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冒険者は御令嬢様に拾われる ― 悪役令嬢の執事はつらいよ  作者: 智信
第一部

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第08話 氷の令嬢

 従者の控室で交わされる話が変わるのは、だいたい何かが動いたときだ。

 季節の移ろい、学園行事、貴族間のバランス……何が動くかというとこういった類のものだ。

 そしていまは、ルイ殿下が最終学年であること、お嬢様が本気を出したということ、フルール様も殿下にアプローチをかけはじめたこと。

 それらが重なった流れの中にあって、まだ止まる気配がない。

 その流れのひとつとして、今週は新しい動きの噂が話題になっていた。

 自分は窓際の椅子に座りながら、その話に耳だけを向けていた。


「法衣貴族の家からも、お立てになるべきだという声があるとか」


「どちらから出た声なのでしょうね」


 小声だが話を隠す気配はない。

 誰かの家の内情ならここでは誰も話さない。

 そこに隠す気配も感じさせないということは、つまりは誰もが知っている話題と、そして、広めようとしている話題ということだ。


 ……面倒なことになりそうだなぁ。


 この手の噂話は、広がりきると出どころが分からなくなってしまう。

 そして、出どころが分からなくなった噂話は、噂をはじめた人の意思とは別に尾鰭がついて大きくなっていく。

 噂話が大きくなることが目的であれば、出どころは火消しにも動かない。


 ……いや、お嬢様なら動くなぁ。


 嫌な考えが頭をよぎり、胃薬の在庫を数えはじめてしまった。


---


 授業が終わりお嬢様を迎えに教室の前へ行くと、教室の奥で数人が集まっていた。


 数えれば六人。

 囲んでいるのが五人——令息が三人、令嬢が二人。

 そして、囲まれて輪の中心に立っておられるのが、シルヴィ様だった。


 シルヴィ・モルネー様。

 モルネー伯爵家の御令嬢で、お嬢様の定例のお茶会に集まる三人のうちの一人。

 先祖代々の法衣貴族で、代々優秀な文官を出してきた家。

 そして、父であり現当主であるゴドフロワ・クレ・コント・モルネー様は宰相として辣腕を振るわれている。

 土地を管理することで貴族を続けている家でもなく、財を産み続けることで貴族を続けている家でもなく、能力で貴族を続けている家である。


 その集まりは決して静かな集まりではなく、周りの視線を集めていた。

 それは教室の入り口で主を迎えるために待機している従者たちも例外ではない。

 自分の隣で共に控えているシルヴィ様の侍女のノエミの視線も、その集まりに注がれていた。


「モルネー家がお立ちにならなければ、法衣貴族の面目が通りませんわ」


「殿下の周りは、いまや血や金に頼るものばかりですから」


「法衣貴族の我々がいなければ、何の手続きもできないというのに」


「そうです。そして、国王陛下の信頼が最も厚いのは、宰相であらせられるモルネー伯爵様」


「やはり王族のお側には、モルネー家が最も似合っておりますわ」


 ……さっきの噂話の先がこれに繋がるのか。


 シルヴィ様を除いた五人は、その後も途切れることなくこの話題を続けていった。

 しかし、シルヴィ様はその中心で話題の肯定も否定もすることなくただ聞いているだけだった。

 その表情を変えることのない姿は、まるで氷の彫像のようだった。


「そういえばシルヴィ様。先日の夜会にはご出席されておりませんでしたが、次の夜会にはご出席されるのですよね?」


 シルヴィ様はそれに対し、短く、そして事務的に答えられた。


「わたくしは、父から何も伺っておりません」


「ですが、モルネー伯爵様の御令嬢であられるシルヴィ様は、夜会に出席されるべきだと思うのですが」


「伺っておりません」


 同じ否定の言葉が二度出た。

 しかも二度目の方がより端的だった。

 しかし、令息は続けてしまった。


「では、モルネー伯爵様にお伺いいただくことは」


「なぜ、わたくしが父に伺う必要があるのですか?」


 顔色は変えていないが、完全な拒絶の言葉。

 シルヴィ様は乗り気でない。

 乗り気でないどころか、この話を早く終わらせたがっている。

 なのに、五人は終わらせる気がない。


 ……ああ、この方は被害者なんだな。


 隣のノエミが顔を伏せるような気配が伝わってきていた。


---


 そんな会話の席に、飛び込んでいく令嬢がひとりいた。

 それは、もちろん我がお嬢様であった。


「あら、シルヴィ」


 お嬢様のその言葉に、五人は苦虫を噛み潰したような顔でシルヴィ様を囲む輪を解いた。

 そうしてお嬢様の前に姿を現すことができたシルヴィ様は、囲まれていた時と変わらない調子で応じられた。


「エレオノール」


 お嬢様はシルヴィ様からの返事を受けると、シルヴィ様を囲んでいた五人の方をゆっくりと見渡していた。


「ずいぶんと熱心ですのね」


 空気が止まった。


「血や金に頼るものばかりと、どなたか仰っておられましたわね」


 誰も答えなかった。


「確か、殿下の周りは、いまや血や金に頼るものばかり。そう仰っておられましたわね」


 誰も答えられない。


「そして、やはり王族のお側には、モルネー家が最も似合っておりますわと」


 答えられるわけがない。


「あなた方、どちらの家の方ですの?」


 沈黙だけが続いていた。


「わたくしにすら家の名を伝えられないような家格の人間が、殿下の周りのことを語られるのですのね」


 お嬢様の顔は、すでに虫ケラをみるような冷めた表情になっていた。


「それで、モルネー伯爵家のご意向を、なぜそんな家格の人間がお決めになりますの?」


