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 再びマンティコアを駆り、国境へと向かう。

 ダンジョンを抜けると、目の前には人間軍が大挙して整列していた。一体何人いるのか、大雑把にすら数えてみるのも面倒くさい。もう結構な人数を魔の国に送り込んでいるだろうに、まだこんなにいるのか。ほんとにゴキブリみたいな連中だ。いくらでも増えて、どこにでも蔓延(はびこ)ってくる。そもそも数を集めたからってこのダンジョンは攻略出来ないだろうに、どこまで間抜けなんだ。

『…………』

 互いに虚を突かれた一瞬の静寂。後に、

「ま、魔女だ! 魔女が攻めてきたぞ!!」

 突如叫び声を上げる指揮官。何でわたしのことを知っているんだろうかとちらっと思ったが、どうでもいい。大方城に殴り込んだときにでも会っていたのだろう。

「掛かれ―――!!」

 気を取り直した指揮官の号令一下、一斉に放たれる矢。飛び来る魔法。投じられる石礫。同時に攻め寄せてくる騎士に兵士に傭兵達。そこに同士討ちに対する配慮は一切見られない。なにこの狂戦士共。まったくなんて歓迎っぷりだ。ありがたくて涙が出る。せめて前口上くらい垂れたらどうだ。

 とっさにマンティコアにダンジョンの中へ避難するよう指示を出す。あの子には、この後愚王の城まで走ってもらわなければならない。こんなところで死なれては困るのだ。

 一方わたしは当たってもダメージなどないので、飛んでくる石と矢と魔法の一切を無視して人間の群れへ突撃する。何度も言っているように、武道の心得など一切ないわたしの攻撃は全てが適当だ。但し、繰り出す攻撃の全てが文字通りの一撃必殺。異世界特典で馬鹿力を宿しているわたしの一撃は、比喩表現ではなく岩をも砕く。

「怯むな! 敵は一人だ!!」

「囲め!」

「攻撃の手を緩めるな!!」

 指示を出している人間から率先して潰していく。指揮官さえ消してしまえば、後は烏合の衆だ。どうにでも出来るだろう。

 殴って、蹴って、投げ飛ばして。一体どれくらいの時間が経ったのだろう。殺して殺して、殺し尽くした。地面は赤く染まり、其処此処に死体の山が積み上がる。はは、屍山血河って意外と簡単に作れるんだ。

 けれど。潰しても潰しても、いっこうに人間共の数は減らない。どんだけいるんだ。

 だんだん意識が緩慢になっていく。集中力が切れ、意図せぬ被弾が増えていく。痛くはないし怪我もしないけど、衝撃だけはどうしようもない。よろけ、倒れ、その度に圧殺しようとでもいうのか人間共がのしかかってくる。それを馬鹿力で撥ね除け、攻撃して、攻撃されて、被弾してよろめいて――。

 徐々に体力が削られていく。自慢じゃないが、わたしは貧弱だ。元々体力なんてない。それを異世界特典で誤魔化してきたが、物には限度がある。ラグと初めて会った時の会話が思い起こされる。


「最後に勝つのは、数の暴力」

「っ! つまり、人間の兵が一億いたら、我は負けていたのか」


 ああ、あの言葉は本当にブーメランだ。まさにそのものの現状が、今わたしの目の前に広がっている。

 斃しても斃しても、いくらでも人間は涌いて出た。


「ほんと、藤花様って間が抜けていますよね」


 リリの言葉がよみがえる。

 悔しいけど、否定出来ない。

 リリを人質に取られて。ラグを殺されて。冷静さを()いたわたしは、イノシシのごとく突貫した。

 いいカモだ。

 それがどうした。

 莫迦だね。

 知ってる。

 まだまだいるよ?

 関係ない。

 なんで?

 皆殺しにすればいい。

 どうやって?

 力尽くで。

 それが無理だからこうなってるんじゃない。

 煩いっ!

 喚いたってどうにもならないよ?

 黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れっ!!


 思考がぐるぐる回る。

 だんだん自分が何をやっているのか分からなくなる。

 ああ、疲れた。

 腕が重い。

 お腹痛い。

 足あがんない。

 休みたい。

 ここはどこ?

 わたし、何をしているんだっけ?


 とん、っと。

 肩に衝撃を感じて見てみると、一本の矢が突き立っていた。

「――――え?」

 なんで? どうして?

