第20話 いつものお茶会(3)
「つまりは公的な部分へと繋がる扉ではなく、私的な部分へと繋がる扉ということだ」
—— 大聖堂の中庭
生徒会長選挙が終わってから二週間が過ぎた。
そして、今日はいつものお茶会の日である。
今回はルーメン家、セシル様が主催される番だった。
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大聖堂は王都の中心に建っている。
大聖堂の表正面からは信者が絶えず出入りしている。
そことは違う、裏の扉から中へと案内される。
裏とは言っても使用人などが使うようなものではなく、大聖堂に参拝以外の目的で訪れる来客向けの門である。
つまりは公的な部分へと繋がる扉ではなく、私的な部分へと繋がる扉ということだ。
通されたのは、その私的な場所にある小さな中庭だった。
壁沿いの花壇には秋の花が咲いており、中央に据えられたテーブルの上には、すでに茶器が並べられていた。
高い壁に囲まれているので、通りの音はほとんど届かない、王都の喧騒とはかけ離れた静寂の空間。
響いてくるのは、鳥の囀りと、祈りの声。
そして、時折り鐘の音が響いてくる。
……静謐とはこういう場所のことを言うんだろうな。
テーブルにはまだ誰も着いておられない。
今回はお嬢様が最初ということだった。
「ようこそお越しくださいました」
セシル様が柔らかく迎えられた。
「ごきげんよう、セシル」
それから少しして、フルール様とシルヴィ様もお見えになった。
そして、テーブルに四人の令嬢がお揃いになった。
その後ろにはそれぞれの侍女が控えている。
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「シルヴィ、生徒会長のご就任、おめでとうございます」
セシル様が最初に切り出された。
「おめでとう、シルヴィ」
「ありがとうございます」
シルヴィ様は一度だけ目を伏せられ、それから顔を上げられた。
「もう仕事は始まっておりますの?」
フルール様が尋ねられた。
「ええ。引き継ぎですが。ただ、わたくしが思っていたよりもその内容が多く、驚いております」
「まあ」
「演説ではあのようなことを訴えましたが、見えない部分では、すでにそれなりの決まりがあったようで、自分の不勉強を恥じているところです」
……そこで反省できるところが、さすがシルヴィ様ですね。
「では、あまりお暇な時間がなくなってしまったのでは、ありませんこと?」
「ええ、やることが多く、暇という言葉がどこかに消えてしまいました」
フルール様が困ったように笑われた。
そんな、シルヴィ様の言葉に、セシル様は心配されていた。
「お身体の方は、大丈夫、でしょうか?」
「無理はしておりません。お休みはしっかりととっておりますから」
セシル様も小さく笑われた。
そこでシルヴィ様が、ふとお嬢様の方をご覧になった。
だが、シルヴィ様は何も言われなかった。
お嬢様も何も言われなかった。
ただ、笑顔を返されていた。
シルヴィ様はその笑顔に、一度だけ目を伏せられた。
そして、お嬢様は笑顔を戻された。
きっとおふたりの間では何かが通じたのであろう。
しかし、自分にはそれがなにか分からなかった。
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「それにしても、あの演説には驚きましたわ」
フルール様が思い出されたように呟かれた。
「エレオノールがあの壇上におられたことにも驚きました。でも、それよりも応援の演説で、まさかシルヴィの応援をされるなんて」
「そのお話、学園の外でも話題になっておりますわ」
セシル様が続けられた。
「信者の中でも、そのお話が話題になっていると、耳にしましたわ」
「あら」
お嬢様は、なぜそんなことが話題になるのかが理解できないというように首を傾けられた。
……お嬢様、あなたは狙っていましたよね。
「わたくし、正しいことを申し上げただけですわ」
「そうなのですけれど」
フルール様が困ったように笑われた。
するとセシル様が話題を引き継がれた。
「仰ったことは正しいことではあるのですが、あの場での正しい行動ではありませんもの」
「わたくし、嘘は嫌いですので」
……あなたが言いますか。
セシル様は、これ以上は無駄と思われたのか、話題を変えられた。
「その後に仰った王妃様のお話は、少し驚きました」
セシル様が言われた。
「家格と、品性と、血の正しさ。……そこまでは知っておりましたが、中立も必要とは。わたくし、知りませんでしたわ」
