第24話 いつものお茶会(4)
大聖堂での会談から、三週が過ぎた。
そして、今日はいつものお茶会の日である。
今回はヴァルモン家、つまりお嬢様が主催される番だった。
「レイヴ」
「はい」
「今日は、少し長くなるかもしれませんわ」
……長く、か。
「では、茶葉と軽食を多めに用意させます」
「ええ、そうなさい」
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最初にお見えになったのはフルール様だった。
いつもなら馬車を降りられた時点から何か話しておられるのに、今日は庭へ通されるまで挨拶だけだった。
次にシルヴィ様がお見えになった。
こちらは変わらない。
最後にセシル様がお見えになった。
挨拶の言葉も、微笑みも、変わらなかった。
テーブルに四人の令嬢がお揃いになった。
それぞれ令嬢の後ろには、侍女が控えている。
お茶が注がれ、菓子が配られた。
それでも、誰も口を開かれなかった。
フルール様は茶器を持ち上げて、一口だけ口をつけ、そのまま置かれた。
シルヴィ様は最初からひとつも動かれていない。
セシル様は微笑まれているが、その微笑みは形だけのようだった。
後ろに控えた侍女たちまで、いつもより静かにしている。
カルレは視線を落としたままで、ノエミは微動もしない。
そして、コレットも静かに控えているだけだった。
……お茶会の空気が重い。
創立祭のあとのお茶会は、皆様が笑っておられた。
生徒会長選挙のあとのお茶会も、呆れながら笑い話にはなっていた。
しかし、今回は笑い声がひとつもない。
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「ひとつ、伺ってもよろしいかしら」
最初に口を開かれたのはシルヴィ様だった。
「ええ、どうぞ」
「教会への献金を、減らされたと伺いましたわ」
……さすがに情報を掴むのが早いな。
「ええ」
「ヴァルモン家だけでなく、ヴァルモン家に従われている家も」
「そのとおりですわ」
「そして、減らした分の行き先を、孤児院に変えられたと」
「そちらもそのとおりですわ」
シルヴィ様は一度、間を置かれた。
「それから、教会から訂正の公示が出ておりましたわね」
「出ておりましたわね」
「どの点が誤りだったのかは、書かれておりませんでしたけれど」
「ええ。教会としては、お書きにはなれませんでしょうね」
「大聖堂へは、正面からお入りになったそうですわね」
……シルヴィ様は、どこまで読んでおられるのだろうか。
「ええ。裏から入るご用でもございませんでしたし」
そこで、ようやくフルール様が声を出された。
「……あの、それって」
「なにかしら」
「教会をお通しにならずに、孤児院に直接、ということですの?」
「ええ。そのほうが貴族としての責務を示すのに、確かと思いましたので」
フルール様は口を開けたまま、何も言われなかった。
商いの家に生まれたこの方は、たぶん数字で理解しておられる。
公爵家とそれに連なる家の献金がどれだけの金額であるか。
それの一部でも教会から抜けると何が起きるのか。
そして、その孤児院の影響力がどれだけ増すのか。
「……教会は、それで困りませんの?」
「わたくしが考えることではありませんので」
「まあ」
フルール様はそれ以上何も言われなかった。
しかし、その瞳はセシル様へと向けられていた。
セシル様は、微笑まれたままだった。
……ここまでの会話に、称賛も、非難も、なにも出てこないな。皆様、事実の確認だけをなさっている。
そしてお嬢様は、もう終わった話として話しておられる。
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しばらくして、セシル様が小さくため息を吐かれた。
「はぁ」
そのため息は、何かを脱ぎ捨てるためのようなため息だった。
「もう、隠し合うのはやめにしましょう」
……え。
顔を上げると、セシル様が微笑まれていた。
いつもの微笑みだが、その笑顔に浮かぶ温度が違った。
「隠し合うのをやめる、と申しますと」
お嬢様が問い返された。
「わたくし、殿下のお隣を望んでおりませんの」
皆様の動きが止まった。
