第18話 生徒会長選挙
「そして、彼らのシルヴィ様の担ぎ方が、日ごとに過激になっていっていた」
—— 担ぎ上げ
あのお茶会から三週間が経ち、学園の掲示板に一枚の紙が張り出された。
生徒会長選挙。
立候補の受付は一週間で、選挙戦はその翌週から二週間。
そして、その二週目の後半に演説会があり、その翌日に投票と開票が行われる。
つまりこれから三週間は学園が騒がしくなるということだ。
受付が始まって二日ほどで、控室の話題は選挙一色になっていた。
「寮の方ではもう動いておられる方もいるそうですよ」
「ああ、地方の男爵家のご令息ですね。去年から支度をしておられたとか」
「新興貴族のあのお家の方も、進級されてから人を集めておられたと聞きました」
「あのモンドール家に対抗意識を持っておられるお家の方ですね」
「ええ。それと、モルネー様の周りが、ずいぶんと盛り上がっておられるようで」
「モルネー様?」
「ええ。ただ、ご本人はまだ何も仰っておりませんが……」
……シルヴィ様の周りが、ですか。
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翌週、学園の掲示板には三名の名前が公示されていた。
ひとりは地方の男爵家の令息。
二学年。
王都に邸を持たない家の子女はそれなりの数がいる。
彼ら彼女らは学園の寮を使い、寮の中の日常を共有している。
そして、立候補した男爵家の令息もその寮を使っている一人。
なので寮の者たちの支持が厚いらしい。
ただ、寮を使っているものたちから会長が出たことは、ここ何年もない。
もうひとりは新興貴族家の令息。
二学年。
新興貴族は一枚岩ではない。
いくつもの派閥が存在し、そして離散集合を繰り返している。
そして彼の家はモンドール家に強い対抗意識を持っている家だった。
この選挙を使い、彼の家は勢力図を変えようとしているのだろう。
噂話では、すでに地盤作りは十分に行われているようだ。
そして、最後のひとりはシルヴィ様だった。
公爵家が関わっている家からは誰も立候補していない。
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その日の放課後、お嬢様を迎えに教室に向かうと、その教室の前でシルヴィ様が数人の生徒に囲まれておられた。
「モルネー様、どうして会長に」
「生徒会の、会長としての活動を通じて、父と同じような立場を、擬似的にでも経験してみたいと思いました」
シルヴィ様はそう答えられた。
「そして、いまの自分の実務の能力が、どの段階にいるのかを知りたいとも思っています。だから、わたくしは、立候補をいたしました」
……実務。
「モルネー様、でも、生徒会長というのは、その、もっと大きな……」
「大きな?」
「……いえ。なんでもありません」
……いま、何を言おうとしたんだ。
どちらの問いもそれだけで終わらせておられた。
囲んでいた生徒たちはもっと何か聞きたそうな顔をしていたが、シルヴィ様はそれだけ言って教室を後にされた。
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ずれが始まったのは次の日からだった。
「モルネー様が会長になられたなら、これはもう決まりですわね」
「決まり?」
「だって、生徒会長ですもの。学園の成果として、殿下のお隣に立つのに、これ以上の肩書きがありますこと?」
廊下でそんな声を聞いた。
……話が違う方へ行っているな。
シルヴィ様が言われていたのは、父が就いている宰相という職位のことだった。
だがこの方々が話しているのは、殿下の隣、つまり婚約者、地位のことだった。
そしてその声はひとつだけではなかった。
「会長になられれば、家格も実績としても申し分ない。婚約者として、誰も文句のつけようがありません」
ひとり、ふたりだけではない。
シルヴィ様の周りの多くの人間が、同じような会話をしている。
……本気で言っているな。
そこが厄介だった。
この方々は、生徒会長になることが、殿下の婚約者になることだと思っている。
そして、それを正しいことだと信じている。
いや、信じ込んでいる。
……本当に厄介だ。
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そのずれは、日に日に大きくなっていった。
そして、彼らのシルヴィ様の担ぎ方が、日ごとに過激になっていっていた。
「法衣貴族家の学生の名簿を作りました」
「では、わたしはそれぞれの家のお仕事の方を調べましょう」
「それでは、わたしは、それぞれの家の上司の家を調べましょう」
「この週末にいくつかのお茶会を開催いたしましょう」
「わたしは学生の方を担当いたします」
「わたしもお手伝いいたします」
「なら、わたしは母にお願いをし、それぞれの家の夫人とのお茶会を開催いたしましょう」
「あら、わたしも母にお願いしてみますわ」
「お茶会の話題は、生徒会長選挙のお話」
「そして、殿下の隣のお話、ですわね」
教室の片隅でシルヴィ様を取り囲みながら、話し合いが進んでいく。
しかし、この話し合いの中で、シルヴィ様は一言も発言されなかった。
……シルヴィ様は、それでよいのですか?
