第38話 帰宅
審問院の前には公爵家の馬車が回されていた。
お嬢様とエステルの二人が馬車に乗り込まれた。
しかし、自分は馬車には乗らなかった。
「日が落ちるまでには戻ります」
そう申し上げた。
走り去る馬車を見送ると、自分は馬車とは反対の方向へと歩きだした。
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まずは王都の外れの宿へと向かった。
食堂に入ると、女将さんが洗い物の手を止め、お茶を一杯出してくれた。
「片がついたのかい」
女将さんが先に訊いた。
「はい。おかげさまで」
「あたしは何もしてないよ」
「いえ、女将さんが、変わらぬ応対をしてくれたことで、心が救われていました」
女将さんは景気良く笑い声を上げた。
「そんなもんかい」
「そんなものです」
ひとしきり笑いあった。
「でも、女将さんからの情報にも助かりました。ありがとうございました」
自分は改めて深々と一礼をした。
そして、女将さんが洗い物に戻るのを見送ってから、食堂の奥のテーブルへと向かった。
そこにも、変わらず情報屋が座っていた。
「間に合ったか?」
「おかげさまで」
「それはよかった」
情報屋は鼻で笑った。
「執事に戻るのか」
自分は答えなかった。
代わりに笑ってみせた。
「そうか」
「窓口の件、ありがとうございました」
「礼はいらない。仕事だ。金はもらっている」
「わかりました。では今回の仕事の、最後の頼みです。傭兵団に、娘は王都ではなく公爵領の公爵邸に連れていくよう、連絡をしてください。それでこの仕事は終わりです」
「……承った」
最後に自分はテーブルの上に一枚の金貨を置いて、宿をあとにした。
情報屋がその金貨をどうしたかは、見ていない。
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冒険者ギルドにも寄った。
受付の男は自分を見ると、冒険者としてかどうか確認するように、尋ねてきた。
「今日はご依頼ですか」
「いえ。一つの区切りをつけることができました。今日はそのお礼を言いに来ました」
しかし、受付の男は違う答えが返ってきたことで、少し困った顔をしていた。
何に対して礼を言われているのか、わかっていないようだった。
「……あのお礼とは? こちらは、何も特別なことはしていないと、思いますが」
「いえ、いろいろと情報を頂きました」
「……それが仕事ですから」
「それでもです。ありがとうございました」
少し恥ずかしいのか、受付の男は軽く咳払いをすると、話題を変えてきた。
「ところで、一区切りとは、王都から出ていくということですか?」
「いえ、違います。ただ、冒険者は、また、休業しそうというだけです」
「そうですか。もとに戻られるのですね」
受付の男に笑顔でその言葉をかけられた自分は、肯定も否定もしなかった。
ただ、自分も笑顔を返し、冒険者ギルドをあとにした。
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最後に安宿に寄り、自分の数少ない荷物をまとめた。
そして、鍵を受付に返す。
「もう出るのかい」
「ええ。世話になりました」
「そうかい。達者でな」
そうして、自分は安宿を引き払った。
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公爵家のタウンハウスに着いたときには、もう日が落ちていた。
裏門から入る。
門を通るとき、門番が優しい笑顔を向けてくれた。
それが、なにかこそばゆく、少し恥ずかしかった。
屋敷の使用人口の扉を開く。
すると、そこにはエステルが立っていた。
「……ずいぶん、ゆっくりでしたのね」
それだけだった。
おかえりなさいもない。
心配したとも言わない。
その言葉に、公爵家に帰ってきたのだと、実感が湧いてきた。
エステルは先に歩き出した。
そして、自分はそれについていく。
お嬢様のお部屋の前にたどり着くと、エステルが一つ尋ねてきた。
「レイヴさん」
「はい」
「……そのレイヴという名、本当の名前ではないのでしょう?」
自分は、答えなかった。
「……答えなくて、結構です。ただ、もう二度と、お嬢様の気持ちを、裏切らないでくださいね」
しかし、その言葉とは裏腹に、エステルの顔は笑顔であった。
「お嬢様がお待ちです」
そして、エステルは扉を開けた。
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扉の先は、あの日、お嬢様に辞めることを告げた時と、変わっていなかった。
たった数日で変わるわけがないが、それでも同じであることに、少しだけ安堵を覚えていた。
お嬢様は机の向こうに座られていた。
「演技、上手でしたわね」
そう言われた。
「……恐れ入ります」
それだけ返した。
演技ではなかった。
辞めますと申し上げたのは本気で、出ていったのも本気だった。
しかし、訂正はしなかった。
お嬢様が、一枚の書類を自分の前へと差し出された。
「あなたが法廷で申したことは、家の記録と食い違っておりませんのよ」
「……それは」
「こちらが記録ですわ。間違いなくて?」
そういうことにしろ、という言い方だった。
「それと、これを」
お嬢様が机の引き出しから一通の手紙を取り出された。
印のない封蝋が付いている。
……戻ってきた。
傭兵団に渡した手紙だ。
持っていけば金になると告げて、担保として先に預けたものだった。
封は切られていない。
……しかし、なぜこれがここに?
