商店街のたこ焼き屋で一舟を分ける。四、配分は六対六。五、被告人は自分の分が冷めるまで待つあいだ、相手の火傷に毎回動揺する。以上の事実から導かれる合理的な推論を述べなさい」
「五番まで見てたのか……」
「商店街は私の通学路なの。で?合理的な推論」
「……友達、です」
談話室が、どっと沸いた。宮下先輩が「出た!出たよ友達!」と畳を叩き、小田島さんが「初々しいんだけども」と湯呑みを傾け、大隈主将が「若いなあ」と薄く言った。そこで全員が大隈主将の存在に初めて気づき、二度見した。俺は麦茶で顔の火照りを冷やそうとしたが、麦茶にそこまでの性能はなかった。
「ちなみに補足の事実がもう一件」紺野さんは容赦がない。「軽音の子から証言が取れてます。『みはるんは合宿の日程を把握している』そうです」
「なんで紺野さんが軽音とつながってるんだ」
「ナっちゃんとバイト先が同じなの。世間は狭いのよ、葛西くん?」
世間が狭いのではない。この町の情報網が、俺を包囲しているのだ。
「六対六のたこ焼きかあ」と宮下先輩がしみじみ言った。「六対六はもう、あれだろ。あれじゃん」
「あれって何ですか」
「あれはあれだよ!なあ紺野!」
「私に振らないで」
騒ぎが一段落して、話題は自然と紺野自身に流れた。振ったのは宮下先輩だ。「紺野はさ、剣道あんなに強かったのに、なんで大学で合気道にしたんだ?肘、そんなに悪いのか」
一瞬、談話室の空気が、雨の音の側に寄った。紺野は麦茶を一口飲んで、存外あっさり話した。高校三年の六月、インターハイ予選の前に肘を壊したこと。医者に「竹刀は振れるが、勝負の本数は振れない」と言われたこと。それでも道場の空気が忘れられなくて、打たない武道を探して、ここへ来たこと。
「未練とかじゃないよ」と彼女は言った。「剣道で好きだったのは、打つことじゃなかったから」
「じゃあ何が好きだったんだ?」
「打った後」
紺野さんは麦茶の残りを見つめて、ごく普通の、思い出話の声で続けた。
「剣道はね、打った後のほうが大事なの。残心。打って、決まって、それで終わりじゃなくて——終わった後も、構えと気持ちが崩れないでそこに在ること。審判はそこまで見て一本にする。私、あれがいちばん好きだった」
「へえ」と誰かが言い、「一本て奥が深いんだなあ」と宮下先輩が言った。俺はといえば、シムソン線で頭がいっぱいの夜だったから、その言葉を、麦茶と一緒に飲み下しただけだった。ざんしん、という響きが、雨音の中で少しだけ綺麗に聞こえた。
※
最終日の朝稽古、俺は八雲さんだけを見ていた。
見て、確かめたいことがあった。師範代は次々に相手を替えながら、大広間を静かに移動していく。俺はその足だけを追った。半歩。斜めに半歩。相手が替わるたび、円が替わる。そして八雲さんの足は——ずっと、円の上にいた。
誰と組んでも。どの技でも。相手の外接円という、本人にも誰にも見えないはずのレールの上を、この人は当たり前の顔で歩き続けていた。正三角形の人は、線のずれがないだけじゃない。立っている場所が、常に適切なのだ。俺が昨日の稽古でやっと見つけた「通る場所」の上を、この人は二十年、雨の日も晴れの日も歩いてきたのだと思うと、畳に額をつけたいような気持ちになった。
帰りのバスの中、八雲さんが言った。
「来月、北稜大と合同稽古をやる。対抗戦形式だ」
「対抗戦、ですか」
「向こうには、面白い学生が一人いる」
面白い、と八雲さんが言うのを、俺は初めて聞いた。予感があった。この人の面白いは、たぶん、面白いでは済まない。




