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冒険者は御令嬢様に拾われる ― 悪役令嬢の執事はつらいよ  作者: 智信
第二部

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26/29

第26話 そして

「しかし、令嬢が馬車も護衛もお連れにならないとは」

—— 護衛のない帰路

 放課後、お嬢様と共に屋敷へ戻った。


 今日はアリシア様との秘密のお茶会の日である。


 準備はいつもと同じ。

 庭も客間も使わない。

 使うのは裏門の近く、離れの一室。

 掃除をして、整えて、最低限の飾りだけを置く。

 やりとりはすべて口頭で、書面には一切残さない。


 ……この段取りも、もう慣れたな。


---


 日が傾きはじめたころ、おふたりが到着された。

 ほっかむりを被った小柄な娘と、その後ろに侍女がひとり。

 いつもと同じく馬車はない。


「お待ちしておりました」


「こんにちは、レイヴさん」


 ほっかむりの下から、アリシア様が顔を出された。

 子爵家の御令嬢で学園の一年生。

 そして、殿下の婚約者であらせられるお方。


「マノン様は、こちらでお待ちを」


「はい。執事様、本日もよろしくお願いいたします」


 侍女のマノンがにこりと笑った。

 アリシア様を部屋に通すと、お嬢様がすでに席についておられた。


「いらっしゃい、アリシア」


「お招きありがとうございます、エレオノール様」


 エステルが扉の外へ下がり、部屋には、お嬢様、アリシア様、そしていつもの通り自分の三人が残った。


---


 お嬢様とアリシア様は軽い近況のお話をされた後、アリシア様の紹介の話に移られた。


「それでアリシア、あなたの紹介の話なのですけれど」


 お嬢様は紙を広げられた。

 招待状の写しと、日取りの案である。


「この日にお茶会を開き、三人に会っていただきますわ」


「三人、というのは」


「モンドール伯爵令嬢、モルネー伯爵令嬢、ルーメン家令嬢。この三人ですわ。わたくしと同じ学年の三人です」


 アリシア様の目が、少しだけ丸くなった。


「まあ。その方々に、わたしが」


「ええ。ようやくですわね」


「ようやく、ですか?」


「ええ。あなたにお会いしてから、ずっとご紹介いたしたかった方々ですのよ」


 アリシア様が笑われた。


 ……砕けた笑い方だ。


 学園でのこの方は可憐で控えめな令嬢である。

 だが、この部屋ではそうではない。

 こちらの方がアリシア様の素のお姿なのだろうと、この秘密のお茶会を重ねるたびに思うようになった。


「ドレスの採寸は済みましたので、あとは日取りだけですわ」


「わたし、何をお持ちすればよろしいでしょう」


「手ぶらでいらっしゃい。あなた自身がこのお茶会の趣旨ですもの」


「……はい。その、その方々は、どのような方々なのでしょうか?」


 アリシア様は少し緊張した様子で、お嬢様にお尋ねになった。


「モンドール伯爵令嬢、フルールは商いの家の娘で、よく喋りますわ。あなたのことを根掘り葉掘り訊くでしょうけれど、悪気はございませんの」


「はい」


「モルネー伯爵令嬢、シルヴィは何も訊きません。ですが、見ております」


「……見て」


「ええ。訊かずに見て、必要なことだけを端的に問われる方ですわ」


「それは、気をつけませんとね」


 その答えと共に、アリシア様は砕けた笑いをされた。

 お嬢様が三人を紹介される声色に、アリシア様は緊張を解かれたようだった。


「では、ルーメン家の令嬢は」


「セシルは笑っておられます、ずっと。そして、あなたの言葉には優しく頷かれると思いますわ」


 お嬢様は、あの三人をしっかりと言い当てておられる。


「わたし、皆様と仲良くなれるでしょうか」


「そこは、心配されることはありませんわ」


 そして、お嬢様は最高の笑顔をアリシア様に向けられた。


「わたくしの友人ですから」


 アリシア様の手が、止まった。


「……エレオノール様が、そう仰るのを、はじめて聞きました」


「あら、そう?」


「はい。はじめてです」


 お嬢様は何かを隠すように、小さく咳払いをされた。


 ……こんなお嬢様、自分もはじめてですよ、アリシア様。


「あの……わたし、その日のために練習しておいた方がよろしいでしょうか」


「なにを練習なさるの」


「その……猫を被る練習を」


 お嬢様が笑われた。


「必要ございませんわ。あの三人の前では、被らなくてよろしくてよ」


「よろしいのですか」


「ええ。わたくしの友人ですから」


 ……お嬢様、その言葉、二回目です。


---


「そういえば、アリシア。姉君はお元気で?」


 お嬢様が茶器を置いて、そう尋ねられた。


「ええ、おかげさまで。先月も留学先から手紙が届きました」


「まだヴェネアーノに?」


「はい。もう二年になります」


 アリシア様の姉君は留学中である。

 だが、学びのための留学ではない。


「お相手との仲は、順調ですの?」


「順調です」


 アリシア様は少し身を乗り出された。


「幸せそうな文面でした、と前に申し上げましたけれど」


「ええ、伺いましたわ」


「いまでは、あれよりも、幸せそうな文面で、わたし、その手紙をちょっと燃やしたくなってしまいました」


