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冒険者は御令嬢様に拾われる ― 悪役令嬢の執事はつらいよ  作者: 智信
第二部

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第21話 噂話

「公爵家のお嬢様が締め出したって噂を婆さんは信じちまってるんだよね」

—— 信者の噂

 あのお茶会から一週間が経った。

 今日は学園が休みで、お嬢様に外出の予定もない日。

 つまり、自分の休みの日である。


 自分は朝のうちに屋敷を出て、商業区や冒険者ギルドに顔を出し、それから王都の外れの宿へ向かった。

 宿の食堂に入ると、女将さんが茶を出してくれた。


「最近の客足はどうだった」


「変わらず、だね。寒くなると人の行き来が減るからねぇ。それまでに稼ぎきらないといけないけどね」


「そうかい」


 自分は紙袋をテーブルに置いた。

 焼き菓子が入っている。


「いつもありがとうね」


「いいってことよ」


 女将さんは紙袋を受け取ってから、少し声を落とした。


「そういえばさ。教会の話、聞いてるかい」


 ……教会。


「何かあったのかい」


「うちの隣の婆さんが信者でさ。秋の学園のお祭り、あれのために縫い物をしてたんだよ」


「……教会の出店のため、か」


「そう、それ。それがねえ」


 女将さんは布巾でテーブルを拭きながら続けた。


「今年は出すことができなかったんだってさ。お貴族様のために精魂込めて縫ったのにって、愚痴っていたさ」


「……教会から辞退したって聞いているけど」


「そうらしいけどさ。でも、公爵家のお嬢様が締め出したって噂を婆さんは信じちまってるんだよね」


 ……公爵家のお嬢様が締め出した、か。


 食堂を見渡すと、奥の席に情報屋が座っていた。

 女将さんにお礼をいうと、自分はそちらへ移った。


「うちのお嬢様の噂が出回っているんだって?」


「街の信者の間で話が回ってる」


「誰かが噂を流した?」


「それは分からん。ただ、話の形が揃ってる」


 ……形が揃っている。


「どういう形だい」


「公爵家のお嬢様が教会を締め出した。教会は仕方なく辞退した」


「……時系列が逆になっている」


 自分は金貨を置いて席を立った。


 ……厄介な形だな。


---


 屋敷に戻ってから、自分はそのままお嬢様の部屋へ伺った。


「街で聞いたお話がございます」


「言いなさい」


「創立祭での教会の枠の件が、教会の信者の間で話になっております。お嬢様が締め出した、そのために教会は仕方なく辞退した、という形で」


 お嬢様は書き物の手を止められた。


「順番が逆になっているのね」


「はい。教会に都合の良い順番に。そして、お嬢様にとって都合の悪い順番に、入れ替わっております」


「そう」


 お嬢様は書類を置かれた。


「……面倒ですわね」


 ……その通りだ。


---


 数日が経つと、学園では違う形の話が聞こえるようになった。


「今年の創立祭、教会の出店がございませんでしたでしょう?」


「ええ。毎年、楽しみにしておりましたのに」


「実は、セシル様が、出店の枠を戻していただけるように、お願いをされていたとか」


「でも、出店は……」


「そうなのです。あの御令嬢様が、その願いをお聞き入れにならなかったと」


「……教会からのお願いを踏みにじったということですわね」


「そういうことですわ」


 ……事実ではないな。


 枠を奪ったのはモンドール家で、さらにそれを強奪したのがお嬢様だ。

 教会の枠は、すでにモンドール家の段階で消えた。

 しかも、辞退の届けは教会が出している。

 そのうえ、少し前までセシル様のお願いだったものが、もう教会からの願いになっている。

 話しているうちに、願った者が大きくなっていく。


「あの御令嬢様は、先日の生徒会長選挙でも、とても酷い応援をされておりましたし」


「最近は、その横暴振りに困っておられる方も多いのでしょうね」


 ……だが、嘘だけでもない。


 嘘の中に真実が混ざっている。

 そこが非常に厄介だった。


「わたくし、次の礼拝には伺おうと思っておりますの」


「あら、わたくしも」


「先日の礼拝は、いつもより人が多かったと聞きましたわ」


「ええ。学園の方も、ずいぶんと」


 ……教会の信者か。


 ここでも噂を回しているのは教会の信者だった。


---


 学園からの帰りの馬車の中で、お嬢様にご報告した。


「うるさいこと。それで、わたくしが何をしたと言っておりますの?」


「教会からのお願いを踏みにじった、と」


「あら、そんなもの、わたくし、頂いた覚えも、踏んだ覚えもありませんけれど」


 ……お嬢様。