「傭兵団への支払いは、公爵家として済ませましたわ。公爵家の手の者なのですから、その費用は公爵家が持つのが筋でしょう?」
そういうことか。
すべてを筋書きに合わせる、そういうことですね。
「……自分の蓄えは」
「あら、公爵家の手の者に、あなたの蓄えを使って依頼する理由がありまして?」
もう一度、封蝋を見た。
切られていない。
中身も、宛先も、この方はご存じない。
見ることもできただろうに、それをしなかった。
「……ありがとうございます」
自分は手紙を受け取ると、お嬢様に深く一礼をした。
そして、ふたたび顔を上げる。
顔を上げると、そこには満面の笑みのお嬢様がおられた。
自分は、背を伸ばした。
「ただいま戻りました」
「ええ」
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数日が過ぎた。
お嬢様の執事としての日々が戻っていた。
結局、お嬢様の執事を辞めていた間のことは、何も訊かれなかった。
いや、すでに調べられていて、自分からの報告は不要なのかもしれない。
出自のこともそうだ。
あの手紙が気にならないのか。
何も訊かれないことに、少しの寂しさを覚えていた。
王都の様子には変化があった。
まずは、公爵令嬢への告発が取り下げられたことは、審問日の翌日には王都中に広がっていた。
しかし、それ以上に殿下の婚約者の噂の方が広がっていた。
誰がその婚約者なのか、審問に出席されていたあの四人の令嬢以外ということは、爵位でいうと……
貴族も使用人も平民も、すべてその噂でもちきりだそうだ。
その噂の将来の主人公、アリシア様は、公爵領の屋敷に無事ご到着されたと連絡が届いた。
今は、記録通りにご静養されておられる。
そして、お嬢様の悪役令嬢としての噂は……前と変わることはなかった。
あの方は恐ろしい、あの方には逆らえない、あの方は誰も許さない。
告発が取り下げられたということも、かえってその評判を強めたらしい。
悪役令嬢は、悪役令嬢のままだった。
その悪役令嬢であられるお嬢様は、書斎の窓辺の椅子に座りながら、読書を楽しまれていた。
午後の光が、お嬢様を照らしている。
お読みになられている本を閉じると、カップに手を伸ばされた。
しかし、カップの中は冷たくなっていた。
「……お茶を、淹れ直してくださる?」
自分の手が、一度止まった。
「かしこまりました」
淹れなさい、ではなかった。
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旦那様が帝国から戻られたのは、それからさらに数日あとだった。
帰国の挨拶の席でも、旦那様は審問のことに一度も触れられなかった。
かわりに旦那様は帝国での首尾を短く話された。
もう隠す必要はなくなったということだ。
その翌日、王家から告示が出た。
フォンテーヌ子爵家の伯爵への陞爵。
姉君のご婚約は発表されなかったが、その発表も近いうちにされよう。
そうして、殿下とアリシア様の発表も。
でもその前に。
……アリシア様。秘密のお茶会で語られた先が、やっと来ますよ。
「……ようやくですわね」
そう呟かれたお嬢様の机の上には、四通の招待状が用意されていた。
今日、そして明日はエピローグになります。
この2話で本編終了になりますので、明日もよろしくお願いします。
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