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冒険者は御令嬢様に拾われる ― 悪役令嬢の執事はつらいよ  作者: 智信
第三部

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第32話 進展

「祈りの姿勢では、顔を上げることも、振り返ることもできない」

—— 朝の礼拝


「帝国。言葉に帝国の訛りがあった」

—— 襲撃者の正体

 大聖堂の鐘が鳴っていた。

 朝の礼拝の開始を告げる鐘だ。

 鐘とともに開かれた扉に向かい、石の大階段を上がっていく。

 多くの信者に混じって、俺も扉をくぐった。

 中は薄暗かった。


 この執事服では目立つかとも思ったが、それは杞憂だった。

 朝の礼拝に集まる人々は、誰も他人を見ていない。

 身なりも、年も、手の荒れ方もばらばらだ。

 ここでは、誰も誰かの素性を数えない。


 最後列の長椅子の端に腰を下ろした。

 使い込まれた木が、座ると小さく軋んだ。

 礼拝堂の奥では、法衣を纏った男が祈りの言葉を唱えはじめていた。

 信者たちが祈りを捧げるために頭を垂れた。

 俺も同じように頭を垂れた。

 祈りの姿勢では、顔を上げることも、振り返ることもできない。


 すると右側で空気が動いた。


「そのまま頭を垂れて、祈っていろ」


 昨日と同じ造られた声だ。


「ああ」


 頭は上げない。


「先に、こちらから渡す」


 返事はなかった。


 俺は頭を垂れたまま、昨日手に入れた情報を順に告げていった。

 声は、祈りより小さくする。

 斥候だったころ、報告は短くしろと言われた。

 順に、短く。


 まずは商隊のこと。

 その商隊は、馬車が四台で人数はおそらく二十人ほどだということ。

 その規模で、冒険者ギルドに護衛の依頼を出していないこと。

 荷はワインで、しかし王都に買い付けにきていたということ。

 宿をいくつにも分け、しかも、安宿ばかりを選んで、ひと月近く滞在していたこと。

 そして、同じ日の朝に、一斉に消えたこと。


 次に告発の情報元のこと。

 公爵家の裏門に品を入れている、乾物の店のこと。

 その店の丁稚が、裏門から歩いて入る女二人の姿を、何度も見ていたこと。

 そしてその店は、フォンテーヌ子爵家とも取引があったこと。

 丁稚が侍女の顔を知っていたこと。

 その話を、金を出して買った人間がいたこと。

 買ったのはロシュフォール侯爵家の者であること。


「……ロシュフォール」


 低い声が、その名前だけをなぞるように繰り返した。


「こっちは知らなかったのか」


「侯爵が告発を起こしたことは知っている。しかし、アリシア様の情報をどこから手に入れたかまでは、知らなかった」


 声はそれきり黙った。

 そして、すべてを伝え終わった俺も黙った。

 祈りの声はまだ続いている。


「こっちの番だ」


 右側からそう言ってきた。


「攫った連中は、この国の人間じゃない」


「どこの」


「帝国。言葉に帝国の訛りがあった」


 ……テウトリヒ帝国。


 その一言で、頭の中の様々なものが重なった。

 "姉の正式な婚約が整い次第、家が陞爵すると、父が申しておりました"

 "わたくしの父は、いまは帝国におります"

 あの秘密のお茶会で、アリシア様が話されたこと。

 そして、あの夜に聞いた言葉。

 "お嬢様を……花嫁の妹と……お嬢様を……"


