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冒険者は御令嬢様に拾われる ― 悪役令嬢の執事はつらいよ  作者: 智信
第二部

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第25話 悪役令嬢の君臨

 学園はいつもどおりだった。


 ……いつもどおり、なんだけどなぁ。


 だが、そのいつもどおりは、新年度のはじめの頃とは明らかに変わっていた。

 お嬢様が廊下を歩かれると、人が割れる。

 この光景は何度も見てきた。

 変わったのは、その後の子女たちの反応だった。


 以前は、お嬢様を避けられても、視線だけはお嬢様を追っていた。

 小声で何かを囁く子女もいた。


 いまは、誰も何も言わない。

 誰もお嬢様を目で追わない。

 本当に、お嬢様を避けるように、ただ道が開く。


 ……抵抗がなくなったな。


 ——下位爵位の貴族令嬢を追い払われた。

 ——モンドール様と殿下の挨拶を妨害された。

 ——モルネー様の取り巻きに脅しをかけた。

 ——ルーメン様を詐欺師と評された。

 ——フォンテーヌ様のハンカチを、踏みつけた。

 ——創立祭でモンドール家をヴァルモン家が潰した。

 ——モルネー様を殿下の婚約者から外すためだけに、生徒会長選挙の応援の席を取り上げた。

 ——教会に圧力をかけた。


 過去の噂が子女をお嬢様から遠ざける。

 お嬢様の気分を害することがあれば、何をされるか分からないから。


「ヴァルモン様、こちらにどうぞ」


 教室では席を勧める声が先に出るようになった。


「ありがとう」


 お嬢様はそう言って腰を下ろされる。

 それだけで声をかけた令嬢が息を吐いた。


 ……怒られなかった、という顔だな。


 お嬢様に従って廊下を歩いていると、先の方で令嬢が二人、言い合いをしていた。

 声が大きくなりかけたところで片方が口をつぐんだ。

 お嬢様が歩いてこられるのが目に入ったのだ。

 二人は揃って壁際に寄り、頭を下げた。

 お嬢様は何も言わずに通り過ぎられた。


 ……自分たちの怒りよりも、お嬢様の怒りの方が怖いということか。


 逆らう者がいないのではない。

 皆が率先して従うことを決めているようだった。

 いまではお嬢様の噂話を表立ってされる方は、誰一人としていなくなっていた。

 それは、自分がいる時の控室でも同じ。


 ……お嬢様は、これを望んでおられたんだろうな。


 悪役令嬢になる、と宣言された時から。

 あのときは何を言っておられるのか分からなかった。

 いまは、こういうことだったのかと、理解をしていた。


---


 しかし、学園で、なぜ誰も逆らわないのだろう。


 悪評があるからだ。

 それは分かる。

 だが、それだけではない気がした。

 お嬢様がなさってきたことを、思い返してみた。


 お嬢様が潰してこられたのは殿下の婚約者争い。

 殿下の隣を誰が取るか、という争い。

 それを、お嬢様は順に潰してこられた。

 しかし、お嬢様ははじめから降りておられた。

 それを知っているのは王家と、この家の限られた者だけだ。

 外から見れば、お嬢様は候補の筆頭のままである。


 ……だから、私欲、私怨に見えるのか。


 誰も知らない。

 お嬢様が最初から降りておられることを、誰も知らない。

 だから令嬢を退けるたびに、殿下を独占したいのだと見られる。


 ……よくできているな。


 そして、争いだけはいつのまにか消えた。

 いや、お嬢様が消していた。

 そういうことだった。


---


 ある日の昼、お嬢様と共に廊下でフルール様とすれ違った。

 向こうから、侍女のカルレと二人で歩いてこられる。

 フルール様は目を伏せて、会釈だけをされた。

 そのまま通り過ぎていかれた。

 お嬢様も会釈を返された。

 それだけだった。

 足を止めることも、声をかけることもなかった。

 あのお茶会前と変わらない。


---


 別の日の午後、お嬢様と共にシルヴィ様を見かけた。

 シルヴィ様は会釈さえなかった。

 だが、無視されたのとも違う。

 目が合う前に、目を伏せられた。

 いままで通りのふたりだった。


---


 さらに別の日の放課後、お嬢様と共にいると、セシル様が前から歩いてこられた。

 微笑まれていた。

 ただ、それは、いつもの見慣れた微笑みだった。

