第05話 悪役宣言
翌日……
朝から屋敷が忙しい。
そう、今日はいつものお茶会の当日。
それは同じ年齢の四人の令嬢が持ち回りで開催する、いわゆる情報交換会的なお茶会。
同年代で身分や地位が高いこの四名の令嬢が互いをお茶会に誘うのは道理の流れで、いつの間にか持ち回りで開催されるようになっていた。
そして、今日のお茶会はお嬢様の担当の番であった。
自分も、朝から天気を確認し、茶葉を選び直し、菓子の皿の数を数え、庭師にテーブルに飾る花の変更を頼んでおいた。
……庭師の旦那も快く引き受けてくれたなぁ。
頼むしかない立場なので、頼み方だけは三年でずいぶん上手くなったと実感していると、エステルが声をかけてきた。
「レイヴさん。テーブルに飾る花を変えると、庭師から聞きましたが」
「はい。より明るめの花に変えてもらいました。今日は午後から曇るそうなので」
「……なぜ曇ると分かるのですか」
「朝の風向きと遠くの雲の形からです」
エステルは何か言いかけて……やめた。
やめたが、納得した顔ではなかった。
……いや、もっと突っ込んでくれれば、もう少し詳しく説明できるのだが。
そう思ったが、口にはしなかった。
しかし、これでも、この三年でエステルからの当たりは少しだけ柔らかくなってはいるんだ。
まぁ、柔らかくなっただけで、警戒が完全に消えたわけではない。
そう、まだ名前の件を、もう一度、訊かれたことがないままだから、いまでも「レイヴさん」と呼ばれていて、壁が一枚あるように感じるんだよね。
……その警戒や壁も、嫌いではない。
お嬢様付きの侍女としては、その姿勢が正しい。
そうこう準備をしていると、お嬢様から声をかけられた。
「レイヴ」
「はい、お嬢様」
「今日もあなたが給仕をしてちょうだい」
「……承知いたしました」
いつものことなのに、なぜか嫌な予感がした。
この予感は嫌なことに当たる確率がかなり高い。
ほんとに嫌なことだけれども。
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午後になり、お茶会の時間になった。
空は予想通り曇っている。
最初に来られたのはモンドール伯爵家のフルール様だった。
馬車から降りるなり、庭の花を見て足を止める。
「まあ、この時季にこれだけ咲かせるなんて。庭師さんがお上手なのかしら」
のんびりした声だった。
しかし、動きものんびりなので、この方の周りは時間の流れが違うのではと感じてしまう。
自分はまだこの方が急いでいるところを見たことがない。
次に来られたのがモルネー伯爵家のシルヴィ様。
馬車から降りて、庭を一度見て、それで終わりだった。
「早く終わりましょう」
挨拶より先にそれが出た。
ほんと、事務的と言うか、機械的というか、なんというか。
しかし、その筋が一本通ったような立ち居振る舞いのおかげで、嫌味を感じることはないのがすごいと思う。
最後がセシル・ルーメン様、司教様の一人娘。
馬車を降りられると、早速、祈りを捧げられていた。
「お招きいただき、感謝いたしますわ」
柔らかい声と柔らかな微笑み。
この方の声と笑顔には何人も絆されてしまう温もりが溢れていて、それはまさになにかの魔法かと思うくらいに。
そして、この方の笑っていない顔を、自分はまだ見ていない。
もう何回も開催されているこのお茶会。
これだけの回数に立ち会えば、三人の令嬢の癖も人柄も多少は分かる。
ただ、分かるのはまだまだ多少。
その先は分からない。
「みなさん、お久しぶりね」
そんな三人の令嬢をホストとしてお嬢様は迎えられていた。
四人がテーブルに着いた。
タイミングを見計らい、お茶の準備をはじめた。
席次で揉めることがないのが、この四人の特徴だった。
家格で言えば公爵家のお嬢様が上。
だというのに誰が上座に座るかで一度も揉めたことがない。
例えばフルール様が上座に座られても、例えばシルヴィ様が上座に座られても、例えばセシル様が上座に座られても、誰も何も言わない。
席順は毎回適当。
適当に座って、適当に始まる。
……ここだけは、お茶会の作法から外れている。
準備のできたお茶を注ぎながら、四人の心の距離の近さを見ていた。
心の距離が近いというのは、遠慮がないという意味でもある。
「シルヴィ、あなた、また痩せましたわね」
お嬢様の嫌味からはじまり。
「食べる時間がないだけですわ」
シルヴィ様が生真面目に堪えられる。
「だめですよぉ、ちゃんと食べないと」
フルール様が優しく指摘をされ。
「フルール。あなたのそれは、ちゃんと食べすぎですわ」
セシル様が厳しく注意をされる。
幼馴染という関係であろう。
ただし、そこに"貴族社会としての"という但し書きはついてはいるが。
会話は流れるように続いていく。
止まることのない言葉の応酬。
その会話の中に、明確な悪意はなかった。
そう、四人の間にはどこにも上下がない。
家格の話をすれば、お嬢様に物を言える立場ではない三人。
