第19話 応援演説
「……あら、それはわたくしですわね?」
—— 王妃の条件
演説会の日になった。
講堂には全生徒が集まっていた。
しかし、静寂はなく、どよめきに溢れていた。
その原因は皆の視線の先、壇上にあった。
壇上には椅子に座っておられる方々が六人。
立候補した三人と、その応援演説を行う三人。
そのうちの一つの席にお嬢様が座っておられたからだ。
その様子を自分は壇の袖から眺めていた。
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あの晩、お嬢様はこう続けられた。
「レイヴ」
「はい」
「地方の男爵家のご令息。わたくしが応援いたしますわ」
「……応援、というと……」
「もちろん、演説会での応援ですわ。さて、レイヴ。快くその席を譲っていただけるように、手配をなさい」
「……承知いたしました」
自分は頭を下げた。
そして、自分はご令息と交渉をし、本日に至るというわけである。
……交渉という名の、圧力と買収でしたけどね。
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この演説会では、一組ごとに、応援、そして立候補者の演説を繰り返す。
その順は、新興貴族家の令息、シルヴィ様、そして、地方の男爵家の令息であった。
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最初に演説台に立たれたのは新興貴族家の令息の応援者、同じ派閥の令息。
学園の外に繋がりを作れる人物だと、訴えておられた。
続いて令息本人が立たれた。
商家との関係を強化し、学園の催しを増やすこと。
それにより社交の機会を増やし、さらに学園外との交流も増やすという話をされていた。
彼の派閥の人間は大きな拍手を送っていた。
ただ、派閥の人間以外の反応は薄かった。
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三番目はシルヴィ様の応援だった。
演説台に立たれたのは、いつもシルヴィ様を囲んでおられた令嬢のひとりだ。
モルネー伯爵家の伝統がどれほどであるかということ。
宰相家の令嬢として立派に我々の中心となっておられること。
そして、どれだけシルヴィ様が人格的に優れておられるかを、強く訴えておられた。
そこまでは筋が通っていた。
だが、令嬢は最後にこう付け足された。
「モルネー様が会長となられれば、いずれ殿下のお隣に立たれるお方として、これ以上の証はございません」
客席が沸いた。
拍手が前の方から大きく上がり、後ろまで広がっていった。
……この場でも言ってしまわれましたか。
分かっていたことではあるが、それでも頭痛が襲ってきた。
頭に手を当てながらシルヴィ様の様子を伺うと、前を向き続けておられた。
表情を変えられることもなく、視線を動かされることもなく、何ひとつ動かれることはなかった。
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そして、シルヴィ様が立たれた。
「わたくしが申し上げるのは、生徒会長として何を目指し、何を為すか」
その一言で客席が静まり返った。
「生徒会が預かるのは、学園内での学生生活における自治。その自治は生徒会が入れ替わるごとにかわり、時に大きく、時に小さくなっておりました」
確かにその通りだ。
この学園では、どこまでが学生の自治の範囲で、どこからが学園の裁量か、その境界が曖昧だと感じていた。
「しかし、それは本当に学生による自治と言えるのでしょうか?」
学園はいわば貴族社会の縮小版であり、子女を使った盤外戦術の場ともいえる。
「わたくしはそうは思っておりません」
だからこそ、本当の意味での自治にはなりえなかったし、なりえるはずもなかった。
家格の低い家が生徒会長に就任したとき、自身よりも家格の上の家に何かを強制することはできるか?
例えば、殿下に何かを指示する。
そんなこと、できるわけがない。
「ですから、わたくしは法を、いえ則を作ります。すべてを作れると、そのような妄言を宣言はいたしません。まずは基礎のみを作ります。そして、その基礎を皆と守るための仕組みを作り上げていきます」
しかし、シルヴィ様はそこに楔を打ち込もうとしている。
「任は一年でございます。しかし、一年で終わるものを作るつもりはございません。数年後、数十年後へのはじまりの一年にする。以上でございます」
シルヴィ様は一礼をされ、席へ戻られた。
拍手はあった。
数としては多かった。
ただ、手を叩きながら隣の者と顔を見合わせている生徒が、何人もいた。
そして、席から聞こえてきたのは、拍手とは別の声だった。
「あれだけですか?」
「殿下とのお話もなさればよろしいのに」
……また、それか。
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拍手が鳴り止まぬうちに、お嬢様が席を立たれた。
その瞬間、前の方から後ろの方へと、拍手の音が鳴り止む静けさが波のように広がっていった。
そして、静寂に包まれた中で、お嬢様は演説台に立たれた。
「ヴァルモン家のエレオノールですわ」
息を飲み込む音が響き渡るほどの静けさの中、お嬢様は言葉を続けられた。
「わたくしは、寮のご令息の応援に立ちました」
お嬢様は一度だけ客席を見渡された。
「ですが、わたくしが推しますのは、モルネー様ですわ」
