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冒険者は御令嬢様に拾われる ― 悪役令嬢の執事はつらいよ  作者: 智信
第三部

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第27話 行方

「……花嫁の妹」

—— 届かない断片

 応接室に灯りを入れた。


 急ぎの知らせを届けにきたフォンテーヌ家の家人から外套をお預かりした。

 家人に息を整えてもらうため、椅子にかけさせ、水を一杯出した。

 しばらくして応接室にエステルが入ってきた。


「お嬢様は」


「ご準備をなさっております。終わり次第、すぐにお見えになります」


 エステルはそれだけを伝えると、応接室を出ていった。


---


 やがて、エステルと共にお嬢様が入ってこられた。

 家人が立ち上がって、深く頭を下げた。


「フォンテーヌ子爵家の者でございます。夜分に、申し訳ございません」


「急ぎの知らせとのこと。おかけになって、お話しくださる?」


 お嬢様は正面の椅子に座られた。

 膝の上で、手を組まれる。

 家人も座り直し、急ぎの知らせを語り始めた。


「お戻りが遅いと、屋敷で話になりました。それで、迎えを出しました。道を辿らせました」


 "大通りを避けて、川沿いを。堂々と歩いていれば、人が少ない方が、かえって目につきませんから"。

 アリシア様の言葉が頭の中に響き渡った。


「途中で、侍女のマノンが、倒れておりました」


 お嬢様の指が、組まれたまま動かない。


「近くの者が先に見つけておりまして。わたくしどもが着いたときには、もう人が集まっておりました」


「アリシアは……」


「……おられませんでした」


 家人の声が、そこで一度切れた。


 ……心配性ねと笑われた、あの気配を。二人を見送るときに感じた、あの感覚を。お嬢様にもっと強くお伝えしていれば。


 自分の中に後悔が広がっていく。


「近くの者が見たのは、男が数人、走り去ったところだけでございます。人相も、装いも、何も分からないとのことでした」


「そうですか。それで、いま、侍女の方は?」


「頭を打っております。医師は呼びました。ですが、まだ意識が戻っておりません」


 ……そうか。


「ただ、見つかったときに一度だけ、口を動かしたと」


 男はそこで、一度息を吸った。


「お嬢様を……花嫁の妹と……お嬢様を……と」


 ……花嫁の妹。


 その言葉は、数刻前にこの屋敷で聞いたものを思い出させる。

 "姉の正式な婚約が整い次第"というアリシア様の言葉。

 姉君が帝国の高貴な方のもとへと嫁いでいかれる。

 そのことが、今回の事件と何か関係があるのだろうか?

