表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影陽―カゲヒナタ―  作者: 小日向佑介
第一部:陽の世界
5/8

いまの美景家

 騒ぎを聞きつけて人が集まってくるかもしれない。


 二葉はそう言って、陽を近くの飲食店へ連れ込んだ。二葉は酒を、陽はコーヒーを注文する。飲み物が揃ったところで、二葉は再び煙草に火を点けた。


「陽、ずいぶん大人びたね」

「二葉さんこそ、ずいぶん大人っぽくなりましたね」


 美景家は一哉と二葉の二人兄妹であり、二葉には年下の家族がいなかった。一哉との年齢差が大きかったこともあり、可愛がられて育ったのだろう。そこにさらに幼い陽が現れ、姉気分を味わおうとませた言動を取ることが多かった。その都度、空回して一哉に笑われていた姿を覚えている。

 ところがいまはどうだ。体つきは女性らしい丸みとしなやかさがあり、闇を映す長髪をうなじの辺りで結んでいる。パンツスーツがよく似合う、凛々しい大人の女性だった。

 二葉が笑う。口から煙が吐き出され、陽の顔を包み込む。バニラのような甘い匂いが鼻孔をくすぐった。


「あたしだってもう二十だよ、来年には一哉兄さんに追いつくんだから」


 そうか、と陽はうつむく。一哉は本当に若くして亡くなったのだと実感した。

 二葉は酒を勢いよく呷る。昔の二葉を知っている陽としては考えられない光景だった。あんなに勢いが空回りしていた、実年齢より幼い印象を受けた二葉が、いまでは酒を呷り紫煙をくゆらせる女性になっているとは。開いた口がふさがらないとはまさにこのことだった。


「さて、本題に移ろっか。陽、正直に答えて。一哉兄さんを殺したのは、あんたなの?」

「……僕じゃない。信じてくれるとは思ってないですけど、僕じゃないんです。一哉様は、僕の目の前で亡くなりました。あまりにも突然に、呆気なく」


 美景の者に打ち明けるのは初めてだった。緊張で声が小さくなってしまったが、二葉には届いただろう。重たい沈黙が二人を包む。そうして、二葉は再び煙を吐き出した。


「まあ、そう言うよね」


 やはり完全に信じてはいないようだった。仕方がないことだ、と陽は笑う。二葉は再び煙を吐き出した。空いてる手で陽のトートバッグを指差す。中にある魔憑銃――正確には“八咫烏”を示しているのだろう。


「美景の象徴を強奪したってことについては?」

「……言い訳はしません。一哉様が亡くなったとき、自由の身となった“八咫烏”は傍にいた僕と契約を結びました。そのまま逃げ出したので、強奪に関しては言い逃れができません」

「なるほどね。正直でよろしい」


 煙草を灰皿に押し付ける二葉。仕草が男っぽく粗雑に見えるが、まとう空気は決して悪いものではなかった。苛立っているわけではなく、陽の回答が想定内だとでもいうように。

 いま、美景家はどうなっているのだろう。陽はそれが気になっていた。当主を若くして失った美景の権威が地に堕ちるようなことはあってほしくなかった。陽の気持ちを察したらしい、二葉は酒を呷る。


「あれから美景は危ない時期が続いたよ。一哉兄さんを快く思っていなかった連中が、ここぞとばかりに美景を陥れようとした。でも、あたしがそれを許すはずもないでしょ?」


 美景家は憑魔士一族の長だ。美景家当主とは、つまり憑魔士の頂点とも言える。二十代そこそこの一哉が当主となったことは、少なからず反感を生んだのだという。その一哉がいなくなったのを機に、美景家の座を奪おうと画策する輩が増えたと二葉は言う。

 二葉は美景の家族を大切に思っていた。美景の家族からは充分すぎるほどの寵愛を受けて育ったのだ、思い入れは強い。美景家を守るために、十歳だった二葉は血の滲むような努力を積んだに違いない。


「あたしは守られるままじゃいられなかった。だから、所有者のいない魔憑銃を持ち出して、魔童を探しに行った。自分の己影を得るために。そこで出会ったのは“大煙管おおぎせる”」

「……ちょっと待ってください、ひとりでですか?」

「当然でしょ。あたしが己影と契約したいなんて言っても、誰も頷かない。だってガキだもん。だから自分の力だけで己影と契約する必要があった。特殊な弾丸――封弾ふうだんを魔童に撃ち込めば、己影として使役することができる。これは知ってる?」


 初耳だった。陽は憑魔士として育てられておらず、己影との詳しい契約方法などは専門外の知識なのだ。

 二葉の話から考察するならば、現在憑魔士が使役する己影はもともと魔童だったことになる。必然、ヤタも魔童だったということだ。

 陽がかぶりを振ると、二葉は「そうだよね」と笑う。


「己影はもともと野良の魔童。あたしが契約した“大煙管”も、当然魔童だった。戦うことを好まないあいつはあたしに試練を出した。美景家から最も大事なものをここまで持ってこい、って。そのときのあたしにとって一番大事なものは、一哉兄さんと撮った写真だった」

「……“大煙管”は、なんて?」

「『ただ高価なものを持ってくるより純粋でいい』ってさ。金目のものを持ってきたら、あたしは煙管で擦り潰されてたみたい」


 あくまで“大煙管”の話を聞いた限りだが、自我を持った魔童は高い知能を持っていると考えられる。ヤタもあれで、実は高い知能を兼ね備えているかもしれないと思った。普段の振る舞いからは想像もできないほど思慮深く、賢いのかもしれない。


