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冒険者は御令嬢様に拾われる ― 悪役令嬢の執事はつらいよ  作者: 智信
第三部

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第29話 転落

 それだけを言われたあと、お嬢様は長く黙っておられた。

 エステルも動かずに、静かにお嬢様を見守っていた。


「レイヴ」


「はい」


「三日のうちに、三人ともですわ」


 ……はい。


 最初がモンドール伯爵家、次がモルネー伯爵家、その次がルーメン家。


「ご都合がつかない、と。三人とも、同じ断り方をしてきましたわ」


 お嬢様の視線は机の上の三通の返事を見つめたままだった。


「……はい」


 お嬢様はそのうちの一通を持ち上げられた。


「わたくし、あの三人に何かいたしましたかしら」


「……いえ。何も」


「そう。何もしていないのに、揃って断られたのですわね」


 お嬢様の手には、モンドール伯爵家からの返事があった。


「フルールは、いつも傷ついていると、おっしゃっていましたわ」


「……はい」


 確かにフルール様は「本当のことを飾らずにお話されるでしょ。だからわたし、いつも傷ついてましてよ」と言われていた。

 でも「いつかお返しをして差し上げますわ」と、目の中の輝きを変えながら言われていた。

 本当に嫌いな人間に、そのような言葉は返さない。

 あれは、関係が成立している間だからこそ成り立つ会話なんですよ。


 お嬢様は、モンドール伯爵家からの返事を、その手から落とされた。

 次に手にされたのは、モルネー伯爵家からの返事であった。


「シルヴィには、実務をお鍛えになるのね、と伝えてしまった」


「……はい」


 お嬢様は確かに「弟さんがいらっしゃるのに、実務をお鍛えになるのね」とシルヴィ様に伝えられていた。

 しかし、シルヴィ様はそんなお嬢様をまっすぐに見られて、答えてくれたではないですか。

 はっきりと「父に憧れておりますので。それに、公爵令嬢様ほどでは、ございません」と。

 シルヴィ様があんなに真っ正面から嫌味を返すのは、お嬢様、あなたにだけですよ。

 それだけシルヴィ様にとって、お嬢様は特別なんです。


 そして、モルネー伯爵家からの返事も、その手から落とされた。

 最後に、ルーメン家からの返事を手にされた。


「セシルには、詐欺師と……」


「……はい」


 確かにお嬢様はセシル様にむかい「詐欺師」という言葉を使われた。

 だがそれは「これからも同じことが続くようであれば、あなたは詐欺師でしてよ」と、未来を心配しての言葉だったはずだ。

 それに、信頼を寄せていない相手に「隠し合うのはやめにしましょう」とは言わない。

 それだけセシル様は、お嬢様に、そしてあのお茶会に信頼を寄せていたのです。


 ルーメン家からの返事も、その手から落とされた。

 お嬢様の前から三通の返事が消えた。

 すべてはお嬢様の足元にある。


「アリシアを、アリシアを紹介することを、あれだけ喜んでくれたのは、つい先日のことですのよ」


 お嬢様は、冷めた視線で自らの足元に視線を移された。


「それがこんな短い間で、三人が揃ってご都合がつかなくなるのね」


 ……違います、お嬢様。変わったのは、あの方々ではなく、あの家の方です。


 そんなお嬢様の声に、エステルが小さく頭を下げた。


「お嬢様。お心を痛める必要はございません」


「そう、かしら」


「はい。お嬢様は、あの方々に何ひとつ失礼なことをされてはおりません」


「……そうね」


「むしろ、過分すぎるほどの優しさを与えておられました」


「そうね」


 ……エステルは、お嬢様の味方をしている。


 そして、お嬢様を慰めている。

 しかし、その慰めが、お嬢様を悪い方へ向かわせてしまいかねない。


「断る側に理由ができたのでしょう。悲しいことです」


 向こうに理由があるという言い方は、向こうが切ったという言い方の一歩手前だ。

 味方をすることが、こんな形になることがあるのか。


「そうね。わたくしの側にはないわ」


 お嬢様はそう言われて、少し笑われた。


「つまり、あの三人がわたくしを切ったということですわ」


 ……違います!


