第22話 教会
あの後、お嬢様は自分にひとつの命令を下された。
「レイヴ。街の噂ではなく、教会を調べなさい」
「……教会を、でございますか」
「ええ。教会です」
……なるほど。
「承知いたしました」
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最初の休日に、自分は街へ出た。
商業区、冒険者ギルド、それから王都の外れの宿。
どこでも同じ噂話が繰り広げられていた。
「公爵家のお嬢様が教会を締め出した」
宿の隣の婆さんが信じているのと、まったく同じ形の噂話。
「変わらないねぇ。むしろ増えてるよ」
女将さんは茶を出しながらそう言った。
「増えてる?」
「前は婆さんだけだったけどさ。いまは井戸のところの会話がすべてそれさ」
……広がっているな。
信者から街の人々へ。
商業ギルドや冒険者ギルドでも、受付の者に「お嬢様の噂、大丈夫?」と心配された。
それだけ噂が広がっていっているということだ。
情報屋の席に移動する。
「教会の話を聞きたい」
「俺が知っている話は、あんたが耳にしている話とそう変わらないものだと思うぞ」
「公爵家のお嬢様が教会を締め出した、か」
「それだ。井戸端会議でも市場の世間話でも、同じ形で出回っている」
「出どころは」
「知らん。調べていない」
……調べていない、か。
「依頼がある」
「言ってみろ」
「教会の中を洗ってほしい」
情報屋の目が、少しだけ動いた。
「教会の中、か」
「ああ、これが依頼料の前金だ」
自分は金貨を一枚、テーブルに置いた。
情報屋は懐に入れた。
「……ずいぶん張り込むな」
「うちのお嬢様の名前が出ているんでね」
「そうだったな」
情報屋は茶を一口飲んだ。
「一週間後だ」
「頼んだ」
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しかし、噂はその内容を変えていっていた。
学園の控室では"公爵家が教会を締め出した"から"公爵家が教会に金を要求した"へ変わっていた。
枠の話が金の話になっている。
「あの御令嬢様は教会にお金を要求なさったそうですよ」
「それで、教会は辞退なさったとか」
「そういうことらしいです」
「普通は献金やご支援という形で、枠をご提供になるのが筋だと聞きましたが」
真実の混ざっている嘘は、本当に厄介だ。
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次の休日、宿の食堂の奥に約束通り情報屋が座っていた。
「前置きはいらないだろう。早速、報告するぞ」
「ああ、分かった」
情報屋は指を一本立てた。
「ひとつ。教会の中は割れてる。強硬派と呼ばれてる連中がいて、そいつらが動いてる」
「上の方は」
「あくまでも王都の大聖堂内の話だ。その上は関与していない」
……その上は関与していない。
「公示を出したのも、その強硬派だ。そして、司教はその強硬派のトップだ」
「ふたつ」
指が二本になった。
情報屋は少し身を前に倒した。
「創立祭で、教会が慈善の枠を辞退した件な。あれの窓口に、金が入ってたらしい」
……金。
「どこの誰がいくら入れたのかは分からん。そこまでは掴めてない」
商業ギルドで聞いた"辞退もモンドール家が関わっているのではないのか"、あれはそういう意味だったのか。
だから教会は、その理由を書けなかった。
「みっつ」
三本目が立った。
「井戸端会議と市場の噂の出所を辿ってみた。そしたら数人に辿り着いた」
「辿れたのか、さすがだな」
「辿れた。そして、そいつらは、全員、教会の集まりに出てる。しかも同じ集まりだ」
自分は言葉を探して、見つからなかった。
「……それは」
「その集まりは強硬派が主催する集会。つまり、火をつけたのも、いまその声に応え、公示を出したのも、同じ連中だ」
……マッチポンプじゃないか。
「よっつ」
四本目が立った。
「これは、教会から離れる話になる」
情報屋は声を落とした。
「教会とは別口で煽ってる奴もいるようだ」
……別口。
「どこの誰だい」
「分からん。本当に分からん。ただ、強硬派が動きだす前から、話の種だけがもう撒かれてた形跡がある」
「形跡」
「隣の婆さんは強硬派の集会に行っていない。そして、話を聞いた人間も知り合いの信者ではないと言っている」
「その話をした人間は?」
「いや、教会からの帰り道で耳にしただけと言っていた」
「特徴とかは」
「分からん。これ以上は言えることがない」
……口を濁しているわけではないな。
この情報屋は知らないことを知らないと言う。
だからモーリスさんに紹介されたのだ。
「いつつ」
情報屋は五本目を立てて、姿勢を戻した。
「これは、噂とは関係ない話だが、東地区での炊き出しに、ずっと聖女様が来てる」
「聖女様、セシル様か」
「そうだ。しかも、学園の休みの日は、ほぼ毎回らしい」
……ほぼ毎回、か。
「助かった」
情報屋にそう答えると、テーブルの上に報酬の金貨を一枚置いた。
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さらに噂は酷い内容へと変貌していった。
「あの御令嬢様、教会への献金を行っていないそうですよ」
「貴族としての義務を放棄なさっていると」
「そういうことらしいです」
……教会への献金は公爵家もしている。
だが、それを伝えたところで、この噂は消えないだろう。
教会が噂を止めない限り。