 お嬢様が小さく笑われた。


「それは、よろしいこと」


「はい」


 アリシア様が姿勢を正された。


「姉の正式な婚約が整い次第、家が陞爵すると、父が申しておりました」


 その言葉に、お嬢様も姿勢を正された。


「わたくしの父は、いまは帝国におります。帝室との合意がもう少しで固まるとの手紙を受け取っております。父が戻りましたら、そちらのお話も動きましょう」


 ……旦那様は、そのために出ておられたのか。


 旦那様の外遊は、屋敷では帝国との折衝だとしか伺っていなかった。

 だが、お嬢様は最初からご存じだったのだ。


 帝国とはテウトリヒ帝国。

 帝室とは帝国の皇帝一族。

 その帝室との合意と、アリシア様の姉君の正式な婚約が繋がるということ。

 つまりは、アリシア様の姉君のお相手とは、それほど高貴なお方ということだ。


「これで、あなたと殿下の準備も整います」


「……ありがとうございます」


「わたくしは何もしておりません。父の仕事ですわ」


---


 日が完全に落ちる少し前にお茶会は終わった。


 扉を開けマノンに声をかけた。


「お茶会が終わりました」


「執事様、本日もお疲れさまでございました」


「……いえ」


「アリシアお嬢様、ずいぶん楽しそうでしたね」


「そう聞こえましたか」


「扉の外からでも分かります。声の高さが違いますもの」


 ……この侍女は、扉越しに主の機嫌を聞いているのか。


 門まで三人で歩いた。

 裏門の外はすでに薄暗くなっていた。

 アリシア様がほっかむりを被り直された。

 いつもと同じお姿なのに、なぜか胸がざわめいた。


「しかし、令嬢が馬車も護衛もお連れにならないとは」


 そのざわめきのせいで、思ったことが口から出てしまった。

 アリシア様はこちらを見て少し笑われた。


「この方が、子爵令嬢だとは思われませんから」


「……ですが」


 自分の言葉を遮るように、アリシア様は続けられた。


「わたしのような娘が二人で歩いていても、誰も気にいたしません。それが、いちばん安全なのです」


「……お帰りの道は、どちらを」


「大通りを避けて、川沿いを。堂々と歩いていれば、人が少ない方が、かえって目につきませんから」


 ……理屈は通っているな。


 でも、今日だけはその理屈を聞いても、胸のざわめきは収まらなかった。


「エレオノール様にお伝えください。次のお茶会、楽しみにしておりますと」


「……承知いたしました」


 そして、自分は二人を見送った。

 薄暗い通りを小柄な娘と侍女が並んで歩いていく。

 その背中はすぐに夕闇に混ざって分からなくなった。


 ……まただ。


 どこからか見られているような感覚があった。

 だが、耳を澄ませても、目を凝らしても、何も見つけられなかった。


 ……気のせいか。


 しかし、胸のざわめきはさらに大きくなっていった。


---


 その晩のお嬢様は上機嫌だった。


「日取りは、再来週の休日にいたしましょう」


「招待状は、いかがなさいますか」


「明日、書くことにいたしましょう。学園もお休みですもの」


「承知いたしました」


「よろしい。それから、殿下へのお手紙も明日書いてしまいましょう」


 お嬢様は招待状の紙を選び終えられて、それを机の隅に揃えて置かれた。


 ……順調ですね、お嬢様。


 自分はその様子を見届けてから、部屋を下がった。


---


 皆が寝静まったころ、自分の部屋の扉が強く叩かれた。

 扉を開けると、そこには裏口の門番が立っていた。


「レイヴさん、フォンテーヌ家の家人が、お嬢様に急ぎの知らせがあると」


 急ぎの知らせ。

 その言葉に一気に頭が冷えていくのが分かった。


「分かりました。まずは自分が伺います」


「ありがとうございます。家人は裏口の控室にお通ししております」


「承知しました。そちらには、自分ひとりで向かいます。あなたはエステルを起こすように、そしてエステルに、お嬢様を応接室にお連れするよう、伝えてください」


 そうして、自分は急いで控室に向かった。

 部屋に入ると、外套を被ったままの男がひとり立っていた。


「夜分に申し訳ございません。こちらの執事の方で?」


「レイヴでございます。それで急ぎの知らせとは……」


 男は声を落とした。

 それでも、震えが隠れていなかった。


「お嬢様が、アリシアお嬢様が攫われました」


 部屋の空気が、止まった。

 しばらく何も聞こえなくなった。


「……アリシア様が」


「はい」


「いつ」


「今夜、お帰りの道で。川沿いでございます」


 男の言葉は、そこから先が続かなかった。


「……応接室に向かいます。ついてきてください」

これにて第二部が終了となります。

お付き合いいただき、ありがとうございます。


ここまで悪役令嬢として順調であったお嬢様。

しかし、不穏な流れになってきました。

この不穏な流れがどうなってしまうのか。

明日からの第三部をお楽しみに!!


今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

評価・ブックマークで応援いただけると嬉しいです。

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