第26話 そして
「しかし、令嬢が馬車も護衛もお連れにならないとは」
—— 護衛のない帰路
放課後、お嬢様と共に屋敷へ戻った。
今日はアリシア様との秘密のお茶会の日である。
準備はいつもと同じ。
庭も客間も使わない。
使うのは裏門の近く、離れの一室。
掃除をして、整えて、最低限の飾りだけを置く。
やりとりはすべて口頭で、書面には一切残さない。
……この段取りも、もう慣れたな。
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日が傾きはじめたころ、おふたりが到着された。
ほっかむりを被った小柄な娘と、その後ろに侍女がひとり。
いつもと同じく馬車はない。
「お待ちしておりました」
「こんにちは、レイヴさん」
ほっかむりの下から、アリシア様が顔を出された。
子爵家の御令嬢で学園の一年生。
そして、殿下の婚約者であらせられるお方。
「マノン様は、こちらでお待ちを」
「はい。執事様、本日もよろしくお願いいたします」
侍女のマノンがにこりと笑った。
アリシア様を部屋に通すと、お嬢様がすでに席についておられた。
「いらっしゃい、アリシア」
「お招きありがとうございます、エレオノール様」
エステルが扉の外へ下がり、部屋には、お嬢様、アリシア様、そしていつもの通り自分の三人が残った。
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お嬢様とアリシア様は軽い近況のお話をされた後、アリシア様の紹介の話に移られた。
「それでアリシア、あなたの紹介の話なのですけれど」
お嬢様は紙を広げられた。
招待状の写しと、日取りの案である。
「この日にお茶会を開き、三人に会っていただきますわ」
「三人、というのは」
「モンドール伯爵令嬢、モルネー伯爵令嬢、ルーメン家令嬢。この三人ですわ。わたくしと同じ学年の三人です」
アリシア様の目が、少しだけ丸くなった。
「まあ。その方々に、わたしが」
「ええ。ようやくですわね」
「ようやく、ですか?」
「ええ。あなたにお会いしてから、ずっとご紹介いたしたかった方々ですのよ」
アリシア様が笑われた。
……砕けた笑い方だ。
学園でのこの方は可憐で控えめな令嬢である。
だが、この部屋ではそうではない。
こちらの方がアリシア様の素のお姿なのだろうと、この秘密のお茶会を重ねるたびに思うようになった。
「ドレスの採寸は済みましたので、あとは日取りだけですわ」
「わたし、何をお持ちすればよろしいでしょう」
「手ぶらでいらっしゃい。あなた自身がこのお茶会の趣旨ですもの」
「……はい。その、その方々は、どのような方々なのでしょうか?」
アリシア様は少し緊張した様子で、お嬢様にお尋ねになった。
「モンドール伯爵令嬢、フルールは商いの家の娘で、よく喋りますわ。あなたのことを根掘り葉掘り訊くでしょうけれど、悪気はございませんの」
「はい」
「モルネー伯爵令嬢、シルヴィは何も訊きません。ですが、見ております」
「……見て」
「ええ。訊かずに見て、必要なことだけを端的に問われる方ですわ」
「それは、気をつけませんとね」
その答えと共に、アリシア様は砕けた笑いをされた。
お嬢様が三人を紹介される声色に、アリシア様は緊張を解かれたようだった。
「では、ルーメン家の令嬢は」
「セシルは笑っておられます、ずっと。そして、あなたの言葉には優しく頷かれると思いますわ」
お嬢様は、あの三人をしっかりと言い当てておられる。
「わたし、皆様と仲良くなれるでしょうか」
「そこは、心配されることはありませんわ」
そして、お嬢様は最高の笑顔をアリシア様に向けられた。
「わたくしの友人ですから」
アリシア様の手が、止まった。
「……エレオノール様が、そう仰るのを、はじめて聞きました」
「あら、そう?」
「はい。はじめてです」
お嬢様は何かを隠すように、小さく咳払いをされた。
……こんなお嬢様、自分もはじめてですよ、アリシア様。
「あの……わたし、その日のために練習しておいた方がよろしいでしょうか」
「なにを練習なさるの」
「その……猫を被る練習を」
お嬢様が笑われた。
「必要ございませんわ。あの三人の前では、被らなくてよろしくてよ」
「よろしいのですか」
「ええ。わたくしの友人ですから」
……お嬢様、その言葉、二回目です。
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「そういえば、アリシア。姉君はお元気で?」
お嬢様が茶器を置いて、そう尋ねられた。
「ええ、おかげさまで。先月も留学先から手紙が届きました」
「まだヴェネアーノに?」
「はい。もう二年になります」
アリシア様の姉君は留学中である。
だが、学びのための留学ではない。
「お相手との仲は、順調ですの?」
「順調です」
アリシア様は少し身を乗り出された。
「幸せそうな文面でした、と前に申し上げましたけれど」
「ええ、伺いましたわ」
「いまでは、あれよりも、幸せそうな文面で、わたし、その手紙をちょっと燃やしたくなってしまいました」
お嬢様が小さく笑われた。
