第35話 証言
「王冠に群がる小蝿共と、一緒にしないでくださらない?」
そのお嬢様の言葉に、侯爵は一度、言葉を失った。
しかし、その意味を理解すると、鼻で笑った。
「小蝿とは、その言葉を後悔しないことだな。法務官、こちらの用意した証人の証言に入って良いか?」
”証人”。
その一語で、審問室の空気が別のものに変わった。
「認める」
傍聴席の視線が、扉へと移った。
扉が開いた。
そこには三人分の影があった。
モンドール伯爵家のフルール様。
モルネー伯爵家のシルヴィ様。
ルーメン家のセシル様。
いつものお茶会の三人だった。
三人はお嬢様に視線を向けることなく、証人のための席に座った。
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「モンドール伯爵家、フルール嬢」
法務官が名を読んだ。
「証言台へ」
フルール様は証言台の前に立たれると、ゆっくりと一度、礼をされた。
「お尋ねになりたいのは、我が伯爵家が、いえ、わたしがヴァルモン公爵令嬢様に潰されたかどうか、ですわね」
侯爵が口を開く前に、フルール様が続けられた。
「わたしは、潰されてなど、おりませんわ」
審問室が静まった。
「創立祭の出店の件でしたら、あれは父の企みが潰されただけですもの。わたし、なにも頼んでおりませんでしたのに、父が動いて、勝手に潰された。貴族の世界の日常。ただ、それだけですわ」
いつもののんびりとした声だった。
怒ってもいないし、訴えてもいない。
貴族の世界の日常。
その通りである。
侯爵が何か言おうとして、口を閉じた。
そんな侯爵の姿を見て、法務官が代わりにフルール様に確認を行った。
「他に証言すべきことは、ありますか?」
「もう、終わりですわ」
フルール様はお嬢様に向かい、綺麗なカーテシーで挨拶をされ、証人のための席へと戻っていった。
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「モルネー伯爵家、シルヴィ嬢」
次に法務官に呼ばれたのはシルヴィ様だった。
シルヴィ様は証言台に立たれると、前を向いたまま口を開かれた。
「わたくし、生徒会長選挙を妨害されたとは思ってはおりません」
いつもの冷静な声だった。
「確かに、あの男爵家の子息には、妨害されたと思われても仕方ないことだとは思います。しかし、わたくしに関しては、ヴァルモン公爵令嬢様の応援がなくても当選していたでしょう」
「……しかしあの演説でヴァルモン公爵令嬢様は、ご自分とモルネー伯爵令嬢であるあなたとを比べられ、そのうえであなたの方が劣ると言われた。そうでしょう?」
侯爵が言った。
シルヴィ様は、そこではじめて侯爵を見られた。
「あれは歴代の王妃様と比べられてのこと。ヴァルモン公爵令嬢様の言葉は正しいと、わたくしは受け取っております。そして、その言葉を正しいと受け取ることのできなかった方々が、わたくしを担ぎたかった方々におられたのは、その通りです」
その答えに、侯爵は次を続けることができなかった。
「わたくしからは以上でございます」
その言葉とともに、シルヴィ様もお嬢様に向かい、綺麗なカーテシーで挨拶をされ、証人のための席へと戻っていった。
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「ルーメン家、セシル嬢」
最後に法務官に呼ばれたのはセシル様だった。
セシル様が証言台に立たれた。
「わたくしも同じですわ。ヴァルモン公爵令嬢様にいじめられてなどおりません」
いつもの柔らかい声だった。
「詐欺師の件は誤解です。あの時のわたくしのままであるなら、詐欺師になってしまうという、ヴァルモン公爵令嬢様からのご忠告です。それに創立祭の件は、教会から辞退したお話ですわ」
そこで、声が少しだけ止まった。
「……すべては父の望みですわ」
審問室のどこかで、息を吸う音がした。
「父は、わたくしを殿下のお隣に立たせたかったのです。教会の娘が王家に入れば、教会の立場が変わりますもの。ですから父は、公爵令嬢様の噂を利用しました。公爵令嬢様がいなくなれば、殿下のお隣に聖女でも届くと」
セシル様は、ここでも声を張られなかった。
「そして、この二週間、わたくし学園に通う以外には、家を出ることを許されておりませんでした」