学園の中だけではなく、学園の外の派閥の力も使おうとしている。
そのこと自体、この学園においては悪いことではない。
それが選挙の話だけであれば、である。
しかし、その選挙の話と、殿下の隣を並べると、それは学園を飛び越えた政治の話になる。
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休日の従者寮でも選挙の話を耳にした。
「今年の生徒会長選挙は、モルネー様でほぼ決まりでしょうね」
「あなたもそう思います?」
「ええ。他のお二方も頑張ってはおりますが、さすがにあの法衣貴族の方々の勢いには負けておられますからね」
すでにシルヴィ様が当選されたかのような話になっていた。
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翌週には、控室での会話はシルヴィ様ではなくモルネー伯爵家の話が中心になっていた。
「モルネー様が生徒会長になられるということは、あのお話も……」
「……大きな声では言えませんが、旦那様もお気になさっておりました」
「噂ですが、法衣貴族のお家の方では、そちらの方も動き出したというお話も」
どの声も、相手の家の出方を見ている。
この選挙に、そして法衣貴族たちの動向に注目が集まってきている証拠だ。
これは学園を飛び越え始めているという予兆。
……頭が痛くなってきた。
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そんなものを抱えながら過ごすうちに、演説会まであと数日という頃になっていた。
お嬢様と廊下を歩いていると、シルヴィ様の会話が聞こえてきた。
「モルネー様、演説では殿下のことにも触れられますの?」
「殿下のこととは?」
「殿下の隣のお話です。皆様が期待しておりますから」
シルヴィ様は口を開きかけ、しかし一度それを止め、そして改めて答えを返された。
「わたくしが申し上げるのは、生徒会長として何を目指し、何を為すか。そのことだけですわ」
「ですが」
「それだけですわ」
……動じない方だ。
しかし、後ろに控えている侍女は違った。
荷物を持っているその手が、一度だけ強く握られた。
「……失礼いたします」
期待した答えを、いまはもらえないと諦めた生徒たちは、シルヴィ様の前から下がっていった。
シルヴィ様はその後ろ姿を静かに見送られていた。
……やめて下さいと言わないのか。
いや、言えないのだろう。
自分の意思とは違う方向に担がれていると分かったところで、担いでいる方々は、この方の言葉を聞かないだろう。
たとえ言葉で"はい"と答えたとしても、その心の中にある求める姿を消すことはできない。
消すことができなければ、それは裏に隠れてでも続けようとするだろう。
そんなことを思いながらシルヴィ様を見ていると、お嬢様がこちらをご覧になっていた。
……顔に出ていましたか。
「レイヴ、今晩、報告に来なさい」
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その晩、お嬢様の部屋へ報告に伺った。
「シルヴィの立候補の理由は?」
「お父上と同じような立場を、擬似的にでも経験してみたい、と。それと、ご自身の実務の能力がどの段階にあるのかを知りたい、と」
「そう」
「そして、この選挙戦の中で、シルヴィ様ご本人が仰っておられるのは、生徒会長として何を目指し、何を為すか。そのことだけでございます」
「シルヴィらしいわね。それで、周りは?」
「周りの方々も、シルヴィ様が生徒会長になられることは応援されています。ただ、シルヴィ様が生徒会長になられれば、殿下の婚約者として家格も実績としても申し分ないとも」
その報告にお嬢様の目がキツくなった。
「あなたは、どう思いまして?」
「自分の推察としましては、あの方々は、生徒会長になることと、殿下の婚約者になることを、同じことだと思っておられるようです」
「思っている?」
「信じておられる、という方が近いかと存じます」
自分はそのまま続けた。
「あくまで自分が聞いた噂話ですが、法衣貴族の家の方でも、婚約者の件に動き出したとも」
お嬢様は、少しのあいだ何も言われず思考に耽っているようだった。
「レイヴ」
「はい」
「ほかのお二方は」
……え。
「ほかの、と申しますと」
「立候補なさっている、ほかのお二方ですわ」
……そちらですか。
「ひとりは地方の男爵家のご令息で、寮の方々の支持が厚いと聞いております。昨年から支度をしておられたとか」
「もうひとりは」
「新興貴族のお家のご令息でございます。モンドール家に強い対抗意識をお持ちのお家で、この選挙で勢力図を変えるおつもりかと」
「そう」
お嬢様はそこで笑われた。
……出た。
この笑い方は知っている。
何かを思いつかれた時の顔だ。
……胃薬の残りを、数えておこう。
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