「それは、よろしいこと」
「はい」
アリシア様が姿勢を正された。
「姉の正式な婚約が整い次第、家が陞爵すると、父が申しておりました」
その言葉に、お嬢様も姿勢を正された。
「わたくしの父は、いまは帝国におります。帝室との合意がもう少しで固まるとの手紙を受け取っております。父が戻りましたら、そちらのお話も動きましょう」
……旦那様は、そのために出ておられたのか。
旦那様の外遊は、屋敷では帝国との折衝だとしか伺っていなかった。
だが、お嬢様は最初からご存じだったのだ。
帝国とはテウトリヒ帝国。
帝室とは帝国の皇帝一族。
その帝室との合意と、アリシア様の姉君の正式な婚約が繋がるということ。
つまりは、アリシア様の姉君のお相手とは、それほど高貴なお方ということだ。
「これで、あなたと殿下の準備も整います」
「……ありがとうございます」
「わたくしは何もしておりません。父の仕事ですわ」
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日が完全に落ちる少し前にお茶会は終わった。
扉を開けマノンに声をかけた。
「お茶会が終わりました」
「執事様、本日もお疲れさまでございました」
「……いえ」
「アリシアお嬢様、ずいぶん楽しそうでしたね」
「そう聞こえましたか」
「扉の外からでも分かります。声の高さが違いますもの」
……この侍女は、扉越しに主の機嫌を聞いているのか。
門まで三人で歩いた。
裏門の外はすでに薄暗くなっていた。
アリシア様がほっかむりを被り直された。
いつもと同じお姿なのに、なぜか胸がざわめいた。
「しかし、令嬢が馬車も護衛もお連れにならないとは」
そのざわめきのせいで、思ったことが口から出てしまった。
アリシア様はこちらを見て少し笑われた。
「この方が、子爵令嬢だとは思われませんから」
「……ですが」
自分の言葉を遮るように、アリシア様は続けられた。
「わたしのような娘が二人で歩いていても、誰も気にいたしません。それが、いちばん安全なのです」
「……お帰りの道は、どちらを」
「大通りを避けて、川沿いを。堂々と歩いていれば、人が少ない方が、かえって目につきませんから」
……理屈は通っているな。
でも、今日だけはその理屈を聞いても、胸のざわめきは収まらなかった。
「エレオノール様にお伝えください。次のお茶会、楽しみにしておりますと」
「……承知いたしました」
そして、自分は二人を見送った。
薄暗い通りを小柄な娘と侍女が並んで歩いていく。
その背中はすぐに夕闇に混ざって分からなくなった。
……まただ。
どこからか見られているような感覚があった。
だが、耳を澄ませても、目を凝らしても、何も見つけられなかった。
……気のせいか。
しかし、胸のざわめきはさらに大きくなっていった。
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その晩のお嬢様は上機嫌だった。
「日取りは、再来週の休日にいたしましょう」
「招待状は、いかがなさいますか」
「明日、書くことにいたしましょう。学園もお休みですもの」
「承知いたしました」
「よろしい。それから、殿下へのお手紙も明日書いてしまいましょう」
お嬢様は招待状の紙を選び終えられて、それを机の隅に揃えて置かれた。
……順調ですね、お嬢様。
自分はその様子を見届けてから、部屋を下がった。
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皆が寝静まったころ、自分の部屋の扉が強く叩かれた。
扉を開けると、そこには裏口の門番が立っていた。
「レイヴさん、フォンテーヌ家の家人が、お嬢様に急ぎの知らせがあると」
急ぎの知らせ。
その言葉に一気に頭が冷えていくのが分かった。
「分かりました。まずは自分が伺います」
「ありがとうございます。家人は裏口の控室にお通ししております」
「承知しました。そちらには、自分ひとりで向かいます。あなたはエステルを起こすように、そしてエステルに、お嬢様を応接室にお連れするよう、伝えてください」
そうして、自分は急いで控室に向かった。
部屋に入ると、外套を被ったままの男がひとり立っていた。
「夜分に申し訳ございません。こちらの執事の方で?」
「レイヴでございます。それで急ぎの知らせとは……」
男は声を落とした。
それでも、震えが隠れていなかった。
「お嬢様が、アリシアお嬢様が攫われました」
部屋の空気が、止まった。
しばらく何も聞こえなくなった。
「……アリシア様が」
「はい」
「いつ」
「今夜、お帰りの道で。川沿いでございます」
男の言葉は、そこから先が続かなかった。
「……応接室に向かいます。ついてきてください」
これにて第二部が終了となります。
お付き合いいただき、ありがとうございます。
ここまで悪役令嬢として順調であったお嬢様。
しかし、不穏な流れになってきました。
この不穏な流れがどうなってしまうのか。
明日からの第三部をお楽しみに!!
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