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さらに次の休日、自分は情報屋に伝えられた、炊き出しの場所へと向かった。
その場所は、王都の東側の外れ。
建物の背が低く、継ぎ接ぎのような建物ばかりが立ち並ぶ。
そして、道の石畳が剥がされており、土の道になっていた。
その場所の奥、広場のような広くなったところで、天幕が張られていた。
そこから長い列が出来ている。
並んでいるのは子供と、老人と、見窄らしい服装の大人たち。
……これが炊き出しか。
自分は少し離れた壁際に立って様子を眺めた。
天幕の方を見ると、教会の者が十人ほどいた。
その中に見覚えのある女性がいた。
セシル様だった。
髪は布でまとめられ、袖も上げておられた。
そして、笑顔で手ずから炊き出しを配っておられた。
子供や老人たちと言葉を交わし、笑い合っておられた。
大人たちには励ましの言葉をかけておられるようだった。
その後ろには、いつも見かける、あの女性の従者が立っていた。
数人の子供たちが、その従者にも話しかけていた。
その言葉に従者は慈愛のある笑顔を向けていた。
そんな従者の姿を見ているセシル様の笑顔は、いつもと違う熱のある笑顔だった。
そんな時だった。
炊き出しを食べ終わった数人の男が声を大きくした。
「だから言っているだろう。あれは公爵家が潰したんだ」
「……いや、しかし」
「あの司祭様も言っておられた。だから、今年は創立祭に出せなかったと」
自分はそちらへ目を向けた。
酒を飲んでいるわけではない。
ただ、その動きが粗暴だった。
「なあ、あんたも言ってくれよ」
男の一人が、従者の方へ近づき、その腕を掴もうとした。
「コレット」
セシル様の声だった。
鍋の前から離れ、間に入っておられた。
男と従者の間に体を入れる形で。
「その桶を、あちらへ運んでくださる?」
「……はい」
……コレット。
お茶会の席で後ろに立っているのを見てきたが、名が呼ばれた記憶がなかった。
コレットという名の従者だったのか。
従者は桶を持って天幕の奥へと下がっていった。
セシル様は男たちの方を向かれた。
「わたくしどもが今年、慈善を出せなかったのは、手続きの話でございます」
「だが」
「どなたのせいでもありません」
声は静かだった。
列のざわめきに消えるほどの声だった。
男たちは何か言いかけて、しかし言わずに去っていった。
……これで、ここは十分だな。
自分も壁から離れて、来た道を戻っていった。
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その晩、お嬢様の部屋で報告をした。
「噂の出所を辿ってまいりました。井戸端と市場、どちらも数人に行き着きます」
「辿れたのね」
「はい。そして、その数人は全員、同じ集まりに出ておりました。教会の強硬派が主催する集会でございます」
「では、噂を撒いたのも教会」
「はい。公示を出したのも同じ強硬派でございます」
「火をつけた者が、燃えているのを見て、信者が望んでいるからと言う。そういう形ですのね」
「……はい」
お嬢様は指先でテーブルを一度叩かれた。
「その強硬派を率いているのは」
「司教でございます」
指が止まった。
「ランベール司教が、強硬派の頭」
「情報屋はそう申しておりました」
……娘を聖女に仕立て上げたい方が、その筋の頭でいらっしゃる。
「さらに上の方々は」
「関与しておられません。あくまで王都の大聖堂の中の話だと」
「そう」
「また、教会の辞退には、窓口への金の流れがあったと」
「お金、ね」
お嬢様はそこで一度、言葉を止められた。
「もうひとつ、ございます」
自分は続けた。
「情報屋が申しておりました。教会とは別口で煽っている者もいるようだ、と」
「別口」
「はい。強硬派が動き出す前から、話の種だけが撒かれていた形跡があると」
「形跡」
「はい。ただ、情報屋もそこで止まっております。掴めていないのではなく、掴むものがないと」
お嬢様はそれ以上お尋ねにならなかった。
「それと、噂の中身が変わっております」
「変わった?」
「はい。今週からは、公爵家が教会への献金を行っていない、貴族としての義務を放棄しているという形で回っております」
お嬢様の眉が、わずかに動いた。
「わたくしの家が、献金を」
「していない、と」
「……そう」
その一言だけ、低かった。
「それと、東地区の炊き出しについてです。セシル様が、学園の休みの日には、ほぼ毎回いらしているそうでございます」
お嬢様は少し間を置かれた。
「セシルが、毎回」
「はい。自分も本日、見てまいりました」
自分は見たままを申し上げた。
信者らしい男たちが、公爵家が潰したのだと声を上げていたこと。
その男が従者の腕を掴もうとしたこと。
セシル様が間に入られたこと。
そして、どなたのせいでもないと言われたこと。
「どなたのせいでもない、と」
「はい」
「あの方は、そう言うでしょうね」
お嬢様は椅子の背に身を預けられた。
それから、笑われた。
「うふふ」
……出た。
「うふふ。面白くできそうだわ」
……面白く。
「レイヴ」
「はい」
「来週の休みまでに、屋敷の帳簿を出しておきなさい。教会への献金の分だけでよろしいわ」
「……献金の分、でございますか」
「ええ。何十年分もありますでしょう?」
「ございます」
「全部を出してちょうだい」
「……承知いたしました」
……胃薬を、多めに頼んでおこう。
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