しかし、その三人の言葉に遠慮というものは欠片も存在してはいなかった。
そして、お嬢様もそれを当然のものとして受けている。
……この四人は家の名前で会話しているわけではない。
こういう場でしか見られない光景だなと、自分はあらためて思っていた。
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喉の渇きに全員が同時にお茶を口にしたところで、話の流れが変わった。
「そういえば」
フルール様がカップを置きながら言われた。
「わたし、次の王城の夜会へ出席することになったのですけれど」
「あら」
「父が、出席しなさいって。そして、王子殿下にしっかりとご挨拶をしてきなさいって」
それだけを言われると、フルール様はお菓子に手を伸ばされていた。
「わたくしのところは、逆ですわね」
シルヴィ様が茶器を置かれた。
「出ろとも、出るなとも、何も言われていません」
「まあ、モルネー家らしいこと」
「らしいでしょう?お父様は、本当にそういうことに興味はありませんからね……ただ……」
「ただ?」
「王子殿下との関係はどうか、とは聞かれましたけどね」
シルヴィ様は表情を変えずにそう言われると、もう一度、お茶を口にされていた。
「わたくしは、父から言われておりますわ」
セシル様が言われた。
「信徒の方々のためにも、王族の覚えがめでたくなるように、と」
「それはそれは」
「そして、王子殿下には、特に、と」
「……ほお」
「わたくしには分かりませんわ。ただ、父が、そう申しますので」
いつもの柔らかい声と柔らかな微笑み。
本当に何も分からない、そう思えてしまえるくらいに。
自分は壁際で胃の痛みがはじまりそうになりながら、その会話を聞いていた。
……三人とも同じ。
それぞれの言葉は違うが、三人が口にしたことの中身はひとつだった。
そう"王子殿下との関係"。
しかし……
父から言われた。
父に尋ねられた。
父がそう申した。
三人が三人とも自分を主語にしていない。
そして、お嬢様は、相槌を打たれるだけだった。
三人の話を聞いている……そう、聞いているだけだった。
……この人が黙って聞いているときが、いちばん怖い。
自分は無意識に胃薬の残りを数えていた。
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その後はいつものたわいもない会話に戻り、そして時間を迎え、お茶会はお開きとなった。
それぞれの馬車を見送り、心にひと段落がついた、その瞬間だった。
「レイヴ」
「はい、お嬢様」
「今日の話、聞いていまして?」
「……はい」
給仕をさせられていたのだから、お嬢様の執事として聞いていないとは言えない。
「三家とも、王子殿下の隣を狙っている、と」
「……そう、聞こえました」
「ええ。親が、家が動いていますの」
「仰るとおりかと」
「よろしい」
お嬢様は、テーブルに残った一輪の花を取り上げられた。
「そして、このままいけば、殿下はあの三人の前に押し出されてしまいますわ」
「……」
「それなら」
嫌な予感が確信に変わった。
この人が「それなら」と言うときは、もう決めている。
背中を冷や汗が流れていく。
「それなら、わたくしが悪役として、それらを阻止しましょう」
……は?
いや、お嬢様、何を言っているのか分からないのですが……っという本能の問いに従い、ついお嬢様に尋ねてしまった。
「畏れながら、お嬢様。悪役と申しますのは」
「嫌われる役ですわ」
言葉通りなので、そこは分かる。
「……存じております。なぜ、お嬢様が」
「わたくしが適任ですもの」
言われてみれば、確かに適任ではある。
この国で最も家格が高い令嬢であるお嬢様。
そのお嬢様が王子殿下の隣を独占し、嫌われ役を演じれば、王子殿下の側には誰も近付けない。
「理由をお伺いしても」
「いけませんの?」
いつものお嬢様だった。
理由は言わない、ということらしい。
「……いえ」
「よろしい。では悪役令嬢を演じましてよ」
お嬢様は、手の中の花をテーブルへ戻された。
そして、嫌になるくらい素晴らしい笑顔をこちらに向けてきた。
あ、だめだ、胃が痛みはじめてきた。
まだ何も始まっていないのに、もう痛い。
この痛みと付き合う日々がはじまるのか……
初日は5話連続掲載ということで、これが本日の投稿は最後になります。
そして、ここまでがプロローグ、お嬢様がとうとう悪役令嬢宣言をしました。
明日からはお嬢様が悪役令嬢として活躍される第一部がはじまります。
明日も5話連続掲載の予定で、投稿は12時、14時、16時、18時、20時の予定となっています。
今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、
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