 ……花嫁の妹。


「連中の訛りを、なぜ知っている」


「言えん」


 即答だった。

 言えないのか、言わないのか。

 いや、いまは知っている理由など、どうでもいい。


「運ばれた先は」


「追っている」


 追っているということは、追跡しているのか、それとも探しているのか。


「生きているのか」


 少しの間があった。


「……運んでいる。運ぶ理由があるうちは、生きている」


 断言できないということは、見失ったのか、それとも見つけられていないのか。


「こっちも人を出す。行き先を教えろ」


「……そっちも出すのか」


「出す」


 俺の答えに、声はまた黙った。

 俺が言えたことではないが、俺たちの連携はずいぶんと雑なものだな。


「……東の辺境。まだ国境は越えていない」


「分かった」


 俺の返事を最後に、右側の気配が消えた。


 俺は頭を上げると、長椅子の列を離れた。

 祈りの声は、扉の内側にまだ残っていた。


---


 公爵家の練兵場に着いたのは、昼を過ぎたころだった。

 若い連中が、槍を並べて打ち合っていた。

 そんな練兵場の中を執事服のまま堂々と進んでいくと、騎士団長が俺を見つけ眉を上げた。


「執事さんが来る日は、何かが起こりそうで嫌だと言ったよな」


「言われました。そして、今日はその何かを起こしにきました」


 騎士団長の眉が、今度は下がった。


「……もう、執事さんじゃないと聞いたぞ」


「ええ」


 隠すことでもない。


「ですが、お願いします」


「……ひとまず、詰め所に行くぞ」


---


「っで、何を起こしにきた」


 騎士団長の顔から表情が消えた。


「人を出してください」


「出せん」


 即答だった。


「うちが動けば、動いたことが公に残る」


 分かっていた。

 分かっていても、それでも頼むしかなかった。


「だが」


 騎士団長に笑みが戻っていた。


「うちは出せんが、あれなら出せる」


「あれとは?」


「うちが懇意にしている傭兵団だ。俺の名を出していい」


「……よろしいのですか」


「よくはない」


 そう言いながら、騎士団長は手紙を書き上げ、場所と店の名を教えてくれた。


「ありがとうございます」


「勘違いするな、あんたのためじゃない。お嬢様のためだ。そうだろう」


「はい」


 頭を下げた。

 礼を言う言葉は、もう何度も使ってしまっていた。

 ここでも、下げることしかできなかった。


 ……これで借りはいくつ目だ。


 冒険者ギルドの受付に、宿の女将さんに、料理長。

 そして、騎士団長。

 返し方は、まだ何も思いついていない。


---


 紹介された相手は古い酒場にいた。

 まだ日は高いのに、奥では数人が酒を飲んでいる。


「どのようなご用で?」


「公爵家の騎士団長に紹介されました」


 俺の言葉に、一人の男が顔を上げた。

 あれが傭兵団の頭か。

 俺はその男に手紙を渡す。

 男は手紙を乱暴に開くと、俺を上から下まで見た。


「ヴァルモン家の執事だったやつと書いてあるな」


「はい、そうです」


「……でだ。そのだったやつが、何を頼みに来た」


 俺は正直に話した。

 攫われた娘がいること。

 東へ運ばれていったこと。

 今は東の辺境にいるらしいこと。

 まだ国境は越えていないこと。

 そして、見つかっていないことを。


 男は誰が攫われたか、名を訊かなかった。


「人数は」


「馬車が四台。二十人ほど。荷はワインの樽で通している」


「兵か」


「分からない。ただ商人ではない」


 男は指を二本立てた。


「捜すのと取り返すのは別の仕事だ」


「両方だ」


「大声も出せんのだろう」


「出せない」


 騒ぎにすれば、アリシア様が攫われたことが公になってしまう。

 公になってしまうと、アリシア様に瑕疵がついてしまう。


「東の辺境での秘密の人捜し、さらに救出ときた。……高いぞ」


「分かっている」


 値切る材料を、俺は一つも持っていない。


「前金は」


「ない」


 男の眉が動いた。


「成功報酬だ。無事に戻ったら、俺の蓄えを全部渡す」


 三年分だ。

 使う暇がなかっただけの金だが、それでも丸々三年分である。

 だが、男はもう一度、俺を上から下まで見て、鼻で笑った。


「……だったやつの蓄え程度で、俺たちを雇えると思われるとは……随分と舐められたものだな」


「足りないなら」


 俺は懐から封をした一通の手紙を出して、テーブルの上に置いた。

 印のない封蝋が灯りを受けて鈍く光った。


「これを持っていけ」


「どこへ」


「スヴァルダ王国だ。北部辺境伯のところに持っていけばいい」


「……ずいぶん北だな」


「中身は言わない。持っていけば分かる。大金になるはずだ」


 男は手紙を見て、それから俺を見た。


「信じられないなら」


 一度、息を吸った。


「この命をどう扱ってもいい。好きにしてくれ」


 俺は男から目を逸らさなかった。


「……手紙だけ、預かっておく」


 男は手紙を受け取ると、懐に仕舞い込んだ。


「王都のどこへ知らせる」


 王都の外れの宿の名と、その食堂にいる男のことを伝えた。

 俺は屋敷に帰れない身だ。


「あの情報屋か」


 男は立ち上がりながら、最後の一言を告げてきた。


「言っておくが、俺たちは慈善はやらん」


 それだけを言うと、男は奥へと消えていった。


---


 酒場を出ると、日が傾きはじめていた。

 東の空は、もう暗くなりかけている。

 あの先に、きっとアリシア様はいる。


 ……アリシア様、必ずお助けいたします。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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