第39話 約束のお茶会
「それで、結果が出たと聞いたが」
「あら。殿下がご存じないことなど、ございませんでしょう」
「知っていることと、聞かせてもらうことは違う」
「その言い方、以前より切れが悪くなられましたわね」
……そこで返さないのか。
殿下はお嬢様の言葉に、苦笑いだけを浮かべられた。
ここへ通されてからしばらくは、たわいもない話が続いていた。
季節の話、学園の話、そして、王都の噂の話。
それを、今日もなぜか自分は聞いている。
そう、今は王城での茶会の真っ只中。
なぜか自分は王城の庭に立たされるという状態。
胃が痛い。
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「では、わたしから申し上げてもよろしいでしょうか」
二人の会話に、別の声が挟まれた。
殿下の手が止まった。
止まってから、ゆっくりと声の主に視線を向けた。
「……アリシア」
「わたし、公爵領での静養の間、大変、暇を持て余しておりましたので、公爵家の方々に、それはいろいろと、それはいろいろと教えていただきましたので」
「あら、アリシアがお話してくれるの? それは嬉しいわ。わたくしの説明だと、殿下はきっと、真剣には聞いて下さらないでしょうからね」
お嬢様とアリシア様はふたりで笑い合われていた。
その姿をご覧になった殿下は、重いため息を吐かれた。
「降参だ、許してくれ」
「あら、何を許して欲しいのですか?」
「そうですわ、殿下」
そして、またふたりで笑い合われた。
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笑い声が止まると、おふたりは背筋を伸ばされた。
そして、そこから先は、顛末の話になった。
まずはお嬢様から。
「ロシュフォール侯爵は、領地へ戻られましたわ。しばらくは動かれないでしょう」
「諦めたのか」
「まさか。ただ、引く時期が分かっておられる方ですのよ」
お嬢様はそう言って、茶を一口含まれた。
「あの方は、次の材料を探しておられます。それでよろしいのです」
「探られている方がいいのか」
「ええ。本気で隠れられるより、与しやすいですから」
殿下は何も言われなかった。
次はアリシア様。
「マノンの目が覚めました」
アリシア様が続けられた。
「まだ体力が回復しておらず、わたしの侍女に戻るのには、少し時間がかかりますが、後遺症などはないようです」
「……それはよかった、あの者は私もよく知る者だからな」
殿下のお言葉に、アリシア様は笑顔を返された。
「外出できるまでに快復したら、屋敷へお連れなさいな。わたくしからも労いの言葉を送らせていただきますわ」
「……ありがとうございます」
「礼はよろしくてよ。ただ、わたくしがしたいだけですもの」
お嬢様は少しだけ照れたように、横をむかれていた。
その姿に、アリシア様は少しだけ目元を拭われた。
殿下が軽く咳払いをされた。
次は殿下の番なのだろう。
「侯爵からの証言の依頼を受けた、三家のことも話しておこう」
殿下がそう言われた。
「モンドールは、もうロシュフォール侯爵との距離を置き始めている。ただしくは、告発前に戻していると言った方が正しいな」
「さすがですわね。抜け目ない。さすが商人貴族ですわね」
殿下とお嬢様の言葉に、アリシア様は呆れ顔になっていた。
まあ、あの家はそういう家だ。
そうでなければ数代で伯爵位まで陞爵はされないだろう。
「ルーメンは、しばらく動かないだろう。そもそも、エレオノールの件で、司教は大司教に目をつけられていた。そこに今回の失態だ。当面は表立った動きはできないだろう」
「セシルは逆に静かな生活を送れると、喜んでいそうね」
お嬢様は、そこで一度だけ目を伏せられた。
「それで、モルネー伯爵は」
「宰相は何も変わらん。宰相が何を考えているかはわからんが、宰相はこの国の権力バランスを維持するためには、なんでもする男だ。これからも何かはしてくるだろうな」
「……そうですか」
それだけだった。
殿下はそれ以上は言われず、お嬢様も訊かれなかった。
「さて、次はアリシアの誘拐を実行した者たちだ。すべてこちらで引き取った」
殿下がそう宣言された。
「国外へは出さない」
「では、事件すべてをこちらで処理なさるのですね」
「そうだ」
「向こうから、なにか言われませんこと?」
「それはないだろう。あちらも、このことを大ごとにしたくないはずだ」
「その通りですわね」
