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冒険者は御令嬢様に拾われる ― 悪役令嬢の執事はつらいよ  作者: 智信
第三部

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第28話 告発

「ここには、わたくしがあの子を呼び出した、と書いてあるわ」

—— 呼び出し

 お嬢様のお部屋に三人が揃っている。

 お嬢様、エステル、そして自分だ。

 三人の視線が、机の上の一枚の書面に集まっていた。


「レイヴ」


「はい」


「ここには、わたくしがあの子を呼び出した、と書いてあるわ」


 お嬢様は書面を持ち上げて、こちらへ差し出された。


「お読みなさい」


「……拝見いたします」


 告発だった。


 名義は、ロシュフォール侯爵家。

 宛先は、審問院。


 中身は、要するに三つだった。


 一つ。フォンテーヌ子爵家の令嬢アリシアが、行方知れずになっている。

 二つ。その令嬢は、行方知れずになる前に、ヴァルモン公爵邸に呼び出されていた。

 三つ。ヴァルモン公爵令嬢エレオノールは、その令嬢を公然と敵視していた。


 ゆえに、ヴァルモン公爵令嬢エレオノールに説明を求める。

 審問院において、当主またはヴァルモン公爵令嬢エレオノールを呼び出し、問うべきである。


 ……公爵家が、審問院に呼ばれる。


 この国で公爵家より上にあるのは王家だけだ。

 その家に説明を求めるというのは、普通は通らない。

 それでも出したということは、出した側に確実な証拠があるということだ。


 ……呼び出し。


 書面の中で、お嬢様はアリシア様を呼び出した者にされている。


 ……よくできている。


 嘘が書かれていない。

 アリシア様は行方知れずで、公爵邸を訪れていて、お嬢様はあの方を追い返している。

 三つとも、そのとおりだ。


 それを一枚の紙に並べると、まったく別のものになる。


 ……この形は、見たことがある。


 教会の公示と同じだ。

 あのときも、嘘は一つもなかった。

 書いてあることを順に読めば、誰が読んでも同じ絵になるように並べてあった。


 あれを書いたのは、教会の中の誰かだった。

 これを書いたのは、侯爵家だ。


 ……同じ手を使う人間が、二人いるということか。


 いや。

 珍しい手ではないのだろう。

 事実だけを並べるのは、嘘をつくより安全で、しかもよく効く。


「アリシアとのお茶会のことは、誰も知らないはずですわ」


 お嬢様の声は、いつもと変わらなかった。


「それなのに、あの日、この屋敷にアリシアが来ていたと書いてある」


 お嬢様は、そこで一度言葉を切られた。


「レイヴ。あの日、アリシアがこの屋敷に来たことを知っているのは、誰かしら」


「……お嬢様、アリシア様、マノン様。屋敷ではエステルと、自分、そして門番でございます」


 そこにエステルが一言加えた。


「屋敷の使用人で、気がついている者も数人おりますが、この公爵家の使用人に、お嬢様を裏切る者は採用されておりません」


 エステルの言葉に自分も頷き、さらに続ける。


「当家以外ですと、フォンテーヌ子爵家。ですが、婚姻のことを思うに、そのあたりの管理は徹底されているはずです」


「そのとおりですわね」


 お嬢様は、それ以上は何も訊かれなかった。

 自分は一言付け加えようと、口を開こうとして——やめた。


 ……推察は問われるまで、口に出してはいけない。


 そのことが、自分の一言を止めていた。


 お嬢様は窓の方へ歩かれた。

 外を見ておられるのではなかった。


 ……考えておられる。


 考えておられるときのこの方は、速い。

 いつも、こちらが追いつく前に答えを出される。


---


「お茶会を開きますわ」


 ……お茶会。


 この状況で、その言葉が出てくるとは思わなかった。


「……お茶会、でございますか」


「ええ。情報を集めるのなら、集まっていただくのが早いですもの」


 お嬢様は窓から離れて、机に戻られた。


「フルール、シルヴィ、セシル。あの方々から、お話を聞かせていただきます」


 言われてみれば、そのとおりだった。

 あのお茶会は、四人が持っている話を突き合わせる場だ。


「承知いたしました。ただ……」


 言いかけて、順を頭の中で数えた。