「ふふふ。大事なこと、ですのよ」
「ええ。ですから、驚きましたの」
お嬢様は優しい笑顔をセシル様に向けられていた。
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「それにしても、あの選挙の時は、ずいぶんと騒がしくなりましたものね」
フルール様が話を戻された。
「わたくしの周りが、でしょう」
シルヴィ様が答えられた。
「わたくしは、ただ生徒会長に立候補した。それだけでした」
「ええ、そのとおりですわ。ですが、周りの皆様は違うお話をなさっていましたわ」
「気持ちは嬉しくありました。しかし、わたくしの思いは違う。わたくしがどれだけ申し上げても、あの方々のお話は変わりませんでした」
……そうだったな。
それでも周りの話は一度も変わらなかった。
「父も、止めるかどうかを問われましたが」
シルヴィ様はそこで少し間を置かれた。
「断りました」
……止めるかどうかを問われていた。
自分はそれを初めて聞いた。
モルネー伯爵様は殿下の隣を求められていないということだ。
「学園内のことに父を頼ってしまったら、生徒会長に立候補した理由と矛盾してしまいますから」
この方は自分の意思で生徒会長に立候補された。
純粋に生徒会長となり、自分の実力を知るために。
しかし、周りはそれを別の物語にした。
「どなたも悪くはございませんのね」
セシル様が静かに言われた。
「皆様、わたくしのためだと思っておられましたから」
シルヴィ様は茶器に口をつけられた。
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「殿下は何もお言葉を残されないのね。ご自身のお隣のお話なのに」
それはシルヴィ様の乾いた呟きだった。
議題にするつもりはないという言い方でもあった。
「そうね」
お嬢様が短く応じられた。
それだけで、その話は終わった。
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お嬢様がシルヴィ様に身体を向けられた。
「それで、シルヴィ。弟さんがいらっしゃるのに、実務をお鍛えになるのね」
中庭が静かになった。
フルール様も、セシル様も、茶器を持つ手を止められ、シルヴィ様の方を見られた。
シルヴィ様はその手を止めることなく、お茶を飲み続けられた。
……お嬢様。
この方が何を言われたのかは、自分にも分かる。
モルネー家の跡を継ぐのは弟君だ。
その弟君がいるのに、姉が実務を鍛えている。
それは"家の実務を弟君から奪いたがっているのでは?"そう聞こえもする。
いや、そう聞こえるように言われた。
シルヴィ様は茶器を置かれた。
それからお嬢様をまっすぐに見られた。
「……ええ。わたくし、父に憧れておりますので。それに、公爵令嬢様ほどでは、ございません」
お嬢様の眉がわずかに動いた。
……上手く返されてしまいましたね。
フルール様が小さく息を吐かれ、セシル様が口元を隠された。
……いまのは、この二人にも届いたな。
派手に動いているのはどちらか。
このテーブルにいる方々は、全員それを知っている。
「あら」
お嬢様はそれだけ言われて、笑われた。
……しかし、本当にシルヴィ様は動じられないな。
自分はそう思いながら、シルヴィ様に視線を移すと、後ろの侍女の姿が目に留まった。
ノエミという名の侍女だ。
いつも表情を動かさない方で、主が主なので、それは当然のように見えていた。
そのノエミの手が胸の前で結ばれている。
それは必要のない動作だ。
だからやけに印象に残ってしまった。
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今回の茶会も日が傾く前に散会した。
お嬢様は馬車が走り出すと、不意に笑われた。
「ふふ」
その笑顔には無邪気さがあった。
「レイヴ」
「はい」
「公爵令嬢様ほどでは、ですって」
お嬢様は思い出されたらしく、もう一度笑われた。
「言うようになりましたこと」
「……はい」
「以前は、ただ黙っておりましたのよ。わたくしが何を申しても、そう、とだけ」
「……そうでしたか」
「ええ。ずいぶんと長く、そうでしたわ」
馬車は大聖堂から離れていった。
石畳の上を車輪が鳴り、大聖堂の鐘の音がだんだん遠くなっていく。
お嬢様は、窓の外をご覧になったまま、まだ笑っておられた。
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