 声をあげたかった。

 かつてのお嬢様の言葉が、この口を縛っている。

 推察は問われるまで口に出してはいけない。

 それが与えられた仕事のやり方だ。

 だから、黙っていればいい。

 黙っていれば、仕事のやり方を守ったことになる。


 ……守って、それで、お嬢様が崩れていくのをただ見続けるのか?


 そんなことに自分は耐えられない。

 だから……


「お嬢様」


 自分は声をあげた。


「なにかしら」


「違います。裏切ってなどいません。あの方々は——」


「おだまり」


 だが、お嬢様に一蹴されてしまった。


 同じ言葉を、前にも聞いた。

 殿下とのお茶会。

 お嬢様の増長を諌めようとして止められた。

 あのときは軽い一蹴だった。

 殿下が声を出して笑われるくらいの、一蹴だった。


 しかし、今日は、違った。


「あなたに、何が分かりますの」


 お嬢様の声が、感情のない平坦な声だった。


「証拠がございますの? あの三人が断っていない、という証拠が」


 それは恐ろしく怖いくらいに平坦だった。

 自分は、その問いに答えることができなかった。

 自分が持っているのは、証拠ではなかったから。


 あのお茶会をずっと見続けていた。

 だからこそ分かる。

 あのお茶会での会話は、四人の関係が成立している間だからこそ成り立つ会話なんですよ。

 あのお茶会は、特別なんですよ。

 あのお茶会に、信頼を寄せていたのですよ。

 そして、この言葉をお嬢様に届けたい。


 ……あれは、仲の良い友人たちがすることです。


 だが、これは紙に書いて出せるものではない。

 自分が言葉にしてもお嬢様には届かない。


「……ございません。ですが」


「おだまり」


 二度目だった。


「レイヴ」


 エステルが、初めて自分の名を呼んだ。


「お嬢様がおだまりとおっしゃいました」


「……はい」


「それ以上は、要りません」


 お嬢様に仕えるものとしては、エステルの言葉が正しい。

 しかし、お嬢様は間違った方向に進もうとされている。

 それをお止めするのも、仕える者のするべきことではないのか?

 そう反論したい。

 しかし、いまのお嬢様には、その言葉は届かないであろう。

 自分はもう二度も黙らされている。

 そして、三度目は逆鱗に触れるだろう。


 部屋が、静かになった。


---


 お嬢様は立ち上がられて、こちらに背を向けられた。


「お茶会は開きません。招待状も、もう出しませんわ」


「……承知いたしました」


 エステルが返事をした。

 お嬢様が決めたのなら、エステルにとってそれが正しいこと。

 自分は苦虫を噛み潰したような顔になっていただろう。

 返事をすることなく、俯くだけだった。


「そして……アリシアのことも、もう結構ですわ」


 ……だが、それは、それだけはいけない。


「お嬢様、諦めないでください」


 三度目だった。

 しかし、その言葉を止めることができなかった。

 いや違う、お嬢様を止めたかったのだ。


「アリシア様は必ず見つけ出します」


 お嬢様が、振り返られた。

 そして、鼻で笑われた。


「その必要はないわ」


「……お嬢様」


「彼女には王子がついているのだもの」


 確かにお嬢様は、しかるべき筋を通して、王家に今回のことをお伝えになっている。

 ただ、その後、お嬢様にはなんの音沙汰もない。

 動いたという知らせも、動かないという断りも、何ひとつ届いてはいない。


「わたくしが何をしても、誰も動かないのですわ」


 ……きっと動いておられます。ただ、王家も表立って動けないだけです。


 そう申し上げたかった。

 だが、それも自分の推察からくる話だった。

 言葉にすることができなかった。


「うふふ」


 お嬢様は、いつもの笑い方をされた。

 何かを決められたときの、あの笑い方。

 初めて聞いたのは、あの拾われた日。

 そして、自分は、次の言葉を待ってしまった。


「これならいっそのこと」


 ……おやめください。


「皆で破滅しましょう」

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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