お嬢様だけが、動かれなかった。
「……そうですの」
「はい。一度も、望んだことがございませんわ」
セシル様は、そこではじめて真剣な表情へと切り替えられた。
「父が望んでおりますの。わたくしではなく」
……言われた。
フルール様が息を吸われた。
シルヴィ様の目が、わずかに動かれた。
父君の望みと、ご自分の望みが違う。
それを言うのがどれだけのことか、この方々は分かっておられる。
「まあ、やっぱり」
フルール様が、ぱっと身を乗り出された。
「わたしもですわ。そもそも、父に言われて挨拶に行っていただけですもの」
お嬢様が、少し目を上げられた。
「存じませんでしたわ」
「まあ」
「あなたが何を望んでいるかは、あなたのものですもの。わたくしが立ち入ることではございませんわ」
……その言葉は、年度の初めに聞いた。
自分がフルール様は本気ではないと申し上げたとき、お嬢様は同じことを言われた。
フルールが何を望んでいるかは、フルールのものです、と。
「エレオノール、そういうところですわ」
フルール様が頬を膨らませた。
「まあ、わたし、殿下のことは、遠くから拝見するくらいがちょうどよいのですわ。お隣なんて、考えただけで恐ろしくて、恐ろしくて」
フルール様の目の中の輝きが、少しだけ揺れた。
そんなフルール様を横目に、シルヴィ様は静かに茶器を置かれた。
それから、いつもと同じ声で言われた。
「同じく」
それだけだった。
セシル様が笑みを深くされた。
「シルヴィ、それだけですの?」
「それだけですわ」
シルヴィ様はご自分のことは"同じく"だけで済まされた。
さっきまで事実を追求されておられたのに。
「まあ、シルヴィったら」
フルール様が笑われた。
その笑いで、場の重さが少しだけ抜けた。
……フルール様はこういう方だ。
だがそうか、やはり三人とも、殿下の隣を望んでおられない。
お嬢様がこの新学年がはじまってから潰してこられた殿下の婚約者争いには、最初から本気の当事者がいなかったのか。
誰も欲しがっていないものを、周りだけが取り合っている形になっていた。
……なんだそれは。
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場の空気が緩んだところで、セシル様が思い出したように言われた。
「そういえば、殿下は」
お嬢様が顔を上げられた。
「創立祭のことも、生徒会長選挙のことも、今回のことも、一度も、何もお尋ねになりませんでしたわね」
誰も、何も言われなかった。
そして、三人の目が、お嬢様へ向いた。
「そういえば」
お嬢様は茶器を置かれた。
「そろそろ、三人にもご紹介したい令嬢がおりますの」
三人は、お嬢様が次に話されるのを待っておられなかった。
「次のお茶会では、その方も交えて。いかがでして?」
セシル様、フルール様、シルヴィ様が順に答えられた。
「ええ、喜んで」
「まあ、楽しみですわ。どんな方かしら」
「異存ありませんわ」
お嬢様は三人のお返事に満足したようで、満面の笑みを浮かべられた。
「ええ。楽しみにしていてくださいまし」
それから散会までは、いつものお茶会だった。
茶菓子の話、季節の話、誰がどうしたという話。
……この席に、五人目が座るのか。
この四人だけで囲んできたお茶会に。
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お茶会が終わり、三人を玄関までお送りした。
フルール様は馬車に乗られるまで、ずっと何か話しておられた。
シルヴィ様は一礼だけされて、馬車に乗られた。
最後にセシル様が出てこられた。
その微笑みはいつもよりも朗らかだった。
三人をお見送りして、庭に戻った。
お嬢様は、まだ椅子におかけになっていた。
「お嬢様、とうとう、ご紹介なさるのですか」
「ええ」
お嬢様は茶器の底に残ったものを見ておられた。
「いつまでも隠しておくのも、飽きましたし」
「飽きた、でございますか」
「ええ、飽きましたの」
「……承知いたしました」
自分は茶器を片づけた。
テーブルには、花が一輪だけ残っていた。
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