 分からない。

 分からないから、いまはそのことを頭の隅に留めるだけにした。


 お嬢様が問われた。


「フォンテーヌ子爵は」


「屋敷におられます。……しかし、動けぬと」


 家人はそこで言葉を選んだ。


「表沙汰にはできぬ、と。ですが、王家にはお届けしたいと申しております」


「そうでしょうね」


 お嬢様はそれだけ言われた。


 ……あちらも、動けないのか。


 このことを表に出せば、アリシア様に瑕疵がついてしまう。

 それだけは避けなければならないことだった。


 お嬢様の組まれた指に、力が入っていた。

 息が、一度だけ止まった。

 まるで奥歯を食いしばるように。


 だが、それも一瞬だけだった。

 次の瞬間には、もう元の形に戻っておられた。

 膝の上の手も、息も、いつものお嬢様のものだった。


「よく知らせてくださったわ」


 お嬢様の声は平坦であった。


「フォンテーヌ子爵様に、感謝をお伝えして」


 そこに感情は乗ってはいなかった。


「はい」


「それから、フォンテーヌ子爵様の動かぬというご判断、賢明であったと、わたくしも思います。そのままお進めになるよう、お伝えして」


「ありがとうございます」


「王家には、当家の方から、しかるべき筋を通してお伝えします」


 ……しかるべき筋。


 それがどこを指すのかは、自分には分からない。

 だが、お嬢様が通すと言われるなら、通るのだろう。


「ただ、公爵家は表立っては動きません」


 ……公爵家が総出で動けば、なぜ動いたのかを問われる。


 公爵家と表立った関わりのない子爵家。

 その家の令嬢がひとり、行方知れずになった。

 公爵家が動けば、その令嬢になにかあると周りに悟らせることになる。


 ……だから、動かさない、いや表立って動けない。


「……承知いたしました」


 お嬢様の言葉に返事をした家人は、すべてを伝え終わったと席を立ち、部屋を後にした。

 自分は外套をお返しして、裏口までお送りした。

 家人は深く一礼して、夜の中へ出ていった。


---


 応接室に戻ると、お嬢様はまだ椅子に座られたままだった。


「フォンテーヌ子爵家の家人を見送ってまいりました」


「そう。エステル」


「はい」


「今夜のことは、屋敷の中でも話さないよう、急ぎ屋敷の者すべてに伝えなさい。誰が来たのかも」


「かしこまりました」


 エステルは頭を下げて応接室から出ていった。


「レイヴ」


「はい」


「情報を集めてちょうだい」


「承知いたしました」


 お嬢様は立ち上がると、扉の方へ歩いていかれた。


「それから」


 そう言って、一度だけ足を止められた。


「あの子は、返していただきますわ」


 自分は頭を下げた。


---


 夜が明けると同時に屋敷を出た。

 まずは御用商人の商会に、顔を出した。

 川沿いの道について、何か知っていることはないかと尋ねた。


「川沿いね。あのあたりは荷馬車がよく通るよ」


 商会長はそう言って顎を撫でた。


---


 次に商業ギルドの窓口が開く時間に合わせて、顔を出した。

 人の動き、馬車の動き、荷の動き。

 何か変わったことがないかと窓口の男に尋ねた。


「変わったことは、なにも」


 窓口の男はそう言った。

 では夜の荷馬車の動きはと尋ねると、窓口の男はこう返してきた。


「夜は王都の門は閉まっています。荷馬車であれば、入ってくることはできても、出ていくことは難しいですよ」


 ……朝まで、王都の中にいたことになる。


---


 冒険者ギルドにも回った。

 人を集める依頼が出ていないか。


「この数日、そういうものは来ていないな」


 受付の男は帳簿を閉じた。


---


 王都の外れの宿にも足を延ばした。

 女将さんはお茶を出してくれたが、話は同じだった。


「昨夜は静かだったよ。しかし、あんたがそんな顔をするのは珍しいね。なにかあったのかい?」


「……そう見えますか」


「見えるよ」


 女将さんは、それ以上は訊かなかった。


---


 それからも、日が落ちるまでに回れるところは回った。

 しかし、何一つ手掛かりとなる情報は見つけられなかった。


---


 その晩、お嬢様に報告した。


「御用商人、商業ギルド、冒険者ギルド、宿。回れるところは回りました」


「それで?」


「何も掴めませんでした」


「そう」


 お嬢様がお叱りの言葉を口にされないことが、辛かった。


---


 翌日、学園へ上がった。

 お嬢様は普段どおりに登校され、自分も普段どおりお嬢様の後ろに従っていた。

 廊下では、声が聞こえた。


「フォンテーヌ様、今日お休みですって」


「ご病気なのかしら」


「ご療養で、長くお休みをされると伺いましたわ」


 子爵家はそう説明したのだろう。

 しかし、別の声も聞こえてきた。


「公爵家のお嬢様が、フォンテーヌ様のことをお気にかけていらっしゃるとか」


「まあ。あの方が?」


「ご自分で追い返された相手ですのに」


 ……なぜ、そのことを知っている?


 お嬢様とアリシア様の関係は強く秘密にされていた。

 それが、アリシア様が攫われた、いま、この瞬間に噂になっている。

 どこから漏れた?

 いや、誰が気づいた?

 そうだとすれば、噂の出所はどこだ?


 お嬢様の歩みは変わらないが、自分の心は大きく動揺していた。


---


 その日の学園で、お嬢様はあの三人ともすれ違われた。


 モンドール伯爵令嬢が挨拶をされ、モルネー伯爵令嬢が会釈をされ、ルーメン家令嬢が微笑まれた。

 お嬢様が応えられて、それで終わった。


 ただ、いつものそれよりも、なぜか短く感じた。


---


 それから数日が過ぎた。


 あの日以降の王都の門の出入りを調べてはいるが、それらしき情報を見つけることはできなかった。

 まだ王都の中にいるのか?

 いや、記録に残らない形で出たのか?

 情報が不足していて、絞ることができない。


 子爵家からは、日に一度だけ知らせが来た。

 しかし、その知らせも、いつも同じだった。

 マノンの容体は変わらない、と。

 アリシア様に関わる新しいことは、何も起きなかった、と。


---


 その日、王都で一枚の告発が公式に発表された。

 告発を行ったのは、ロシュフォール侯爵家。

 そして、告発されたのは、ヴァルモン公爵令嬢エレオノール——お嬢様だった。

第三部がはじまりました。

そして、アリシア様が攫われてしまいまいた。

急転直下のこの状態がこの先どうなるのか、お楽しみに!!


今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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