第34話 陳述
「この場でそれを知る者は、お嬢様と殿下、そして俺だけだ」
—— 露見
ざわめきは、すぐには引かなかった。
法務官が木槌を鳴らし、それでも引かず、二度目でようやく静まった。
「告発人に、陳述を許す」
ロシュフォール侯爵が立ち上がった。
「私は、事実だけを申し上げる」
落ち着いた、それでいて大きくも小さくもない、自分の発言に絶対の自信を持つ声だった。
……この人は、上手いな。
「まず、学園でのヴァルモン公爵令嬢とフォンテーヌ子爵令嬢の関係から」
侯爵は被告人の席の方を見なかった。
見ずに、法務官の方へ向いたまま話し続けた。
相手に向かって言えば、それは責めになる。
法務官に向かって言えば、報告になる。
「ヴァルモン公爵令嬢は、フォンテーヌ子爵令嬢を、学園において公然と敵視しておられた」
事実だ。
一言も間違っていない。
「特に中庭での、ヴァルモン公爵令嬢とフォンテーヌ子爵令嬢の諍いは、多くの生徒が見ている。この件は、学園に問えば何人でも証言が取れるだろう」
あの日、お嬢様は中庭でアリシア様を呼び止められた。
噂どおりの言葉を告げられ、噂どおりにハンカチを踏みつけられた。
侯爵は法務官と傍聴席の反応に満足すると、話を続けた。
「次に、学園での振る舞いについて」
ふたたび侯爵は法務官の方へ向いた。
「まずは、教会の聖女を詐欺師と呼ばれたこと」
確かに事実ではある。
お嬢様はセシル様のこと詐欺師と呼ばれた。
「次に創立祭。新興の伯爵家に関連する商会の出店を取り潰された件。教会の枠が確保されなかった件。いずれも公爵令嬢が関わっている」
これも事実だ。
確かにお嬢様は、創立祭に出店する商会を入れ替えさせた。
教会に枠を与えなかった。
「さらに生徒会長選挙。公爵令嬢は、立候補者の応援演説の席を奪い取り、他の立候補者を応援した」
それも事実だ。
応援演説の席を奪い取ったのは、俺の仕事だった。
そしてお嬢様は、その席で応援すべき地方の男爵家のご令息ではなく、シルヴィ様のことを話された。
外から見れば、他の立候補者を応援したことになる。
「学園の中でこれだけの横暴ができる。それは、学園の中で公爵令嬢に逆らえる者はいないということだ」
すべてお嬢様が重ねられてきた事実。
悪役令嬢として積み重ねられた実績。
しかし、その実績は何ひとつとして、お嬢様を守ってはくれない。
お嬢様を責め立てる道具にしかならない。
「ここまでであれば、貴族令嬢の行動の範疇とみることもできなくはない。しかし、フォンテーヌ子爵令嬢の失踪。これについては、それを超えている」
侯爵は静かに、だが確実に、その語気を強めた。
「フォンテーヌ子爵令嬢は、ヴァルモン公爵邸に呼び出されていた。それも、誰にもその姿を見られないようにと、馬車も使わずに裏門から」
侯爵が初めてお嬢様を見た。
「公然と敵視していた相手を、誰の目にも止まらないようにして、屋敷へ呼びつける。なぜでしょうな」
人払いをした、二人だけのお茶会。
お嬢様が心を許した数少ない相手であるアリシア様とのお茶会。
あのお茶会で二人は普通に笑っておられた。
それを証明する言葉は、この場にひとつも用意されていない。
「さらに、ヴァルモン公爵閣下は、いま国内におられません。帝国におられる」
帝国という語が出た途端に、傍聴席の空気が一段下がった。
「帝室との折衝のためと伺っております。それは我が王国にとって、大事なことなのでしょう」
旦那様が帝国で進めているのは、アリシア様の姉君の婚約の最終調整だ。
それが整えば、フォンテーヌ家は陞爵する。
そして、その陞爵は殿下とアリシア様の婚約のためでもある。
つまり、旦那様はアリシア様の家のために動いている。
「しかし、公爵家が審問に呼ばれても、戻られない。それほど大事なことであれば、我々にも、その内容を知らされるべきだ。そうすれば、この審問も公爵が帰国されるまでは開かれなかったはずだ。しかし、公爵からは何も伝えられていない」