 定例のお茶会は二か月ごと。

 会場は四家の持ち回りで、順はヴァルモン、モンドール、モルネー、ルーメンと決まっている。

 前回がこの屋敷だった。

 つまり一巡が終わって、次はモンドール家の番になる。


「……時期ではございません。それに主催は当家の順番が終わっております。いかがいたしましょう」


「そこは借りを作ることになりますが、わたくしが時期外れの主催者となります」


 ……借り。


 お嬢様がその言い方をされるのを、初めて聞いた。

 順番を飛ばして主催するということは、三家に一つずつ貸しを作らせることだ。

 小さくない話だった。


 ……それでも、開くと決められた。


「文面は、いかがなさいますか」


「学園のことで話したいことがある、と。それで足りますわ」


 ……名目は要らないのか。


 お嬢様は紙を選び、筆を取られた。

 その手は、迷わなかった。

 三通を書き終えるまで、そう長くはかからなかった。


「明日、お出しいたします」


「よろしい」


---


 翌朝、使いの者に三通を渡した。

 それぞれをモンドール伯爵令嬢、モルネー伯爵令嬢、ルーメン家令嬢に届けるようにと。

 夕方までに、すべて届いたと知らせが来た。

 どの家でも、受け取りは丁寧だったという。

 待たされることもなかったそうだ。


 それから、アリシア様に関する情報を探しながら、招待状の返事を待つ日々が続いた。


---


 いまだ王都の門の出入りを調べてはいるが、それでも、それらしき情報を見つけることはできなかった。

 御用商人、商業ギルド、冒険者ギルド、宿、そして学園。

 回ることができる場所は、すべて回り続けている。

 だが、アリシア様に繋がるものは、何一つとして拾うことができていなかった。

 情報屋が使えれば、と何度思ったことか。

 しかし、情報屋は使えない。

 あの情報屋は公爵家だけの情報屋ではないからだ。

 教会の噂を探らせたときとは違う。

 こちらが何を探しているかが、そのまま売り物になる。


 そんな自分のもどかしさを嘲笑うかのように、お嬢様に対する告発の噂は確実に広がっていた。

 フォンテーヌ子爵様は、アリシア様を療養中としておられるけれど、その嘘でどこまで耐えることができるか。

 残り時間は少なくなっているのかもしれない。


---


 最初の返事は、二日後に届いた。

 フルール様からの返事ではなく、モンドール伯爵家からの返事だった。

 お嬢様は封を切られて、一度だけ目を落とされた。


「生憎、その日はご都合がつかないそうですわ」


「……そうでございますか」


---


 次の日、モルネー伯爵家から届いた。

 こちらもシルヴィ様からではなく、家からの返事であった。

 お嬢様は同じように封を切られて、同じように目を落とされた。


「こちらも、ご都合がつかないそうですわ」


「……そうで、ございますか」


---


 その次の日、ルーメン家から届いた。

 こちらもセシル様からの返事ではない。

 ルーメン家としての返事であった。


 お嬢様は封を切られて、目を落とされた。

 それから、紙を裏返された。


「ご都合がつかないそうですわ」


 自分は何も応えることができなかった。

 三家とも都合がつかない。

 それも、当人からの返事ではなく家からの返事。

 何かがおかしい。

 しかし、その何かが分からない。

 お嬢様にそれをお伝えすることができないのが、悔しい。


 お嬢様は引き出しを開けられた。


 モンドール伯爵家からの返事。

 モルネー伯爵家からの返事。

 二通を取り出して、ルーメン家からの返事の上に重ねられた。

 それから、端を指で押して角を揃えられた。

 三通が、一枚の厚さのように見えた。

 お嬢様は、その三通を眺めておられた。

 長くはなかった。


「……そう」


 それだけを、言われた。

 自分は口を開こうとした。


 ……あの三人が断ったのではないかもしれません。


 そう申し上げようとして、口にすることができなかった。

 根拠が、何も、なかったから。

 "わたくしが必要だと言った時だけ、あなたは推察を伝えればよろしいのよ"。

 かつてのお嬢様の言葉が、この口を縛っている。


 自分の心が、苦しかった。

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