 疲れた頭で考える。

 わたしには頑丈があるからあらゆる攻撃は通じないはずだ。現に、剣も魔法も石も矢も、これまでわたしを傷つけることは出来なかった。

 でも、今。

 一本の矢が、わたしの肩に刺さっている。血が出ている。そして痛い。

「なんで……?」

 答えは出ないが取り敢えず矢を抜こうと伸ばした手に。

 とん、っと。

 再び矢が突き立った。

 血が出る。痛い。

「見よ! 魔女に攻撃が通ったぞ!!」

「いかな魔女とて限界はあるのだ! この隙に一気に攻め立てよっ!!」

『おおおおぉぉおおおぉおおおっ!!』

 そんなわたしを見て気勢を上げる人間軍。

 倍する勢いで矢が飛び石が飛び魔法が飛ぶ。

 おかしいな、もう結構減らしたはずなのに。

 押し寄せる騎兵。遅れて攻め来る兵士に傭兵。

 迎え撃つ為に一歩踏み出し、不意にその脚から力が抜けた。

「――ああ」

 なんとなく、理解した。わたしの力は魔力の変換による物だ。だから、要するにガス欠になったのだろう。

 当たり前だ。どんな生き物にだって限界はある。むしろ、体力のないわたしにしてはよく持った方だろう。

 だからラグ。わたしを褒めて。だからリリ、わたしをいたわって。「さすがですな、師匠」って。「お疲れ様です、藤花様」って。

 ――ん? そっか。もうラグはいないんだ。

 ラグは殺され、リリはこれ以上危ない目に合わせられないから魔の国に置いてきた。わたしは独りだ。だから、こんなことになってるんじゃないか。

 顔を上げると目の前に敵がいた。馬上から槍を真っ直ぐに突き出してくる。

 散漫になりがちな集中力をかき集め、なんとか超視力を持ち直す。身体は――大丈夫、まだ動く。

 繰り出された槍を掴んで奪い取り、馬上から叩き落としてやった。ついでにそのままバトンの要領でクルクル回し、群がる敵をなぎ払っていく。

 そうしてまた、殺して、殺して、殺して――。乱暴な扱いに耐えきれずへし折れた槍を投げ捨て、また殺して。

 疲労はとうに限界を超え、敵の攻撃はもう普通にわたしを傷つける。

 痛い、痛い、痛い。いろんなところから血が出てる。人間ってどれくらい血が出ると死ぬんだっけ? ああ、血が出るせいで余計に疲れるのが早くなる。

 意識はどんどん鈍ついていき、比例して被弾も増えていく。

 矢が刺さったまま無理して使い続けた左腕が動かなくなった。まあいいか。まだ右手があるし。右手も駄目になったら蹴ればいい。それも駄目なら噛み付けばいい。まだわたしは戦える。

 そのうち身体の感覚がなくなった。痛くなくなったのはいいけど、ついでに身体の動かし方も分からなくなってちょっと焦った。まあでも、取り敢えずまだ動いているみたいだから問題ないか。

 次に、耳がおかしくなった。耳鳴りが酷くてそれ以外はなにも聞こえない。まあ、これで薄汚い人間の声を聞かないで済むと思えば安いものだ。

 額を切られて血が目に入った。おかげで酷く視界が悪い。見えない。粘っこいので多少瞬きしたくらいじゃ洗い流せない。いいか。どうせ周りは全部敵だ。適当に手足を振り回す。馬鹿力はかろうじて残っていて、当たれば敵をなぎ倒す。そのうち、悪意みたいなものがなんとなく分かるようになった。だからそこに向かって突貫する。


 なにやってるんだろう、わたしは。自分でも莫迦だと思う。

 たった一人の為に、一国を敵に回して。

 たった一人の為に、全部投げ出して。

 たった一人の為に、たった一人で。

 やりきったところで誰も褒めてくれない。認めてもくれない。得られるものは、自己満足だけだ。

 …………それが、どうした。それがなんだ。それ以外に何がいる! それ以上の何を望む!!

 萎えそうになる心を叱咤し、奮い立たせる。

 いつだってわたしは一人でやってきた。

 いつだってわたしは自分の為にやってきた。

 いつだってわたしは、わたしで在り続ける為に戦ってきた。


 でも、今回は。

 わたしは、何のために戦っている?

 わたしは、誰のために戦っている?

 わたしは、どうして戦っている?

 そもそもの切っ掛けは何だ?

 どうしてわたしはこんなにも怒っているんだっけ?


「…………ラグ、か……」


 いつも独りで生きてきた。頼れる者はなく、縋る者もなく、寄添う者もない。それでいいと思っていた。それがいいと思っていた。そう在るべきだと生きてきた。頼れば利用され、縋れば裏切られ、信じれば欺かれる。それが人間という生き物で、性で、在り方なのだと。


 でも。


 見つけてしまった。出会ってしまった。願ってしまった。共にいたいと、そう思える人と。

 ああ――本当に。本当にわたしは莫迦だ。気づかず、気づこうとせず、全力で目をそらしてきた。認めたくなかった。信じたくなかった。分かりたくなかった。認めてしまえば弱くなる。独りでだって生きていける。そんなくだらないプライドのせいで。わたしは、やっと見つけた大切な人を失った。


 そしてようやく、あまりにも、あまりにも遅すぎたけれど、わたしは、自分の為ではなく、誰かの為に何かを為すということを思い出した。

 だから戦え。動け。成し遂げろ、浅井藤花!


 さあ、もう一踏ん張りだ。敵だってもう、そんなに残っていない――はず、だ。


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