「すでに秘密裏に文書でのやりとりははじめている。いまのところ、好きなように処理してくれとしか言われていない」
その言葉を言われた殿下の顔は、歪んでいた。
「まあ。おそろしいこと」
お嬢様は、まったく怖がっておられない顔で、ただ口元は隠してそう言われた。
それ以上は、誰も訊かなかった。
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「そういえば」
アリシア様が、思い出したように言われた。
「先日、エレオノール様に、お三方をご紹介いただきました」
……あの四通の招待状。
アリシア様をいつものお茶会で紹介するということ。
お嬢様は、あの三人にアリシア様を紹介することを楽しみにされていた。
そして、アリシア様にも紹介することを約束されていた。
それを実現するための招待状。
そのお茶会が、無事、開催された。
あの時のお嬢様の浮かれようは、思い出しただけで笑顔になってしまうくらいだった。
そんな自分の雰囲気に気がつかれたのか、お嬢様はキツい視線を自分に送ってこられた。
しかし、そんなお嬢様を尻目に、アリシア様は嬉々とあのお茶会を語り始められていた。
「フルール様は、何度も何度もわたしの手を握ってこられました。嬉しかったのですが、理由は最後まで分かりませんでした」
「あの方はそういう方ですのよ。気にしたら負けですわ」
「シルヴィ様は、わたしにいくつもの質問をされました。でも、その大半が、姉のことでした」
「あの方もそういう方ですわ。きっと宰相から、姉君の婚約相手を聞かされたのでしょう」
「セシル様は、ずっと笑顔でわたしのお話を聞かれておりました。なんでも笑顔でお聞きになるので、たくさんお話してしまいました」
「そういう方ですわ」
「でも、みなさん、エレオノール様とお話されているときが、一番嬉しそうで、わたしと同じなんだなと、嬉しくなりました」
その言葉にだけは、お嬢様は答えられなかった。
答えずに、茶器を持ち上げて口をつけられた。
そして、一呼吸おいた。
「よい三人でしょう?」
お嬢様がそう言われた。
訊いておられるのではない。
「はい」
アリシア様は満面の笑顔で、そう答えられた。
五人に増えたあのお茶会は、これからも令嬢方に幸せな時間を運んでくれるのだろう。
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「ところで殿下。ひとつ伺ってもよろしくて?」
「なんだ」
「あの審問の日、殿下はどこまでご存じでしたの?」
お嬢様がそう言われた。
「……見える範囲のことは、知っていた」
殿下の答えは、言葉を選んだ答えだった。
知らないとは言わない、知っていたとも言わない。
ただ、自分が見ていた、あの口の動き。
"敵を騙すにはまず味方から、というからな"。
自分の勘だが、殿下はある程度までは把握されていたと思う。
そして、お嬢様を、自分を利用しておられた。
そう思えてしまう。
すべてが掌の上ではなかったと思う。
そうだったら、自分の行動が馬鹿馬鹿しく思えてしまうから。
だが、ある程度、殿下は調整されていたのだろう。
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三人の話題は尽きることはなかった。
授業の話、卒業までの行事の話、誰の縁談が動きそうかという話。
そして、一番盛り上がったのは、お嬢様の悪役令嬢としてのご活躍の話。
アリシア様が殿下に懸命に説明され、それを殿下が苦笑いで受け止められる、そんなふたりをお嬢様が笑顔で見守られる。
お嬢様が望んでいた、もうひとつのお茶会。
それが目の前で繰り広げられている。
それを一番近くで見ることができている。
あの日、自分が決めた覚悟は、無駄ではなかったんだ。
少しだけ、目頭が熱くなった。
そんな自分の変化に気がついたお嬢様は、意地悪な笑みを浮かべられた。
「レイヴ」
「はい」
「次は何を命令しようかしら?」
……お嬢様。
「勘弁してください」
自分のその言葉に、殿下もアリシア様も、大声で笑われていた。
本編はこれにて終了となります。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
……ですが、実はあと1話あります。
よろしければ、ぜひそこまでお付き合いください。
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