「聞き流しなさい。いまは、それでよろしいわ」


 ……いまは。


「ただし、噂の出所は、辿りなさい」


---


 噂の出所を辿るように言いつけられ、翌日、自分は学園の中を回っていた。


 祈りのための小さな堂が、校舎の端にある。

 そこは信者の生徒が立ち寄る場所。

 小さな林に覆われており、普段使う通路からは隠されている。

 そこから人の声がした。


 自分は足を止め、聞き耳を立てた。


 セシル様とその従者がふたりでいた。

 女性の従者でいつもセシル様の後ろに控えている方だ。


「……ですから、無理をなさらないでください」


 従者がそう言っていた。


「わたくしは平気ですわ」


「平気ではありません。司教様のお言葉に……昨日も、夜までお悩みに……」


「あなたが心配するようなことではありませんの」


「……セシル様」


「でも、ありがとう。あなたが言うなら、少しだけ休みますわ」


 いつもの声色ではなかった。

 穏やかで、丁寧で、誰に向けても優しさを感じる、そんな声色の方だ。

 しかし、いまのは違った。

 その声色に熱があった。


 自分はその場から立ち去った。


 ……見なかったことにするか。


 探していたものではない。

 そう自分に言って、自分は校舎へ戻った。


---


 その夕方、屋敷に一通の書類が届いた。

 お嬢様はその書類を読まれると、眉間に皺を寄せられた。


「レイヴ」


「はい」


「読みなさい」


 差し出された書類は写しだった。

 自分は受け取って目を落とした。


 ——大聖堂司教区 公示


 ——近年、学園に集う貴族の子女の間において、信仰を軽んじる風潮が見られることを、当司教区は深く憂慮している。

 ——学園の創立祭において、当司教区が長く慈善のために準備を重ね続けてきたが、今年度はその役割を果たすことなく終わった。

 ——当司教区は、この件について学園へ抗議を申し立てていない。

 ——手続きに不備はなく、辞退の届けは当方から出したものである。

 ——だが、当方が辞退の届けを出さざるを得なかったこと、そのことについては別である。

 ——ある令嬢を公然と辱め、下位の家の者を家格で圧し、創立祭に出る者を自家の都合で入れ替えさせた者がいる。

 ——しかし、当司教区はその者の名を挙げない。

 ——教会は、そして聖女セシル・ルーメンは、その者が自ら悔い改めることを祈っている。

 ——聖女セシル・ルーメンは、信者の祈りに応えるために日々を捧げている。

 ——我らが願うのは、正しさが正しさとして扱われることのみである。


 公示はそこで終わり、その下に一行、書き添えられていた。


 ——なお、公示にあたり司教ランベールは、集まった信者に向けてこう述べた。「あの子は聖女になるために生まれた」


 ……全部、嘘がない。


 創立祭に教会が出店しなかったこと。

 それは教会が自ら辞退したため。

 しかし、その辞退には理由がある。

 それらはすべて本当のことだ。


 ある令嬢を公然と辱めた。

 下位の家の者を家格で圧した。

 創立祭に出る者を自家の都合で入れ替えさせた。

 それらはお嬢様が学園でなさっていたことだ。


 だが、それらを一枚の紙の上で、一続きの行いのように描いている。


 ……上手いな、これは。


 今日、耳にした、あのふたりの会話を思い出した。


 ……従者が言っていたな、"司教様のお言葉に……昨日も、夜までお悩みに……"と。


 この紙にはセシル様がどう思っているかは一行も書かれていない。


---


「読み終えましたこと?」


「はい」


「どう思いまして」


「書かれていることは、すべて本当でございます」


「そうね」


「ですが、並びに悪意を感じます。すべてがお嬢様に向かうように並び替えられております」


 お嬢様は椅子の背に身を預けられた。


「教会は嘘をついておりませんわ」


「……はい」


「嘘をついていない相手に、嘘だと言っても意味がございませんでしょう」


 お嬢様は指先でテーブルを一度叩かれた。

 それから、もう一度。


「街で回っている話と、この紙は、どちらが先ですの」


「街の話が先でございます。ですが、誰が噂の出所であるかは掴めておりません」


「そう」


 お嬢様はしばらく何も言われなかった。

 指先でテーブルをもう一度叩かれた。


「レイヴ」


「はい」


 お嬢様はこちらをご覧になった。

 その顔にはいつもの笑みがなかった。


「教会が相手ですのね。……ええ、けっこうですわ」


 ……胃が痛い。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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