第31話 伝手
「そっちが持っていない繋がりを、俺は持ってる」
—— 王都の繋がり
翌朝、俺は冒険者ギルドの重い扉を押し開けた。
そして、まだ誰も並んでいない受付へと向かった。
「朝早く、申し訳ない。しかも、手土産もなしで」
「いえいえ。いつももらってばかりですから、お気になさらず。それで、こんな朝早く、何かお急ぎなことが?」
「例の件を、あらためて確認したくて」
「それで、こんな朝早くに?」
「ああ。時間があまりないんだ」
俺のその一言に、受付の男の目の色が変わった。
手元の帳簿を横にどけ、声を小さくしていた。
「……言われてから、気にして見てたんですが」
受付の男は、胸ポケットから一枚のメモを取り出していた。
「依頼を気にするのではなく、依頼がないことを気にしてみてはと思い、調べてみました」
「依頼がないこと……そんなものが調べられるのか?」
冒険者ギルドが管理するのは、冒険者と依頼だ。
依頼がないということは、記録がないということ。
そんなものを調べられるというのか。
「別に隠しているわけではありませんが、冒険者ギルドと商業ギルドは、一部情報を共有しているんですよ」
知らなかった。
「っで、共有されている情報から、この半月のあいだに、王都に出入りした商隊の中で、冒険者ギルドに護衛の依頼を出していない商隊を調べてみたんですよ」
「商隊か」
「ええ。名の通っている商隊であれば、お抱えの護衛を雇っているはずですが、そうでない商隊は護衛の依頼を出すはずですから」
「っで、結果は……」
「一つ、見つかりました」
……それだ!
「人数は」
「商業ギルドの情報では馬車は四台。そこから考えると二十人程度の商隊かと」
……多いな。
「っで、荷の記録は?」
「ワインだそうです。王都に買い付けにきたと。ただ、王都はワインの産地ではありません。商隊の規模と取り扱う荷が見合ってない」
商人というのは、商機に目敏いものだ。
そのはずなのに、王都でワインを買い付ける。
王都にも酒屋はあるから、買い付けることはできるだろうが、普通の商人は行わない。
確かに取り扱う荷が見合っていない。
……商人じゃない。
では、なぜワインなんだ?
ワインは樽で運ぶ。
樽、人を隠すには丁度いいものだ、つまりはそういうことか。
「助かった」
礼を言うと、受付の男は、メモを渡してきた。
「礼はいいですよ。……それより、あんた」
「ん?」
「その格好で朝から来るのはやめてくれ。朝は、目立つ」
……なるほど。
俺はいまだに執事服だった。
「わかった。っで、まだお願いがあるんだが、新しく冒険者登録をしたい」
「それは普通の業務だから、構わないですよ」
「……それと宿を紹介してくれないか。できるだけ安いやつで」
受付の男は呆れた顔を返してきた。
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冒険者ギルドを出て、通りを進む。
ある程度進んだところで、角をひとつ曲がり、人気のない路地へと入っていった。
そして、振り向かずに言った。
「どうせいるんだろ」
返事はなかった。
「王家が何もしないわけがない。アリシア様が攫われて、エレオノール様が審問院に呼ばれているんだ。俺の行動を見ていない方がおかしい」
やはり、返事はない。
「こっちは尾行する側も、される側もやってたんだ。気配は分かるんだよ」
ハッタリだった。
しかし、そのハッタリの言葉で、背中の側で空気が動いた。
気配が明確になった。
影だ。
「振り向くな」
低い声だった。
男か女かも分からない、そういう造られた声だった。
「ああ、振り向かない」
俺は振り向くことなく、言葉を続けた。
「俺についていても二度手間だろう。俺が集めた情報は、全部渡す。だから、そっちが集めたものも、俺が知っていいものだけでいい。渡してほしい」
何も返ってこなかった。
ただ、気配は消えてはいない。
俺は構わず続けた。
