第06話 悪役令嬢の始動
「控室で聞いた話は、そのまま主へ、そして家へと伝わっていく」
—— 従者の控室
王都に存在する王立学園。
ここは貴族の子女が三年を過ごすところだ。
貴族としての知識を学ぶ場ではあるが、それとともに社交の練習の場でもある。
十六歳から十八歳まで三年間、家の名を背負って生活をする。
そう、家の格がそのまま発言力になり、その発言は家の発言として扱われる。
まさに小さな社交場だった。
それは従者の扱いも同じ。
自分のような従者は生徒一人につき基本は一人までだ。
校内では主の後方に控えているのが常だが、授業中などは同室することはできない。
教室の隣には従者の控室があって、授業のあいだはそこで待つ。
そして、立ち入れない場所もいくつかある。
最終学年生には、ルイ・カロン王子殿下が在籍されている。
二学年生には、お嬢様と、定例のお茶会に集まる三人の令嬢。
そして今日、新入生が入ってくる。
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新年度の初日は入学式もあるため朝から校門が混んでいた。
馬車が長い列を作り、順に止まっては令嬢と令息を降ろしていく。
その列を横目に、自分はお嬢様の一歩後ろについて、荷物を持って歩いた。
あれは学園にサロンを用意できない、中位から下位の貴族の馬車。
さらに下位の貴族になると馬車そのものを用意できず、徒歩で学園へ来る者もいるという。
校門を抜けたさらに奥にはふたつの流れができていた。
新入生の流れと、在校生の流れ。
そんな在校生の流れを歩いていかれるお嬢様の後ろに付き従いながら、視線は新入生の側を追っていた。
……いた。
その真ん中あたり、目立たない位置に見覚えのある顔があった。
アリシア・フォンテーヌ様。
一年前、王城の庭で紹介された令嬢。
あれから何度も公爵家のタウンハウスで見ている。
人払いをした秘密のお茶会で。
……入学されたか。
隣のお嬢様が何か言われるかと思ったが、何も言われなかった。
いや、視線すら向けていない。
その徹底ぶりにくらべて自分はと。
対外的には繋がりのないふたり。
なのに何かを気にするようなそぶりを見せれば、それだけで繋がりがあると明かすことになる。
そのことに気がつき、自分の未熟さを強く感じてしまった。
中庭の分かれ道で、お嬢様が足を止められた。
「では、行ってまいりますわ」
「お帰りをお待ちしております」
入学式は公式の行事なので従者は式場に入れない。
お嬢様を見送り、自分は従者の控室へと足を向けた。
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式典の日は、従者の控室が式場の隣にも用意される。
主に何かあった時にすぐに呼び出せるようにという配慮だ。
式のあいだはここで待つことになる。
控室に入ると、すでに多くの従者が待機していた。
顔を知っている従者もいれば、はじめて見る従者もいる。
軽く会釈をし、窓際の椅子に座った。
誰も無駄話はしていなかった。
ここでは話せば話すほど家の情報が漏れていくからだ。
控室で聞いた話は、そのまま主へ、そして家へと伝わっていく。
実際は違ったとしても、その覚悟をもっていなければならない。
そんな緊張感から逃れるように窓の外に目をやった。
窓の外では風が木を揺らしている。
遠くから入学式の音が静かに聞こえはじめていた。
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式は昼前に終わった。
扉が開いて、生徒が出てくる。
もちろん家格の高い方からである。
そう、お嬢様は最初に出てこられる。
急がず、しかし、遅くもない歩みは、絶対の自信の証。
「お疲れさまでございました」
「ええ。長かったですわ」
お嬢様が一言だけ言われた。
「壇上でご挨拶をされていた殿下への視線が、昨年とは違いましたわ」
「……そうでしたか」
「そうでしたわ」
その話はそれだけだった。
つまりお嬢様は、式のあいだ壇上の殿下を見ておられたわけではない。
殿下を見ている生徒たちを見ておられたのだ。
しかも昨年と比べておられる。
昨年も壇上は見ていないということになる。
その事実に呆れながらも、昨年との違いについて少し考えてみた。
王子殿下に、公にされている婚約者はまだ存在しない。
そして、今年度が最終学年であり、来年には卒業されてしまう。
卒業されてしまうと公務が本格的にはじまり、学園ほどの距離感でお会いすることができなくなる。
王子殿下とお近づきになる機会が今年で最後となる学生が多いということで、それが視線の違いになったのだろう。
お嬢様の悪役令嬢宣言のことと合わせて考えると、大きなため息を吐きたくなるが、そこをグッと堪えた。
胃薬が欲しいなぁ。
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新年度初日は入学式のみ。
