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オレンマラ・トウル王国、王城。
もう二度と来ることはないだろうと思っていたこの場所に、わたしは三度足を運んでいた。
二度にわたって破壊された城壁は今、三度目の崩壊を迎えている。向かってくる敵兵は殺し、逃げる兵は捨て置いた。そして眼前には大扉。あの愚王の居場所だ。躊躇なく叩き壊す。
二度、わたしは愚王を見逃した。どうでもいいや、と、そう思って。
甘かった。そんな甘っちょろい判断を下した当時のわたしを力一杯ぶん殴ってやりたい。
怯え、腰を抜かして玉座にへたり込む愚王。その隣にはやっぱりと言うべきか、宮廷魔術師筆頭が控えている。他の兵士は逃げたようだ。無駄に広い玉座の間がなおさら広く感じられる。
「久しぶり、おじいちゃん。――今度はちゃんと、正面から来たよ」
前回側面から乗り込んだことに苦言を呈されたので、今回はちゃんと善処したぞと胸を張る。
「……お久しぶりです、籐花殿」
以前にも増して苦り切ったおじいちゃんの声。
「その様子を見るに、あまりお元気とは言えないようですな」
「まあ、ね。色々あって」
「でしたら、一度お戻りになられてはいかがです?」
「うん。用が済んだら、すぐ帰るよ」
「して、その御用向きとは?」
「愚王の首」
持って回った遣り取りが煩わしくなってきたので率直に言う。いい加減、わたしは限界だ。今も流れ続ける血のせいで眩暈が止まらない。
「諦めてもらうわけには、いきませんかのう?」
「いいよ」
わたしがあまりに軽く頷いたからだろう。一瞬言葉を失ったおじいちゃんに、さらりと告げる。
「――ラグを、生き返らせてくれるなら」
「…………それは」
「無理だよね」
言い淀んだおじいちゃんの言葉を引き取り続ける。
出来るわけがない。そんなことが出来るのなら、巷にはゾンビ兵が溢れかえっていることだろう。
「……はい」
案の定頷くおじいちゃん。
「じゃ、愚王の首ちょうだい。そしたら帰るから」
「それは出来かねます」
今度は即答だった。
「ならそこ、どいてくれないかな」
わたしがこの部屋に入ってからずっと、おじいちゃんはわたしと愚王の間に位置するように立っている。その理由は明白だ。それでもわたしは、あえて引くよう勧告した。
「それも、出来かねますな」
十分予想された返答。だから――いや、最初から、結論なんて一つしか無かった。お互い、譲れないのだから。
「そう。じゃあ、仕方ないよね」
「ええ。仕方ありませんな」
わたしは愚王を殺す為、おじいちゃんは愚王を守る為、共に望まぬ戦いは始まった。
そしてわたし達の戦いはあっけなく終わった。
わたしは真っ直ぐおじいちゃんに向かい、おじいちゃんはわたしに向かってなにがしがの魔法を放った。わたしはそれを避けなかった。そもそも避けるような体力は残っていなかったし、その必要も無い。
わたしは頑丈を一瞬だけ発動しておじいちゃんの魔法を真正面から受けた。魔法は霧散し、わたしの接近を防げなかったおじいちゃんは物言わぬ死体となった。
分かりきっていた結果だ。
おじいちゃんの唯一の勝機は、わたしが頑丈を発動出来るほど回復する前に勝負を仕掛けることだった。
けれどそのチャンスは、会話によって失われた。わたしが結論ありきの会話に応じた理由がこれだ。
最後にもう一度だけおじいちゃんに視線を向け、わたしは愚王に向き直った。
「…………」
何か言ってやろうかと思ったけど、無駄だから止めにする。そんなことより、さっさと殺してしまおう。
「忌々しい魔女め」
愚王が吐き捨てるように呟く。それが、精一杯の抵抗なのだろう。けれどその声は、やけにかんに障った。
「……煩い」
なおもぐちぐちと罵倒とも言い訳ともつかない言葉を吐き出す愚王を目だけで黙らせ、本格的に動かなくなってきた身体を叱咤してにじり寄る。
「ひぃっ……!」
玉座の上で後ずさり、少しでもわたしから距離をとろうと必死になるその姿に、威厳は欠片もない。ただひたすら見苦しいだけだ。
「……頼む、助けてくれ。何でもする。何でも差し出すから見逃してくれ! ……そうだ、お前を宮廷魔術師筆頭にしてやろう! どうだ? 悪い話ではあるまい?」
「…………」
とうとう命乞いを始めた愚王を、わたしは冷めた目で見下ろした。
結局こいつは、最後まで自分で動かなかった。自分を守るものが何もなくなり、自らの命が危うくなってさえこれだ。本当に、心底、わたしはこういう人間が大嫌いだ。んなやつのせいでラグは死んだのかと思うと、はらわたが煮えくり返るようだ。
わたしは腕を一振りし、愚王の首を刎ねた。
宙を舞った生首は、重力に引かれて落下し、床を転がって止まった。
「…………」
なんの感慨もわかない。ゴミ虫を一匹潰しただけ。そんな感覚だ。いや、ゴキブリを潰したときのほうがまだ思うところがあったかもしれない。
大きく息を吐く。
ラグがじと目で、わたしを見ている気がした。……分かってるよ。これ以上はやらないってば。
わたしは別に、国を滅ぼしたかった訳ではない。ただ、この愚王を殺したかっただけだ。ラグの仇を討ちたかっただけだ。だから、これでお仕舞い。残った奴らが仕掛けてきさえしなければ、こちらからは手を出さない。それでいいでしょ、ラグ。
「…………帰ろう……」
小さく呟く。ラグはもういないけど、リリが待ってる。あの目付きの怖い幼女は、今のわたしを見たらなんて言うだろう。お説教かな? 呆れ返った特大の溜息かな? それとも、「お疲れ様です」くらいのことは言ってくれるのかな? 「ありがとうございます」って言ってくれたら嬉しいな。
そんなことを考えていたからだろうか。
「籐花様っ!」
リリの声が聞こえた気がした。