 そして、そのまま通り過ぎていかれた。


---


 あのお茶会で、三人は隠し合うのをやめられた。

 殿下の隣を望んでいないと、ご自分から言われた。

 あれは近づいたということではないのか。

 いや、学園だとそれを隠さないといけないのか。


 答えは出なかった。


---


 ここ最近のお嬢様は、屋敷に戻ると上機嫌になられる。


「レイヴ、採寸の手配は?」


「明日の午後に、仕立て屋が参ります」


「招待状の紙は」


「三種、取り寄せております。あとはお嬢様にお選びいただくだけでございます」


「では、あとで見ますわ」


「日取りはいかがいたしましょう」


「あの三人も来ますので、あのお茶会のように休日としましょう」


「では、あとでお嬢様のご予定をご確認いただき、その後、ご都合を伺う書状をお出しします」


「そういたしましょう。当日の迎えは?」


「公爵家の馬車をお出しします。フォンテーヌ家のタウンハウスまで」


「そうなさい」


 アリシア様を三人に紹介するというだけで、これだけの手数になる。

 だが、お嬢様は面倒だとは言われなかった。

 アリシア様を三人に紹介する、その支度である。

 ドレスを仕立て、日取りを調整し、招待状を出す。

 やることは多いがお嬢様は楽しそうにされていた。


「それと、こちらも」


 お嬢様が机の上の紙を指された。


「これは」


「殿下へ、お茶会のお誘いの手紙ですわ」


 ……ああ。


 殿下は言われた。

 結果が出たら、またお茶会をしよう。

 そのときに、君が何をしたのかを聞かせてくれ、と。


「結果は出ましたわ」


「……はい」


「そして、三人にアリシアを紹介すれば、すべて終わります。ですから、お話しできますでしょう」


 お嬢様は、非常に素敵な笑顔をされていた。


 ……浮かれておられるな、これは。


---


 翌日、お嬢様を学園からお屋敷にお返しする馬車へと案内した後、お嬢様と分かれ、仕立て屋を迎えるために学園の外へ出た。


 待ち合わせは校門の外、校門から少し外れた場所。

 そこは馬車の通る道で、それ以外は何もない。

 そんな場所に、人がいた。

 通りの向こう側、隠れるように立っている。

 気配は薄く、違和感に気が付かなければ見逃していた。


 目を向けると、動いた。

 急いだ様子はなかった。

 ただ、そこからいなくなった。


 ……なんだ?


 冒険者だったころの勘が、ざわめきはじめていた。

 何かを監視していたのなら、何かを秘密裏に探していたのなら、こちらが気づいた時点で退くのが筋だ。

 しかし、その何かは分からない。

 お嬢様か?

 いや、すでにお嬢様はお帰りになられている。

 ならばお嬢様以外の誰かか?

 分からないが、ざわめきが治まることはなかった。


 仕立て屋の馬車が来たので、仕立て屋をフォンテーヌ家のタウンハウスまで案内するために、馬車に乗り込んだ。

 乗り込みながら、もう一度、人がいた方を見た。

 誰も戻ってきてはいなかった。


---


 紙を片づけてから、お嬢様のお部屋へと伺った。


「お嬢様」


「なにかしら」


「本日、学園の外に見慣れぬ気配がございました」


 お嬢様は招待状の紙を見ておられた。


「気配」


「はい。校門から少し外れた場所。隠れるように立っておりました」


「それで?」


「自分が目を向けると、静かにそこから立ち去っていきました」


「それが気になると」


「……はい。冒険者だったころの勘、でございます」


 お嬢様は紙から目を上げられた。

 それから、笑われた。


「あら、心配性ね」


 ……それだけだった。


「……はい」


 自分も、それ以上は申し上げなかった。


「それよりも仕立て屋、いかがでして?」


「アリシア様も、フォンテーヌ夫人も、非常に喜ばれておりました」


「それは、重畳。で、他には何かありまして?」


「……いえ、特には」


「そう。では、引き続き、お願いするわね」


「承知いたしました」


 お嬢様は再び紙を選び始められた。


 部屋を出て、扉を閉め、そして、一息吐いた。

 廊下は静かだった。


 ……本当に、気のせいだと、いいんだがな。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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