ただ、この場でそれを知る者は、お嬢様と殿下、そして俺だけだ。
「そして、ひとつ」
侯爵が間を置いた。
「あの令嬢を連れ去った者たちは、この国の人間ではないと聞いております」
審問室から音が消えた。
扇の動きも、筆の音も、呼吸の音も、すべてが止まった。
……そう並べてきたが、侯爵は。
連れ去った者たちを「この国の人間ではない」と言うだけで止めている。
しかし、その前に帝国の名を出している。
この二つの並びを聞いてしまった側は、それを結びつけてしまう。
「私は、これらについて、ヴァルモン公爵令嬢エレオノールに説明を求める」
誰も大きな声は出していない。
ただ、傍聴席のすべての視線が、お嬢様に注がれていた。
どこかで椅子が軋んだ音がした。
---
法務官が咳をひとつした。
「以上について、被告人より述べることはあるか」
お嬢様は、何も言われなかった。
お嬢様の瞳は侯爵をまっすぐに見たまま、何も言われない。
法務官が待ち、書記が筆を止めて待ち、傍聴席までが待った。
誰も咳ひとつしない。
皆が、お嬢様の言葉を静かに待っている。
高い窓から落ちる光の位置が、少しずれた。
それだけの時間が過ぎていた。
そんな皆とは別に、不敬かもしれないが、俺は殿下の方を見た。
殿下は、旦那様が帝国で何をしておられるかをご存じだ。
しかし、殿下は動かれる気配すらない。
---
法務官が、もう一度お嬢様に問いかけた。
「述べることはないと、受け取ってよいか」
そのときだった。
お嬢様の指が、一度だけ動いた。
俺が執事として見続けてきた動き。
何かを言われる前に、指先が先に動く。
茶会の席でも、書斎でも、あの指が先だった。
はっとした。
次の瞬間、静けさを打ち破る笑い声が、審問室の中に響き渡った。
「うふふ」
お嬢様は、いつもの笑い方をされた。
何かを決められたときの、あの笑い方。
……お嬢様、それはいけません。
届くはずがないのに、俺は腰を浮かせ、手を伸ばしていた。
立ってはいない。
中腰のまま、伸ばした手の先には何もない。
「ごめんなさいね、だんだんと面白くなってしまい、笑ってしまって」
お嬢様は笑い声を止めることなく、話を続けた。
「でもね、可笑しかったのだもの。よくもまあ、そんなくだらない物語をお作りになることができるものですわね、と」
その言葉に一瞬、侯爵は何を言われたのか理解できずにいるようだった。
しかし、時間とともにお嬢様の言葉を理解したのか、その顔が赤く染まっていった。
「私が述べたことは、すべて事実だ。何ひとつ、物語など作ってはいない」
事実だけを申し上げる、と言ったときの声とは別のものだった。
怒気を含んだその言葉を、お嬢様は涼しげに受け取られていた。
「あら、そうですのね。わたくしの知る事実とは、並び方が異なっておりましたもので」
それだけを告げると、お嬢様はまた、あの笑い方をされた。
傍聴席の誰もが、お嬢様の笑い声と、その言葉に戸惑っていた。
自身が問い詰められたというのに、笑っている。
その一点だけで、場の流れが止まっていた。
そんなお嬢様と傍聴席の反応がお気に召さなかったのか、侯爵はお嬢様にひとつの言葉をかけた。
「差し出がましいことを申し上げますが」
はじめて出てきた、侯爵自身の言葉だった。
「そんなに、殿下の気を引きたかったのですかな? だから、殿下から名を呼ばれたアリシア嬢が憎かったのですかな?」
お嬢様の笑い声が止まった。
そして、恐ろしいほどの感情のない表情をされた。
その顔を、俺は一度しか見たことがない。
そう、あの辞めることを告げた時だけ。
……お嬢様、その先はダメです。
強く叫びたいその言葉を、俺は発することができなかった。
「王冠に群がる小蝿共と、一緒にしないでくださらない?」
よく通る声だった。
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