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冒険者は御令嬢様に拾われる ― 悪役令嬢の執事はつらいよ  作者: 智信
第三部

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第35話 証言

「王冠に群がる小蝿共と、一緒にしないでくださらない?」


 そのお嬢様の言葉に、侯爵は一度、言葉を失った。

 しかし、その意味を理解すると、鼻で笑った。


「小蝿とは、その言葉を後悔しないことだな。法務官、こちらの用意した証人の証言に入って良いか?」


 ”証人”。

 その一語で、審問室の空気が別のものに変わった。


「認める」


 傍聴席の視線が、扉へと移った。

 扉が開いた。

 そこには三人分の影があった。


 モンドール伯爵家のフルール様。

 モルネー伯爵家のシルヴィ様。

 ルーメン家のセシル様。


 いつものお茶会の三人だった。

 三人はお嬢様に視線を向けることなく、証人のための席に座った。


---


「モンドール伯爵家、フルール嬢」


 法務官が名を読んだ。


「証言台へ」


 フルール様は証言台の前に立たれると、ゆっくりと一度、礼をされた。


「お尋ねになりたいのは、我が伯爵家が、いえ、わたしがヴァルモン公爵令嬢様に潰されたかどうか、ですわね」


 侯爵が口を開く前に、フルール様が続けられた。


「わたしは、潰されてなど、おりませんわ」


 審問室が静まった。


「創立祭の出店の件でしたら、あれは父の企みが潰されただけですもの。わたし、なにも頼んでおりませんでしたのに、父が動いて、勝手に潰された。貴族の世界の日常。ただ、それだけですわ」


 いつもののんびりとした声だった。

 怒ってもいないし、訴えてもいない。

 貴族の世界の日常。

 その通りである。

 侯爵が何か言おうとして、口を閉じた。

 そんな侯爵の姿を見て、法務官が代わりにフルール様に確認を行った。


「他に証言すべきことは、ありますか?」


「もう、終わりですわ」


 フルール様はお嬢様に向かい、綺麗なカーテシーで挨拶をされ、証人のための席へと戻っていった。


---


「モルネー伯爵家、シルヴィ嬢」


 次に法務官に呼ばれたのはシルヴィ様だった。

 シルヴィ様は証言台に立たれると、前を向いたまま口を開かれた。


「わたくし、生徒会長選挙を妨害されたとは思ってはおりません」


 いつもの冷静な声だった。


「確かに、あの男爵家の子息には、妨害されたと思われても仕方ないことだとは思います。しかし、わたくしに関しては、ヴァルモン公爵令嬢様の応援がなくても当選していたでしょう」


「……しかしあの演説でヴァルモン公爵令嬢様は、ご自分とモルネー伯爵令嬢であるあなたとを比べられ、そのうえであなたの方が劣ると言われた。そうでしょう?」


 侯爵が言った。

 シルヴィ様は、そこではじめて侯爵を見られた。


「あれは歴代の王妃様と比べられてのこと。ヴァルモン公爵令嬢様の言葉は正しいと、わたくしは受け取っております。そして、その言葉を正しいと受け取ることのできなかった方々が、わたくしを担ぎたかった方々におられたのは、その通りです」


 その答えに、侯爵は次を続けることができなかった。


「わたくしからは以上でございます」


 その言葉とともに、シルヴィ様もお嬢様に向かい、綺麗なカーテシーで挨拶をされ、証人のための席へと戻っていった。


---


「ルーメン家、セシル嬢」


 最後に法務官に呼ばれたのはセシル様だった。

 セシル様が証言台に立たれた。


「わたくしも同じですわ。ヴァルモン公爵令嬢様にいじめられてなどおりません」


 いつもの柔らかい声だった。


「詐欺師の件は誤解です。あの時のわたくしのままであるなら、詐欺師になってしまうという、ヴァルモン公爵令嬢様からのご忠告です。それに創立祭の件は、教会から辞退したお話ですわ」


 そこで、声が少しだけ止まった。


「……すべては父の望みですわ」


 審問室のどこかで、息を吸う音がした。


「父は、わたくしを殿下のお隣に立たせたかったのです。教会の娘が王家に入れば、教会の立場が変わりますもの。ですから父は、公爵令嬢様の噂を利用しました。公爵令嬢様がいなくなれば、殿下のお隣に聖女でも届くと」


