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冒険者は御令嬢様に拾われる ― 悪役令嬢の執事はつらいよ  作者: 智信
第二部

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22/27

第22話 教会

 あの後、お嬢様は自分にひとつの命令を下された。


「レイヴ。街の噂ではなく、教会を調べなさい」


「……教会を、でございますか」


「ええ。教会です」


 ……なるほど。


「承知いたしました」


---


 最初の休日に、自分は街へ出た。


 商業区、冒険者ギルド、それから王都の外れの宿。

 どこでも同じ噂話が繰り広げられていた。


「公爵家のお嬢様が教会を締め出した」


 宿の隣の婆さんが信じているのと、まったく同じ形の噂話。


「変わらないねぇ。むしろ増えてるよ」


 女将さんは茶を出しながらそう言った。


「増えてる?」


「前は婆さんだけだったけどさ。いまは井戸のところの会話がすべてそれさ」


 ……広がっているな。


 信者から街の人々へ。

 商業ギルドや冒険者ギルドでも、受付の者に「お嬢様の噂、大丈夫?」と心配された。

 それだけ噂が広がっていっているということだ。


 情報屋の席に移動する。


「教会の話を聞きたい」


「俺が知っている話は、あんたが耳にしている話とそう変わらないものだと思うぞ」


「公爵家のお嬢様が教会を締め出した、か」


「それだ。井戸端会議でも市場の世間話でも、同じ形で出回っている」


「出どころは」


「知らん。調べていない」


 ……調べていない、か。


「依頼がある」


「言ってみろ」


「教会の中を洗ってほしい」


 情報屋の目が、少しだけ動いた。


「教会の中、か」


「ああ、これが依頼料の前金だ」


 自分は金貨を一枚、テーブルに置いた。

 情報屋は懐に入れた。


「……ずいぶん張り込むな」


「うちのお嬢様の名前が出ているんでね」


「そうだったな」


 情報屋は茶を一口飲んだ。


「一週間後だ」


「頼んだ」


---


 しかし、噂はその内容を変えていっていた。

 学園の控室では"公爵家が教会を締め出した"から"公爵家が教会に金を要求した"へ変わっていた。

 枠の話が金の話になっている。


「あの御令嬢様は教会にお金を要求なさったそうですよ」


「それで、教会は辞退なさったとか」


「そういうことらしいです」


「普通は献金やご支援という形で、枠をご提供になるのが筋だと聞きましたが」


 真実の混ざっている嘘は、本当に厄介だ。


---


 次の休日、宿の食堂の奥に約束通り情報屋が座っていた。


「前置きはいらないだろう。早速、報告するぞ」


「ああ、分かった」


 情報屋は指を一本立てた。


「ひとつ。教会の中は割れてる。強硬派と呼ばれてる連中がいて、そいつらが動いてる」


「上の方は」


「あくまでも王都の大聖堂内の話だ。その上は関与していない」


 ……その上は関与していない。


「公示を出したのも、その強硬派だ。そして、司教はその強硬派のトップだ」


「ふたつ」


 指が二本になった。

 情報屋は少し身を前に倒した。


「創立祭で、教会が慈善の枠を辞退した件な。あれの窓口に、金が入ってたらしい」


 ……金。


「どこの誰がいくら入れたのかは分からん。そこまでは掴めてない」


 商業ギルドで聞いた"辞退もモンドール家が関わっているのではないのか"、あれはそういう意味だったのか。

 だから教会は、その理由を書けなかった。


「みっつ」


 三本目が立った。


「井戸端会議と市場の噂の出所を辿ってみた。そしたら数人に辿り着いた」


「辿れたのか、さすがだな」


「辿れた。そして、そいつらは、全員、教会の集まりに出てる。しかも同じ集まりだ」


 自分は言葉を探して、見つからなかった。


「……それは」


「その集まりは強硬派が主催する集会。つまり、火をつけたのも、いまその声に応え、公示を出したのも、同じ連中だ」


 ……マッチポンプじゃないか。


「よっつ」


 四本目が立った。


「これは、教会から離れる話になる」


 情報屋は声を落とした。


「教会とは別口で煽ってる奴もいるようだ」


 ……別口。


「どこの誰だい」


「分からん。本当に分からん。ただ、強硬派が動きだす前から、話の種だけがもう撒かれてた形跡がある」


「形跡」


「隣の婆さんは強硬派の集会に行っていない。そして、話を聞いた人間も知り合いの信者ではないと言っている」


「その話をした人間は?」


「いや、教会からの帰り道で耳にしただけと言っていた」


「特徴とかは」


「分からん。これ以上は言えることがない」


 ……口を濁しているわけではないな。


 この情報屋は知らないことを知らないと言う。

 だからモーリスさんに紹介されたのだ。


「いつつ」


 情報屋は五本目を立てて、姿勢を戻した。


「これは、噂とは関係ない話だが、東地区での炊き出しに、ずっと聖女様が来てる」


「聖女様、セシル様か」


「そうだ。しかも、学園の休みの日は、ほぼ毎回らしい」


 ……ほぼ毎回、か。


「助かった」


 情報屋にそう答えると、テーブルの上に報酬の金貨を一枚置いた。


---


 さらに噂は酷い内容へと変貌していった。


「あの御令嬢様、教会への献金を行っていないそうですよ」


「貴族としての義務を放棄なさっていると」


「そういうことらしいです」


 ……教会への献金は公爵家もしている。


 だが、それを伝えたところで、この噂は消えないだろう。

 教会が噂を止めない限り。


---


 さらに次の休日、自分は情報屋に伝えられた、炊き出しの場所へと向かった。