 ――いや、ヤタに限ってそれはない。


 悟られないように、コーヒーを飲む。砂糖が必要だと後悔した。

 二葉は再び酒を注文し、煙草に火を点ける。出会ってからもう三本目だ。ペースが早いことには少し不安を覚える。そんな陽のことなど露知らず、二葉は語り続けた。


「“大煙管”と契約してから、あたしは鍛錬を続けた。無理を言って、一人で魔童退治に向かうこともした。そうしていま、あたしは美景家当主になった」

「二葉さんが、当主……」


 感慨深いものがあった。一哉の背中を追い、陽に情けない背中を見せた美景二葉が、現在では憑魔士の頂点に君臨している。元家族としてはやはり嬉しいものがあった。


「いまは目立った動きはないけど、やっぱりあたしが当主ってのも気に食わないみたいでね。少しでも見返してやろうって思って、こうして自分で動いてる。そしたら、いつか認めてくれると信じてね。それに、陽にまた会えた。いまはそれだけで充分だよ」

「……恨んで、いないですか?」

「恨むもなにも、あんたがやったっていう決定的な証拠はない。“八咫烏”の件は擁護のしようがないけど、あんたあのとき五歳だったでしょ? 気が動転するのも無理はないって」


 言葉が出てこなかった。美景の者からはずっと憎まれているものだと思っていたから。だが、二葉は違った。状況を冷静に分析し、自分の中に余裕を産み出した。それが結果的に、陽の重荷を僅かに軽減させた。

 陽はうつむき、小さく口を動かす。


「……ありがとう、ございます」


 その声が届いたかはわからなかった。

 二葉が注文した酒が届き、二杯目に口をつける。陽もコーヒーをすすり、ふうと一息吐く。そこで陽は、いままで疑問に思っていたが切り出せなかったことを口にした。


「そういえば、二葉さんはどうしてここに? 憑魔士本部からは結構な距離だったと思いますが……」

「ああ、大貫の爺さんが妙なことを言ってたから」

「大貫さんを知っているんですか?」

「当然。大貫家も憑魔士一族だからね。ちょっと特殊な立場だけど」


 大貫が憑魔士の関係者ということも初耳だった。陽はいままで、なにも知らずに暮らしていたのだと実感する。

 二葉が言うには、大貫家は憑魔士一族の中でも特に汚い仕事――憑魔士と魔童について知ったものの口封じや、場合によっては暗殺などを生業としており、魔童と戦う機会よりもそういった仕事の方が比率が多いとのことだった。

 目的も言わずに援助をしていた大貫に対して深い感謝を抱いていた陽にとって、少なからず衝撃的な事実だった。


「それで、大貫の爺さんが言ってたことなんだけど。ここに来れば秘密が知れるって。たぶんあんたのことだったんだろうね。陽、大貫とはどういう関係なの?」


 正直に話すべきなのだろうか。陽は悩む。嘘を吐くメリットはない。けれど、正直に話せば大貫の立場が危うくなる恐れがある。どちらにせよ、二葉次第なのだ。陽は深いため息を吐き、正直に話すことを決めた。


「……大貫さんは、僕の逃亡を手伝ってくれたんです。そして、この街のマンションに住むように案内してくれました。家賃や光熱費は全部大貫さんが支払ってくれています」

「大貫の爺さんが陽の逃亡の手引き、ねえ……それに生活の援助だなんて、なにを企んでんだか」


 怪訝そうに息を吐く二葉。どうやら憑魔士の間で大貫家はあまり良い印象を抱かれていないようだった。陽は少し複雑に思う。


「ま、そんなところさ。大貫の爺さんの言うことも、たまには真に受けてみるもんだね。んじゃ、そろそろ帰ろうか。あたしも宿に帰らないと」

「はい、ありがとうございました。……また、会えますか?」

「しばらくはここに滞在するからまた会えるよ。それに――あんたは弱っちいから、あたしが守ってあげないといけないもんね」


 ふと、昔のことを思い出す。当時十歳だった二葉も、同じことを言っていた。あのときは頼りないと思っていたが、いまはこれ以上に強く、優しい言葉を知らない。

 会計は二葉が持ち、宿へ消える彼女の背中をじっと見つめ続けていた。バッグの中からヤタが顔を出す。夜も遅く、人目が少ないからだろう。陽を見るなり、またいやらしい笑みを浮かべた。気がした。


「なんだよヒナタ、美景の方にも女作ってたのカァ? やるなあ、おい」

「違うよ、二葉さんがよく構ってくれただけ。姉と弟みたいなものだよ」

「ホォ? まあ、いい関係じゃねーの。ひとまず、見つかったのがフタバでよかったな。話のわかる奴でよ」


 ヤタの言う通りだった。もし陽に対して理解のない憑魔士が相手なら、また逃亡生活が始まるところだったかもしれない。二葉だからこそ、陽が抱えていたものを打ち明けることができた。

 大貫には頭が上がらない。陽は改めて、大貫に直接感謝を伝えたいと思った。ヤタはバッグの中に頭を引っ込ませて、あくびを一つ。


「さあ、帰ろうぜ。目的は果たせなかったけどな」

「……そうだったね。結局、魔童は二葉さんが消してしまったし」

「ま、次があるって。今日は頑張ったな、お疲れさん」


 労いの言葉に苦笑する。眠たそうな声で言われても説得力がなかった。

 今日は陽にとって成長の日だった。見つかることを覚悟して魔童と戦い、信頼できる者に思いを打ち明けることができた。


 明日から、また日常に戻る。そして、高校生としての生活が始まる。その中でまた魔童が現れることがあれば、こうして戦ってみよう。陽はそっと心に誓った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