 セシル様は、ここでも声を張られなかった。


「そして、この二週間、わたくし学園に通う以外には、家を出ることを許されておりませんでした」


 ……外出禁止。


 傍聴席がざわめいた。


「炊き出しにも、お茶会にも、出てはならないと。ですから、その間は、どなたからお招きがあったかも存じません。すべて父が家として断っていましたので。そこに、わたくしの意思はございませんわ」


 俺は、お嬢様の方を見た。

 お嬢様が、驚いておられた。

 そして、何かを確認するように、お嬢様は証人席に座っている二人を見られた。


 フルール様が、微笑んでいた。

 シルヴィ様も、微笑んでいた。


 やはり、あの三人は断ったのではなかった。

 断っていたのは家。

 そこにあの三人の意思はなかった。


 ……お嬢様。あのとき、俺が言いかけたのはこのことです。


「このことを伝えるために、ここに立ちました」


 そして、セシル様も、微笑まれた。


「……父に従っているように見せるのに、少々骨が折れましたけれど」


---


 審問室が静かになった。

 侯爵の口が何度も開いては閉じていた。

 この三人を証人としてここに立たせたのは侯爵だ。

 しかし、立たせた証人が、告発の前提を否定してくる。


 その静けさの中で、お嬢様が笑われた。


「うふふ」


 法務官が顔を上げた。


「被告人。何か述べることがあるか」


「ございますわ」


 お嬢様は立ち上がられた。


「わたくし、実は王子の本当の婚約者候補の方を存じ上げておりますのよ。もちろんわたくしではありません」


 審問室が今度は本当にざわめいた。

 書記の筆が止まり、婦人は扇で口元を隠すことすら忘れ、数人が立ち上がっていた。

 王家の席の方から、椅子の鳴る音がひとつした。


 ……お嬢様、それは言ってよいことなのですか。


 胃が痛くなるはずのお嬢様の言葉に、なぜか嬉しいものが込み上げてきた。


---


「それでは、わたくしからも」


 声は証言台から来た。

 証言台に立ったままだったセシル様が、そう言われた。


「そもそも、わたくしも殿下を望んでおりませんでした」


 法務官が木槌に手を伸ばし、伸ばしたまま止めた。


「わたくしは、誰とも婚姻を結ぶことを望んでおりません。生涯、教会で独り身を貫くつもりでおりますわ。……申し上げたのは、これがはじめてですわね」


 セシル様の視線が傍聴席の端へ向いた。

 その視線の先には、傍聴席にいつの間にか座っていたコレットがいた。


「わたくしも、申し上げておこうかしら」


 証人席から、シルヴィ様の声がした。

 シルヴィ様は立ち上がると、言葉を続けられた。


「わたくしの家は中立でなければならないと教えられました。文官として王国に尽くす家が、何かに寄っていれば公正が疑われますから」


 言葉を淡々と続けられている。


「九つのときに弟が生まれました」


 シルヴィ様は、そこで一度だけ言葉を切られた。


「その弟のためにも、そして、自分の文官としての将来のためにも、殿下のお隣を望んだことは、ありません。その立場は、中立ではありませんから。ですからこれからも、望むことはありえません」


 そして、静かに席に座られた。


「わたしも、よろしいかしら」


 フルール様の声だった。

 フルール様は言葉と共に立ち上がると、イタズラを思いついたような笑みを浮かべられていた。


「わたし、文通をしておりますの。ヴェネアーノの商家のご子息と」


 伯爵家の娘が、国外の商家の男と文通をしている。

 その情報は普段であれば明日には令嬢・婦人の間に噂が回りきる話だった。


「この文通、父は商売の話だと思っておりますわ。半分は本当ですもの。……でも半分は、違いますの」


 フルール様の目が、少し光った。


「わたし、世界を見たいのです。彼の船で、いろいろな港へ、彼と共に。殿下のお隣では、行けませんでしょう?」


 そのフルール様の言葉に、令嬢・婦人の悲鳴に近い声が上がった。

 審問室が喧騒に包まれた。

 法務官が木槌を鳴らした。

 鳴らしたが、誰も静かにならなかった。

 木槌の音より、傍聴席の声の方が多い。


「静粛に」


 法務官がもう一度木槌を鳴らした。


「静粛に」


 しかし、喧騒が止まる気配はなかった。

 木槌の音は、もう誰も聞いていなかった。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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