 その場所は、王都の東側の外れ。

 建物の背が低く、継ぎ接ぎのような建物ばかりが立ち並ぶ。

 そして、道の石畳が剥がされており、土の道になっていた。

 その場所の奥、広場のような広くなったところで、天幕が張られていた。

 そこから長い列が出来ている。

 並んでいるのは子供と、老人と、見窄らしい服装の大人たち。


 ……これが炊き出しか。


 自分は少し離れた壁際に立って様子を眺めた。


 天幕の方を見ると、教会の者が十人ほどいた。

 その中に見覚えのある女性がいた。


 セシル様だった。


 髪は布でまとめられ、袖も上げておられた。

 そして、笑顔で手ずから炊き出しを配っておられた。

 子供や老人たちと言葉を交わし、笑い合っておられた。

 大人たちには励ましの言葉をかけておられるようだった。

 その後ろには、いつも見かける、あの女性の従者が立っていた。

 数人の子供たちが、その従者にも話しかけていた。

 その言葉に従者は慈愛のある笑顔を向けていた。

 そんな従者の姿を見ているセシル様の笑顔は、いつもと違う熱のある笑顔だった。


 そんな時だった。

 炊き出しを食べ終わった数人の男が声を大きくした。


「だから言っているだろう。あれは公爵家が潰したんだ」


「……いや、しかし」


「あの司祭様も言っておられた。だから、今年は創立祭に出せなかったと」


 自分はそちらへ目を向けた。

 酒を飲んでいるわけではない。

 ただ、その動きが粗暴だった。


「なあ、あんたも言ってくれよ」


 男の一人が、従者の方へ近づき、その腕を掴もうとした。


「コレット」


 セシル様の声だった。


 鍋の前から離れ、間に入っておられた。

 男と従者の間に体を入れる形で。


「その桶を、あちらへ運んでくださる?」


「……はい」


 ……コレット。


 お茶会の席で後ろに立っているのを見てきたが、名が呼ばれた記憶がなかった。

 コレットという名の従者だったのか。


 従者は桶を持って天幕の奥へと下がっていった。

 セシル様は男たちの方を向かれた。


「わたくしどもが今年、慈善を出せなかったのは、手続きの話でございます」


「だが」


「どなたのせいでもありません」


 声は静かだった。

 列のざわめきに消えるほどの声だった。

 男たちは何か言いかけて、しかし言わずに去っていった。


 ……これで、ここは十分だな。


 自分も壁から離れて、来た道を戻っていった。


---


 その晩、お嬢様の部屋で報告をした。


「噂の出所を辿ってまいりました。井戸端と市場、どちらも数人に行き着きます」


「辿れたのね」


「はい。そして、その数人は全員、同じ集まりに出ておりました。教会の強硬派が主催する集会でございます」


「では、噂を撒いたのも教会」


「はい。公示を出したのも同じ強硬派でございます」


「火をつけた者が、燃えているのを見て、信者が望んでいるからと言う。そういう形ですのね」


「……はい」


 お嬢様は指先でテーブルを一度叩かれた。


「その強硬派を率いているのは」


「司教でございます」


 指が止まった。


「ランベール司教が、強硬派の頭」


「情報屋はそう申しておりました」


 ……娘を聖女に仕立て上げたい方が、その筋の頭でいらっしゃる。


「さらに上の方々は」


「関与しておられません。あくまで王都の大聖堂の中の話だと」


「そう」


「また、教会の辞退には、窓口への金の流れがあったと」


「お金、ね」


 お嬢様はそこで一度、言葉を止められた。


「もうひとつ、ございます」


 自分は続けた。


「情報屋が申しておりました。教会とは別口で煽っている者もいるようだ、と」


「別口」


「はい。強硬派が動き出す前から、話の種だけが撒かれていた形跡があると」


「形跡」


「はい。ただ、情報屋もそこで止まっております。掴めていないのではなく、掴むものがないと」


 お嬢様はそれ以上お尋ねにならなかった。


「それと、噂の中身が変わっております」


「変わった?」


「はい。今週からは、公爵家が教会への献金を行っていない、貴族としての義務を放棄しているという形で回っております」


 お嬢様の眉が、わずかに動いた。


「わたくしの家が、献金を」


「していない、と」


「……そう」


 その一言だけ、低かった。


「それと、東地区の炊き出しについてです。セシル様が、学園の休みの日には、ほぼ毎回いらしているそうでございます」


 お嬢様は少し間を置かれた。


「セシルが、毎回」


「はい。自分も本日、見てまいりました」


 自分は見たままを申し上げた。

 信者らしい男たちが、公爵家が潰したのだと声を上げていたこと。

 その男が従者の腕を掴もうとしたこと。

 セシル様が間に入られたこと。

 そして、どなたのせいでもないと言われたこと。


「どなたのせいでもない、と」


「はい」


「あの方は、そう言うでしょうね」


 お嬢様は椅子の背に身を預けられた。

 それから、笑われた。


「うふふ」


 ……出た。


「うふふ。面白くできそうだわ」


 ……面白く。


「レイヴ」


「はい」


「来週の休みまでに、屋敷の帳簿を出しておきなさい。教会への献金の分だけでよろしいわ」


「……献金の分、でございますか」


「ええ。何十年分もありますでしょう?」


「ございます」


「全部を出してちょうだい」


「……承知いたしました」


 ……胃薬を、多めに頼んでおこう。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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