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冒険者は御令嬢様に拾われる ― 悪役令嬢の執事はつらいよ  作者: 智信
第二部

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18/28

第18話 生徒会長選挙

「そして、彼らのシルヴィ様の担ぎ方が、日ごとに過激になっていっていた」

—— 担ぎ上げ

 あのお茶会から三週間が経ち、学園の掲示板に一枚の紙が張り出された。

 生徒会長選挙。

 立候補の受付は一週間で、選挙戦はその翌週から二週間。

 そして、その二週目の後半に演説会があり、その翌日に投票と開票が行われる。

 つまりこれから三週間は学園が騒がしくなるということだ。


 受付が始まって二日ほどで、控室の話題は選挙一色になっていた。


「寮の方ではもう動いておられる方もいるそうですよ」


「ああ、地方の男爵家のご令息ですね。去年から支度をしておられたとか」


「新興貴族のあのお家の方も、進級されてから人を集めておられたと聞きました」


「あのモンドール家に対抗意識を持っておられるお家の方ですね」


「ええ。それと、モルネー様の周りが、ずいぶんと盛り上がっておられるようで」


「モルネー様?」


「ええ。ただ、ご本人はまだ何も仰っておりませんが……」


 ……シルヴィ様の周りが、ですか。


---


 翌週、学園の掲示板には三名の名前が公示されていた。


 ひとりは地方の男爵家の令息。

 二学年。

 王都に邸を持たない家の子女はそれなりの数がいる。

 彼ら彼女らは学園の寮を使い、寮の中の日常を共有している。

 そして、立候補した男爵家の令息もその寮を使っている一人。

 なので寮の者たちの支持が厚いらしい。

 ただ、寮を使っているものたちから会長が出たことは、ここ何年もない。


 もうひとりは新興貴族家の令息。

 二学年。

 新興貴族は一枚岩ではない。

 いくつもの派閥が存在し、そして離散集合を繰り返している。

 そして彼の家はモンドール家に強い対抗意識を持っている家だった。

 この選挙を使い、彼の家は勢力図を変えようとしているのだろう。

 噂話では、すでに地盤作りは十分に行われているようだ。


 そして、最後のひとりはシルヴィ様だった。


 公爵家が関わっている家からは誰も立候補していない。


---


 その日の放課後、お嬢様を迎えに教室に向かうと、その教室の前でシルヴィ様が数人の生徒に囲まれておられた。


「モルネー様、どうして会長に」


「生徒会の、会長としての活動を通じて、父と同じような立場を、擬似的にでも経験してみたいと思いました」


 シルヴィ様はそう答えられた。


「そして、いまの自分の実務の能力が、どの段階にいるのかを知りたいとも思っています。だから、わたくしは、立候補をいたしました」


 ……実務。


「モルネー様、でも、生徒会長というのは、その、もっと大きな……」


「大きな?」


「……いえ。なんでもありません」


 ……いま、何を言おうとしたんだ。


 どちらの問いもそれだけで終わらせておられた。

 囲んでいた生徒たちはもっと何か聞きたそうな顔をしていたが、シルヴィ様はそれだけ言って教室を後にされた。


---


 ずれが始まったのは次の日からだった。


「モルネー様が会長になられたなら、これはもう決まりですわね」


「決まり?」


「だって、生徒会長ですもの。学園の成果として、殿下のお隣に立つのに、これ以上の肩書きがありますこと?」


 廊下でそんな声を聞いた。


 ……話が違う方へ行っているな。


 シルヴィ様が言われていたのは、父が就いている宰相という職位のことだった。

 だがこの方々が話しているのは、殿下の隣、つまり婚約者、地位のことだった。


 そしてその声はひとつだけではなかった。


「会長になられれば、家格も実績としても申し分ない。婚約者として、誰も文句のつけようがありません」


 ひとり、ふたりだけではない。

 シルヴィ様の周りの多くの人間が、同じような会話をしている。


 ……本気で言っているな。


 そこが厄介だった。

 この方々は、生徒会長になることが、殿下の婚約者になることだと思っている。

 そして、それを正しいことだと信じている。

 いや、信じ込んでいる。