「こっちに人はいない。俺は公爵家の人間でもなくなった。だが、王都の中に繋がりはいくつもある。そっちが持っていない繋がりを、俺は持ってる」
通りの音だけが耳に入ってくる。
「明日」
「明日?」
「大聖堂。朝の礼拝の刻」
……大聖堂。
「礼拝堂で待て。前を向いていろ」
礼拝の最中なら、誰も振り向かない。
そして大聖堂は、誰でも入れる。
……よく考えてある。
「分かった」
気配が消えていった。
いなくなったわけではないだろうがな。
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王都の外れの宿に着いたのは、昼を回ったころだった。
手土産も持ってきていない俺に、変わらず女将さんがお茶を出してくれた。
「あんた、また来たね」
「また来ました」
「前に来たときは、ひどい顔をしてたよ。だが、今日はまともな顔をしているね」
……手厳しいな。
「女将さん。半月ほど前まで、商隊を名乗る商隊っぽくない連中が泊まっていませんでしたか」
「うちには泊まってないよ」
女将さんは俺の分の湯呑みも持ってきて、向かいに腰を下ろした。
「ただ、バラバラの宿屋に泊まっていた、おかしな商隊の話なら聞いてるよ」
「おかしな商隊、というのは」
「普通、商隊なら同じ宿に泊まるか、多くても二軒か三軒くらいさ。でも、その商隊の連中は、安宿ばかり選んでてね。しかも、近くない宿で散らばってたのさ。全部合わせたら、結構な数だったろうね」
……分けて泊まった。
「長かったですか」
「長かったよ。ひと月近くいたらしいね」
「それで、まだ商隊は王都にいるんですか?」
「それがね」
女将さんは湯呑みを置いた。
「同じ日の朝に、一斉にいなくなったって話さ。そんな話が、幾つも噂になっててね。それで噂をまとめてみたら、おかしな商隊の出来上がり、ってわけさ」
「……その日は」
「詳しくは知らないさ。ただ、噂が出てきたのはここ数日さね」
なら、商隊擬きはすでに王都を出ているということか。
くそ、商隊だと王都の門の出入りを調べても、情報は見つからないはずだ。
女将に礼をいい、食堂を見渡した。
まばらな客の中に、あの男が、情報屋がいた。
向かいに座って、金貨を一枚置いた。
「商隊擬きの情報はあるか」
「それは管轄外だな」
「っち。話を変える。最近、急に羽振りのよくなった奴はいないか」
「そりゃ、どこかにはいるだろうさ」
「どこでもいい」
情報屋は金貨を指で立てて、回した。
「……そうだな。公爵家の厨房に出入りしてる店の、丁稚が一人」
……公爵家。
「どう羽振りがいい」
「奉公の身で賭場に通ってる。それだけなら珍しくもないが、負けた晩も平気な顔で帰っていくらしい。年季奉公の小遣いで、そういう顔はできんよ」
「店は」
「そこまでは知らんよ」
もう一枚、置いた。
「商隊擬きとその丁稚は繋がっているか」
情報屋は二枚目を見て、少しだけ笑った。
「この二枚目はもらえない。さっきも言ったろ、商隊擬きは管轄外だと」
そういうと情報屋は、二枚目を戻してきた。
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もう戻ってくることはないと思っていた公爵家のタウンハウスに、俺は戻ってきていた。
とはいっても勝手口からコソコソだが。
表からはもう入れない。
門番は驚いていたが、苦笑いを浮かべながらも通してくれた。
そうして厨房へと向かった。
「どうも、こんにちは」
「……おう」
料理長の手が止まった。
「聞いてるぞ」
「申し訳ありません」
料理長はそれ以上は訊いてこなかった。
「っで、何かあるんだろ」
「訊きたいことがあります。この厨房に出入りしている店で、丁稚を寄越している店はありますか」
料理長は少し考えたあと、口を開いた。
「乾物の店だな、丁稚を寄越すのは」
「どこの」
「商業区の端の、間口の狭い店だ。っで、それがどうした」
「まだ何も」