……外出禁止。
傍聴席がざわめいた。
「炊き出しにも、お茶会にも、出てはならないと。ですから、その間は、どなたからお招きがあったかも存じません。すべて父が家として断っていましたので。そこに、わたくしの意思はございませんわ」
俺は、お嬢様の方を見た。
お嬢様が、驚いておられた。
そして、何かを確認するように、お嬢様は証人席に座っている二人を見られた。
フルール様が、微笑んでいた。
シルヴィ様も、微笑んでいた。
やはり、あの三人は断ったのではなかった。
断っていたのは家。
そこにあの三人の意思はなかった。
……お嬢様。あのとき、俺が言いかけたのはこのことです。
「このことを伝えるために、ここに立ちました」
そして、セシル様も、微笑まれた。
「……父に従っているように見せるのに、少々骨が折れましたけれど」
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審問室が静かになった。
侯爵の口が何度も開いては閉じていた。
この三人を証人としてここに立たせたのは侯爵だ。
しかし、立たせた証人が、告発の前提を否定してくる。
その静けさの中で、お嬢様が笑われた。
「うふふ」
法務官が顔を上げた。
「被告人。何か述べることがあるか」
「ございますわ」
お嬢様は立ち上がられた。
「わたくし、実は王子の本当の婚約者候補の方を存じ上げておりますのよ。もちろんわたくしではありません」
審問室が今度は本当にざわめいた。
書記の筆が止まり、婦人は扇で口元を隠すことすら忘れ、数人が立ち上がっていた。
王家の席の方から、椅子の鳴る音がひとつした。
……お嬢様、それは言ってよいことなのですか。
胃が痛くなるはずのお嬢様の言葉に、なぜか嬉しいものが込み上げてきた。
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「それでは、わたくしからも」
声は証言台から来た。
証言台に立ったままだったセシル様が、そう言われた。
「そもそも、わたくしも殿下を望んでおりませんでした」
法務官が木槌に手を伸ばし、伸ばしたまま止めた。
「わたくしは、誰とも婚姻を結ぶことを望んでおりません。生涯、教会で独り身を貫くつもりでおりますわ。……申し上げたのは、これがはじめてですわね」
セシル様の視線が傍聴席の端へ向いた。
その視線の先には、傍聴席にいつの間にか座っていたコレットがいた。
「わたくしも、申し上げておこうかしら」
証人席から、シルヴィ様の声がした。
シルヴィ様は立ち上がると、言葉を続けられた。
「わたくしの家は中立でなければならないと教えられました。文官として王国に尽くす家が、何かに寄っていれば公正が疑われますから」
言葉を淡々と続けられている。
「九つのときに弟が生まれました」
シルヴィ様は、そこで一度だけ言葉を切られた。
「その弟のためにも、そして、自分の文官としての将来のためにも、殿下のお隣を望んだことは、ありません。その立場は、中立ではありませんから。ですからこれからも、望むことはありえません」
そして、静かに席に座られた。
「わたしも、よろしいかしら」
フルール様の声だった。
フルール様は言葉と共に立ち上がると、イタズラを思いついたような笑みを浮かべられていた。
「わたし、文通をしておりますの。ヴェネアーノの商家のご子息と」
伯爵家の娘が、国外の商家の男と文通をしている。
その情報は普段であれば明日には令嬢・婦人の間に噂が回りきる話だった。
「この文通、父は商売の話だと思っておりますわ。半分は本当ですもの。……でも半分は、違いますの」
フルール様の目が、少し光った。
「わたし、世界を見たいのです。彼の船で、いろいろな港へ、彼と共に。殿下のお隣では、行けませんでしょう?」
そのフルール様の言葉に、令嬢・婦人の悲鳴に近い声が上がった。
審問室が喧騒に包まれた。
法務官が木槌を鳴らした。
鳴らしたが、誰も静かにならなかった。
木槌の音より、傍聴席の声の方が多い。
「静粛に」
法務官がもう一度木槌を鳴らした。
「静粛に」
しかし、喧騒が止まる気配はなかった。
木槌の音は、もう誰も聞いていなかった。
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