お嬢様が久しぶりに再会された方々との挨拶が終われば、そのままタウンハウスへと帰るはずだった。
しかし、そうはならなかった。
馬車寄せへ向かう道で、それは起こってしまった。
馬車寄せの前に人が集まっていた。
三人、いや四人か。
人数にすればそれほどでもなく、道を完全に塞ぐというほどではない。
しかし、誰かが通れば道を塞げる、そんな雰囲気を醸し出していた。
その後ろにはそれぞれの従者が立っている。
従者の顔は、主が何をしようとしているか知っている顔だった。
止めなかったのか、それとも止められなかったのか。
……御愁傷様です。
そう心の中で合掌しながらも、そうなら止めろよ、と呆れてもいた。
どちらにしても、あとで困るのはあの人たちである。
自分の仕事ではないのに、見ているだけで頭が痛くなってくる。
「あら、面白そうですわね。わたくしも、少し待ってみようかしら」
ほら、お嬢様が悪ノリしてこられた。
自分がお嬢様に無視しましょうと進言する前に、待ち人がやってきてしまったようだった。
ルイ・カロン殿下。
殿下が通りかかると、待っていた中の一人が前へ出た。
上級生の令嬢だった。
「殿下。あの、ご挨拶をさせていただきたく」
声が少し高く、そして震えている。
緊張しているのが、こちらまで届いてくる。
……うわぁ、こういうことか。
考えていたことが現実になってしまった。
そんな、絶望的な気持ちのままお嬢様の方を振り返ってみると、そこには自分を更なる絶望に追いやる、満面の笑顔のお嬢様がおられた。
「お嬢様……」
という自分の声がまったく聞こえないと言いたいとばかりに、お嬢様は殿下と令嬢のあいだへと進み出られた。
胃の痛みを感じながらも、自分はお嬢様の三歩後ろをついていった。
「あら、ごめんなさい。ちょうど通りますの」
お嬢様がそう言われると、周りの空気が変わった。
変わったというより、確実に止まっていた。
前へ出ていた令嬢が口をパクパクさせたままかたまり、ほかの三人が一歩下がった。
殿下だけが表情を変えず、お嬢様を見ておられた。
「ヴァルモン公爵令嬢……」
「ええ、そうですわ」
お嬢様は令嬢の前で足を止め、視線を向けてから、穏やかに首を傾げられた。
「ところで、あなたのお家はどちらでしたかしら」
お嬢様が知らないはずがない。
完全にわざとだ。
令嬢が名乗った。
男爵家だった。
「まあ。遠いところからお越しになったのね」
「……はい」
「殿下がこの一年で片付けねばならない課題が、いくつあるかご存じ?」
「……いえ」
「わたくしも存じませんわ。ですから、お邪魔はしないことにしておりますの」
お嬢様はそこで少しだけ笑われた。
「あなたのお家では、殿下のご学友は務まりませんわ。悪い意味ではございませんのよ。務まるお家が、この国に十もございませんから」
令嬢の顔が赤くなって、それから白くなった。
「……失礼いたしました」
一礼して下がっていく。
ほかの三人もいつのまにかいなくなっていた。
いなくなったのはその三人だけではなかった。
いつのまにか集まっていた人影がどこかへと散っていく。
……ああ、見られていたなぁ。
そんなことを確認している間に、殿下はお嬢様に軽い挨拶だけを残し、そのまま歩いていかれた。
挨拶以外には殿下は最後まで何も言われなかった。
殿下をお見送りしたお嬢様は、乱れてもいない襟元を直して、それから何もなかったように歩き出された。
「レイヴ、帰りますわ」
「……承知いたしました」
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翌日、お嬢様を教室までお送りし、自分は隣の控室へと入っていった。
控室に入ると、昨年と同じ顔がいくつも並んでいた。
違っていたのは、小声で話している内容だった。
「公爵令嬢様が、本気を出されたって」
……従者の噂話は馬車より速いんだよなぁ。
しかし、本気を出した、か。
昨年のお嬢様も近寄りがたい雰囲気を出しておられた。
母君を亡くして、お屋敷を回すようになり、入学した時点ですでに女主人だった人だ。
そして、昨年は特に殿下との繋がりを見せようとしなかった。
それが今年は、早々に殿下との繋がりを見せはじめてこられた。
だから周りは本気を出したと受け取る。
……よくできているなぁ。
感心している場合ではないのだが、感心してしまった。
そういえば、昨日の帰りの馬車でお嬢様が言われたことを思い出した。
「今年は、忙しくなりますわね」
「……そのようでございますね」
あぁ、思い出しただけで胃の調子がおかしくなってきた。
胃薬が欲しいなぁ。
第一部がはじまりました。
とうとうお嬢様が悪役令嬢としてデビューしちゃいました。
そして、二日目も5話連続掲載で、第7話は14時に公開予定となっています。
今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、
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