 さすがにこのままではまずいと感じたひとりの令息が、振り絞るようにして声を出した。


「あの、そのようなつもりでは」


「でしたら、なぜ伯爵家がどうすべきかを、あなた方がお話しになっていますの?」


 ふたたび空気が止まった。


「伯爵家のご意向は、伯爵がお決めになりますわ。令息でも、まして他家でもございませんでしょう?」


 誰も何も言えなかった。

 言えないまま、五人の顔色は青を通り越して白色になっていた。

 きっと彼らにはこの沈黙が永遠に感じられていることだろう。


 ……自業自得とはいえ、これはキツい。


 お嬢様との過去の論戦にもならない論戦のことを思い出し、ちょっと自分の胃も痛みはじめてきた。


---


 そんな永遠ともいえる沈黙を破ったのはシルヴィ様だった。


「エレオノール。ところで何かご用があるのでしょう?」


 その言葉に、お嬢様の表情に笑顔が戻られた。


「ええ、そうよ。だから周りのものを下げてもらってもよいかしら」


「分かりました。そういうことだから、みなさん、申し訳ないけれど、席を外してくださらない?」


 シルヴィ様のその一言に、五人は大きく頷くと、まさに逃げ去るようにその場から離れていった。

 そうして、お嬢様とシルヴィ様だけが教室に残る形となった。


「助かりましたわ。ありがとう、エレオノール」


「あら、なにか助けたかしら」


「では、そういうことにしておきましょう。ただし、わたくしは彼らの味方ですから」


「そう」


 ……通じてる。


 お嬢様が何をしたのか、しようとしているのか、この方には見えている。

 見えていて、そのうえで礼を言い、そして釘を刺された。


「ところでご用の方は?」


「あら、もう済みましてよ」


「そうですか」


 お嬢様の返答に驚きもせず、シルヴィ様はそれを当たり前のように受け取られていた。


「ご用の方がお済みということであれば、わたくしも失礼いたします。では、また」


 それだけ言ってシルヴィ様も教室から出ていかれた。

 お嬢様と自分だけになった教室に廊下のざわめきが聞こえてきた。


「シルヴィ様は、あの五つの家を、エレオノール様からお庇いになられたのですね」


 廊下を通りかかった誰かの声だった。

 もう、そういう話になっているらしい。


 ……今回も、しっかり悪役令嬢になっていますよ、お嬢様。


 シルヴィ様はあの五人に振り回されていた。

 そこへお嬢様が割って入って、五人を黙らせた。

 本人の意向を無視して担ぎ上げようとした者たちが、その場で恥をかいた。

 いや、公爵令嬢の反感を買い、家に迷惑をかける寸前だった。

 シルヴィ様は逃し、そして庇った。


 ……いや待て、おかしい。


 お嬢様が割って入ったとき、安堵でも、怒りでも、気まずさでも、何かは出るはずだ。

 しかし、シルヴィ様は何も出さなかった。

 いや、出すものがなかったという雰囲気の方が正解かもしれない。


 そして、お嬢様の五人に対する対応の最中。

 あれだけの迷惑を被っていれば、心の中で「ざまぁ見ろ」と思っていても不思議ではない。

 だが、そんな素振りを見せることもなく、彼らを逃し、そして庇った。


 そう、シルヴィ様は何も出さなかった。


---


 お嬢様に付き従い、馬車寄せへ歩きながら、自分はそのおかしさについてずっと考えていた。


 本気で殿下の隣を望むならどこかで何かが出る。

 担ぎ上げられたことに気を良くするか、余計なことをするなと苛立つか。

 望んでいないという時でも何かが出る。

 助けられたことで恥をかいたと思い顔を赤くするか、迷惑をかけてくる周りがやり込められる姿に喜色を浮かべるか。

 そう、何かが出るはずだ。


 しかし、シルヴィ様は何も出さなかった。


 何も出さないということは、すべて計算尽くということ。

 計算尽くということは、何か目的があるということ。

 いまの状態を是とする目的があるということ。

 だが、何が目的なのか、皆目見当がつかない。


 この推測をお嬢様にお伝えするべきかどうか。

 先日、同じ話で一度叱られている。

 推測を持ってくるなと言われた。

 だから黙っておけばいい。

 それが正しいことは分かっていた。


 ……いや、でもなぁ。


 分かっていて、また口が開いた。


「お嬢様。畏れながら」


「なんですの」


「シルヴィ様は、殿下の婚約者候補の話に、何か別の目的をもっておられるのではありませんか」


「根拠は?」


「先ほどの場で、シルヴィ様だけが何も出しませんでした。喜怒哀楽。普通であれば何かしら出てくるそれらの感情を、一切感じることがありませんでした」


「それで?」


「……と、思いました」


「それで、あなたはどうしたいの?」


 お嬢様のその問いに、咄嗟に返せなかった。


「……いえ」


「シルヴィの目的がなんであろうとなかろうと、あなたが何かをするわけでもないでしょう?」


 そのとおりだった。


「しかし、その目的にお嬢様が関わることがあれば……」


「このわたくしが、どうにかなってしまうと?舐められたものね」


「い、いえ、そういうわけでは」


 自分は慌てて否定した。


「……失礼いたしました」


「よろしい」


 胃のあたりが重くなった。


 ……でも、ひとつ引っかかるんだよなぁ。


 だからこの推測も記憶に残しておこう。

二日目も5話連続掲載中で、9話目は18時に公開予定となっています。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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