礼を言い、その場を後にしようとした時、料理長に呼び止められた。
「おい」
「はい」
「お嬢様を、よろしくな」
「……はい」
それだけを言って、頭を下げた。
下げるしかなかった。
---
商業ギルドの窓口には、いつもの男がいた。
「ヴァルモン家の。今日は……」
「いえ。今日は、そうではありません。商業区の端の、乾物の店の取引を知りたいのです」
「……ああ、あそこですね。ございますよ」
奥から一冊の台帳を取り出してきた。
「一年前から、ヴァルモン公爵家。それと」
指が止まった。
「この半年、ロシュフォール侯爵家とも取引がございますね」
……侯爵家。
「他にも数件、貴族家との取引があるようですが、こちらは」
「いえ、それだけで十分です。ちなみにですが、その乾物の店は、丁稚が店のお金を動かすことはできますか」
「まさか。どの店でも丁稚は下働きだけで、金には一切触らせてもらえないですよ」
……そうだろうな。
「ありがとうございます。助かりました」
「いいえ。またいらしてください」
---
乾物の店はすぐに見つかった。
裏の路地からその店を見張っていると、桶を持った若いのが出てきた。
十五、六といったところか。
水を捨てて、伸びをして、それからこちらに気づいた。
気づいて、こちらの格好を見て、固まった。
「ヴァルモン公爵家に、おまえの店は品を入れているな」
「……は、はい」
「話を聞きたい」
「……公爵家の、執事様」
あえて訂正はしなかった。
ここは勘違いを活かすべき時だからだ。
「あの、俺、悪いことは何もしてません」
「そうだろうな。見たことを話した。それだけだろう」
若いのの顔が、はっきりと安堵に変わった。
安堵に変わったことが、答えだった。
「……はい。それだけです」
「何を話した」
「その、お届けは裏門から入るんです。門のところで待たされることもあって、そういうときは、出入りが見えるので」
「それで」
「若い女性と侍女の二人が、裏門から歩いて入っていくのを何度か見ましたと、話しました」
……アリシア様。
馬車も護衛もなく、侍女が一人だけ。
そうして裏門から歩いて、お越しになっていた。
人に見られないための道だったのに、見られていた。
「それで、侍女の方は見覚えのある方だったので、そのことも話しました」
まさか、この乾物の店はフォンテーヌ子爵家とも取引があったのか。
「それを、誰に話した」
「……自分の話を買ってくれる人がいるんです」
若いのは素直だった。
「どこのお屋敷に誰が出入りしてるかなんて、みんな話してることでしょう。それを話すだけでお金になるなら、こんなにいい話はないと思ったんです」
「誰から金をもらっている」
「……ロシュフォール侯爵家の人です」
……ロシュフォール。
繋がった。
繋がったが、胸のあたりは少しも軽くならなかった。
「今回は見逃してやるが、もう売るな」
「……はい」
「次、同じように売ってみろ。その時はお前の首がどうなっているか、わかっているな」
「はい」
若いのは何度も頷いた。
俺が何をしたのか、この子は最後まで分かっていない。
どこの屋敷に誰が出入りしたか、それを世間話として身内で話すだけなら、まだ目こぼしできる。
しかし、それを別の貴族家に売る。
それは明確な貴族への敵対行為だ。
この子は素直すぎた。
だから、使われたのだ。
……よかったな、俺にお前をどうこうする力がなくて。
---
乾物の店を後にした頃には、空が赤くなりはじめていた。
……誰も、裏切っていなかった。
屋敷の誰も口を割っていない。
門番も、使用人も、エステルも。
子爵家でもない。
あのお茶会の中身は、誰の口からも漏れてはいなかった。
……お嬢様、誰も、裏切ってなどいません。
あの日、申し上げようとして飲み込んだ言葉です。
証拠が揃いましたよ。
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