第27話 行方
「……花嫁の妹」
—— 届かない断片
応接室に灯りを入れた。
急ぎの知らせを届けにきたフォンテーヌ家の家人から外套をお預かりした。
家人に息を整えてもらうため、椅子にかけさせ、水を一杯出した。
しばらくして応接室にエステルが入ってきた。
「お嬢様は」
「ご準備をなさっております。終わり次第、すぐにお見えになります」
エステルはそれだけを伝えると、応接室を出ていった。
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やがて、エステルと共にお嬢様が入ってこられた。
家人が立ち上がって、深く頭を下げた。
「フォンテーヌ子爵家の者でございます。夜分に、申し訳ございません」
「急ぎの知らせとのこと。おかけになって、お話しくださる?」
お嬢様は正面の椅子に座られた。
膝の上で、手を組まれる。
家人も座り直し、急ぎの知らせを語り始めた。
「お戻りが遅いと、屋敷で話になりました。それで、迎えを出しました。道を辿らせました」
"大通りを避けて、川沿いを。堂々と歩いていれば、人が少ない方が、かえって目につきませんから"。
アリシア様の言葉が頭の中に響き渡った。
「途中で、侍女のマノンが、倒れておりました」
お嬢様の指が、組まれたまま動かない。
「近くの者が先に見つけておりまして。わたくしどもが着いたときには、もう人が集まっておりました」
「アリシアは……」
「……おられませんでした」
家人の声が、そこで一度切れた。
……心配性ねと笑われた、あの気配を。二人を見送るときに感じた、あの感覚を。お嬢様にもっと強くお伝えしていれば。
自分の中に後悔が広がっていく。
「近くの者が見たのは、男が数人、走り去ったところだけでございます。人相も、装いも、何も分からないとのことでした」
「そうですか。それで、いま、侍女の方は?」
「頭を打っております。医師は呼びました。ですが、まだ意識が戻っておりません」
……そうか。
「ただ、見つかったときに一度だけ、口を動かしたと」
男はそこで、一度息を吸った。
「お嬢様を……花嫁の妹と……お嬢様を……と」
……花嫁の妹。
その言葉は、数刻前にこの屋敷で聞いたものを思い出させる。
"姉の正式な婚約が整い次第"というアリシア様の言葉。
姉君が帝国の高貴な方のもとへと嫁いでいかれる。
そのことが、今回の事件と何か関係があるのだろうか?
分からない。
分からないから、いまはそのことを頭の隅に留めるだけにした。
お嬢様が問われた。
「フォンテーヌ子爵は」
「屋敷におられます。……しかし、動けぬと」
家人はそこで言葉を選んだ。
「表沙汰にはできぬ、と。ですが、王家にはお届けしたいと申しております」
「そうでしょうね」
お嬢様はそれだけ言われた。
……あちらも、動けないのか。
このことを表に出せば、アリシア様に瑕疵がついてしまう。
それだけは避けなければならないことだった。
お嬢様の組まれた指に、力が入っていた。
息が、一度だけ止まった。
まるで奥歯を食いしばるように。
だが、それも一瞬だけだった。
次の瞬間には、もう元の形に戻っておられた。
膝の上の手も、息も、いつものお嬢様のものだった。
「よく知らせてくださったわ」
お嬢様の声は平坦であった。
「フォンテーヌ子爵様に、感謝をお伝えして」
そこに感情は乗ってはいなかった。
「はい」
「それから、フォンテーヌ子爵様の動かぬというご判断、賢明であったと、わたくしも思います。そのままお進めになるよう、お伝えして」
「ありがとうございます」
「王家には、当家の方から、しかるべき筋を通してお伝えします」
……しかるべき筋。
それがどこを指すのかは、自分には分からない。
だが、お嬢様が通すと言われるなら、通るのだろう。
「ただ、公爵家は表立っては動きません」
……公爵家が総出で動けば、なぜ動いたのかを問われる。
公爵家と表立った関わりのない子爵家。
その家の令嬢がひとり、行方知れずになった。
公爵家が動けば、その令嬢になにかあると周りに悟らせることになる。
……だから、動かさない、いや表立って動けない。
「……承知いたしました」
お嬢様の言葉に返事をした家人は、すべてを伝え終わったと席を立ち、部屋を後にした。
自分は外套をお返しして、裏口までお送りした。
家人は深く一礼して、夜の中へ出ていった。
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応接室に戻ると、お嬢様はまだ椅子に座られたままだった。
「フォンテーヌ子爵家の家人を見送ってまいりました」
「そう。エステル」
「はい」
「今夜のことは、屋敷の中でも話さないよう、急ぎ屋敷の者すべてに伝えなさい。誰が来たのかも」
「かしこまりました」
エステルは頭を下げて応接室から出ていった。
「レイヴ」
「はい」
「情報を集めてちょうだい」
「承知いたしました」
お嬢様は立ち上がると、扉の方へ歩いていかれた。