静かな驚きが講堂を支配する。
そして、応援されるはずだった令息も、驚きの顔をされていた。
……壊しましたね、お嬢様。
「先ほどのモルネー様のお話を、皆様は覚えておられますこと?」
胃が痛みを訴えはじめていた。
「生徒会長が学生のために為すべきことだけを、あの方は話されました。しかし、ほかの方はどうだったかしら?」
壇上の令息は声をあげようとされた。
「自家、自派閥に有利に働くことを、さも学園のためであるかのようにお話しになっている。わたくしが応援するあの方も同じようなことを訴えられるでしょう」
だが、お嬢様の言葉に二人とも下を向かれた。
「しかし、モルネー様、そうはなさらなかった」
お嬢様は壇の上から客席を見下ろされた。
「ですから、わたくしはモルネー様を推します。会長として、ですわ」
会長として、というところでお嬢様は一度言葉を切られた。
「ところで、たったいま妙なお話を聞きましたわ。生徒会長になれば、殿下のお隣に相応しくなる、と」
講堂がざわめいた。
「ですからわたくし、僭越ながら、歴代の王妃様がどのような方であらせられたかを、考えてみましたの」
お嬢様は指を一本立てられた。
「ひとつ、家格と品性。王家に並び立つお家から出ること。そして、人の上に立つ者としての品を備えていること。この二つは、いつも一緒に問われてまいりました」
その言葉は確実な前提として、皆の認識にある。
なので、お嬢様の言葉を、皆、素直に受け入れていた。
「家格だけでは足りません。品だけでも足りません。どちらかが欠けたまま立たれた方は、歴代にお一人もおられませんわ」
指が二本になった。
「ふたつ、血の正しさ。王家に連なる血筋に、疑いが一つも残っていないこと」
これも皆の認識にある言葉。
貴族とは、その血の繋がりによって貴族足り得るものだから。
「後の世で蒸し返されるような血の混入が、一つもないこと、と申し上げた方がよろしいかしら」
そして、三本目が立てられた。
「みっつ、中立。宰相をはじめ、国の要職にあるお家とは一線を置くこと。要職と王家が一つになってしまえば、国家の形に歪みが現れてしまうでしょう?」
しかし、みっつめの言葉は、公爵家でなければ紡げない言葉であった。
その事実を突きつけられ、数人の子女が同時に顔を上げ、しかし誰もがすぐに目を伏せた。
「要職のお方が誤られたときに、止める者がいない。それは王家のためになりません」
お嬢様は立てた指をそのまま客席へ向けられた。
「以上の三つですわ。……さて、このうちのどこに、生徒会長という役職に就くことが入りますの?」
誰も答えられなかった。
「歴代の王妃様に、生徒会長であられたというお方はお一人もおられません。お一人も、ですわ」
誰も答えられない静まり返った講堂の中に、お嬢様の声だけが響き続けていく。
「ですから、モルネー様を会長に推すことと、殿下のお隣のお話は、何の関わりもございません」
お嬢様の声は、そこで少しだけ低くなった。
「関わりのないものを一緒にして騒ぐのは、あまりにも礼を欠いておりますわ」
シルヴィ様は壇の端の席で、まっすぐに前を向いておられた。
いや、お嬢様の演説中、シルヴィ様は一度もお嬢様の方を向くことはなかった。
「ああ、それと」
お嬢様は思い出したように首をかたむけられた。
「先ほどの三つを、念のために当てはめてみましょうか。家格に品性、血の正しさ、そして中立」
立てた指が、ゆっくりと折られていった。
「……あら、それはわたくしですわね?」
……お嬢様、ご自分でご自分と言われなくてもよろしいのでは。
それだけを告げると、お嬢様は礼をすることなく席へと戻られた。
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最後に、地方の男爵家の令息が演説台に立たれた。
その声は震えており、そして、何を話すべきかをすべて忘れてしまっているかのようだった。
いや、忘れているのではない。
お嬢様のあの演説のせいで、その内容を話せなくなってしまっていた。
その姿はあまりにも残酷で、処刑台の上に立たされているようであった。
そして、客席では誰も彼の話を聞いていなかった。
俯き続ける人、隣と何かを話し合っている人、そして、お嬢様を見続けている人。
令息の声は誰の耳にも届いていなかった。
最後まで話し終えられると、令息は一礼をされて席へ戻られた。
拍手はまばらだった。
……お気の毒に。
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翌日、投票と開票が行われた。
投票は午前のうちに終わり、開票は昼を回ってすぐに片がついた。
その結果、シルヴィ様が生徒会長になられた。
しかし、控室での会話の中にそのことは話題に登らなかった。
話題はすべてお嬢様だった。
「昨日のあれは、もう学園の外にまで噂になっているそうですよ」
「他家のご令息の応援に立たれて、ご自分を推されたとか」
「モルネー様を外すためだけに、席を取り上げてお話をなさったのだと、そう言う方もおられます」
「うちの旦那様も、あれは何のおつもりかと」
「どちらのお家でも、その話でしょうね」
……お嬢様はしっかりとシルヴィ様を生徒会長に推されていたのですが。
「そういえば、モルネー様の周りの方々は、ずいぶんと静かになられたそうで」
自分は控室を出て、お嬢様を迎えに向かった。
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