「それから」
そう言って、一度だけ足を止められた。
「あの子は、返していただきますわ」
自分は頭を下げた。
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夜が明けると同時に屋敷を出た。
まずは御用商人の商会に、顔を出した。
川沿いの道について、何か知っていることはないかと尋ねた。
「川沿いね。あのあたりは荷馬車がよく通るよ」
商会長はそう言って顎を撫でた。
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次に商業ギルドの窓口が開く時間に合わせて、顔を出した。
人の動き、馬車の動き、荷の動き。
何か変わったことがないかと窓口の男に尋ねた。
「変わったことは、なにも」
窓口の男はそう言った。
では夜の荷馬車の動きはと尋ねると、窓口の男はこう返してきた。
「夜は王都の門は閉まっています。荷馬車であれば、入ってくることはできても、出ていくことは難しいですよ」
……朝まで、王都の中にいたことになる。
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冒険者ギルドにも回った。
人を集める依頼が出ていないか。
「この数日、そういうものは来ていないな」
受付の男は帳簿を閉じた。
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王都の外れの宿にも足を延ばした。
女将さんはお茶を出してくれたが、話は同じだった。
「昨夜は静かだったよ。しかし、あんたがそんな顔をするのは珍しいね。なにかあったのかい?」
「……そう見えますか」
「見えるよ」
女将さんは、それ以上は訊かなかった。
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それからも、日が落ちるまでに回れるところは回った。
しかし、何一つ手掛かりとなる情報は見つけられなかった。
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その晩、お嬢様に報告した。
「御用商人、商業ギルド、冒険者ギルド、宿。回れるところは回りました」
「それで?」
「何も掴めませんでした」
「そう」
お嬢様がお叱りの言葉を口にされないことが、辛かった。
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翌日、学園へ上がった。
お嬢様は普段どおりに登校され、自分も普段どおりお嬢様の後ろに従っていた。
廊下では、声が聞こえた。
「フォンテーヌ様、今日お休みですって」
「ご病気なのかしら」
「ご療養で、長くお休みをされると伺いましたわ」
子爵家はそう説明したのだろう。
しかし、別の声も聞こえてきた。
「公爵家のお嬢様が、フォンテーヌ様のことをお気にかけていらっしゃるとか」
「まあ。あの方が?」
「ご自分で追い返された相手ですのに」
……なぜ、そのことを知っている?
お嬢様とアリシア様の関係は強く秘密にされていた。
それが、アリシア様が攫われた、いま、この瞬間に噂になっている。
どこから漏れた?
いや、誰が気づいた?
そうだとすれば、噂の出所はどこだ?
お嬢様の歩みは変わらないが、自分の心は大きく動揺していた。
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その日の学園で、お嬢様はあの三人ともすれ違われた。
モンドール伯爵令嬢が挨拶をされ、モルネー伯爵令嬢が会釈をされ、ルーメン家令嬢が微笑まれた。
お嬢様が応えられて、それで終わった。
ただ、いつものそれよりも、なぜか短く感じた。
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それから数日が過ぎた。
あの日以降の王都の門の出入りを調べてはいるが、それらしき情報を見つけることはできなかった。
まだ王都の中にいるのか?
いや、記録に残らない形で出たのか?
情報が不足していて、絞ることができない。
子爵家からは、日に一度だけ知らせが来た。
しかし、その知らせも、いつも同じだった。
マノンの容体は変わらない、と。
アリシア様に関わる新しいことは、何も起きなかった、と。
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その日、王都で一枚の告発が公式に発表された。
告発を行ったのは、ロシュフォール侯爵家。
そして、告発されたのは、ヴァルモン公爵令嬢エレオノール——お嬢様だった。
第三部がはじまりました。
そして、アリシア様が攫われてしまいまいた。
急転直下のこの状態がこの先どうなるのか、お楽しみに!!
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