 ……本当に厄介だ。


---


 そのずれは、日に日に大きくなっていった。

 そして、彼らのシルヴィ様の担ぎ方が、日ごとに過激になっていっていた。


「法衣貴族家の学生の名簿を作りました」


「では、わたしはそれぞれの家のお仕事の方を調べましょう」


「それでは、わたしは、それぞれの家の上司の家を調べましょう」


「この週末にいくつかのお茶会を開催いたしましょう」


「わたしは学生の方を担当いたします」


「わたしもお手伝いいたします」


「なら、わたしは母にお願いをし、それぞれの家の夫人とのお茶会を開催いたしましょう」


「あら、わたしも母にお願いしてみますわ」


「お茶会の話題は、生徒会長選挙のお話」


「そして、殿下の隣のお話、ですわね」


 教室の片隅でシルヴィ様を取り囲みながら、話し合いが進んでいく。

 しかし、この話し合いの中で、シルヴィ様は一言も発言されなかった。


 ……シルヴィ様は、それでよいのですか?


 学園の中だけではなく、学園の外の派閥の力も使おうとしている。

 そのこと自体、この学園においては悪いことではない。

 それが選挙の話だけであれば、である。

 しかし、その選挙の話と、殿下の隣を並べると、それは学園を飛び越えた政治の話になる。


---


 休日の従者寮でも選挙の話を耳にした。


「今年の生徒会長選挙は、モルネー様でほぼ決まりでしょうね」


「あなたもそう思います?」


「ええ。他のお二方も頑張ってはおりますが、さすがにあの法衣貴族の方々の勢いには負けておられますからね」


 すでにシルヴィ様が当選されたかのような話になっていた。


---


 翌週には、控室での会話はシルヴィ様ではなくモルネー伯爵家の話が中心になっていた。


「モルネー様が生徒会長になられるということは、あのお話も……」


「……大きな声では言えませんが、旦那様もお気になさっておりました」


「噂ですが、法衣貴族のお家の方では、そちらの方も動き出したというお話も」


 どの声も、相手の家の出方を見ている。

 この選挙に、そして法衣貴族たちの動向に注目が集まってきている証拠だ。

 これは学園を飛び越え始めているという予兆。


 ……頭が痛くなってきた。


---


 そんなものを抱えながら過ごすうちに、演説会まであと数日という頃になっていた。

 お嬢様と廊下を歩いていると、シルヴィ様の会話が聞こえてきた。


「モルネー様、演説では殿下のことにも触れられますの?」


「殿下のこととは?」


「殿下の隣のお話です。皆様が期待しておりますから」


 シルヴィ様は口を開きかけ、しかし一度それを止め、そして改めて答えを返された。


「わたくしが申し上げるのは、生徒会長として何を目指し、何を為すか。そのことだけですわ」


「ですが」


「それだけですわ」


 ……動じない方だ。


 しかし、後ろに控えている侍女は違った。

 荷物を持っているその手が、一度だけ強く握られた。


「……失礼いたします」


 期待した答えを、いまはもらえないと諦めた生徒たちは、シルヴィ様の前から下がっていった。

 シルヴィ様はその後ろ姿を静かに見送られていた。


 ……やめて下さいと言わないのか。


 いや、言えないのだろう。

 自分の意思とは違う方向に担がれていると分かったところで、担いでいる方々は、この方の言葉を聞かないだろう。

 たとえ言葉で"はい"と答えたとしても、その心の中にある求める姿を消すことはできない。

 消すことができなければ、それは裏に隠れてでも続けようとするだろう。

 そんなことを思いながらシルヴィ様を見ていると、お嬢様がこちらをご覧になっていた。


 ……顔に出ていましたか。


「レイヴ、今晩、報告に来なさい」


---


 その晩、お嬢様の部屋へ報告に伺った。


「シルヴィの立候補の理由は?」


「お父上と同じような立場を、擬似的にでも経験してみたい、と。それと、ご自身の実務の能力がどの段階にあるのかを知りたい、と」


「そう」


「そして、この選挙戦の中で、シルヴィ様ご本人が仰っておられるのは、生徒会長として何を目指し、何を為すか。そのことだけでございます」


「シルヴィらしいわね。それで、周りは?」


「周りの方々も、シルヴィ様が生徒会長になられることは応援されています。ただ、シルヴィ様が生徒会長になられれば、殿下の婚約者として家格も実績としても申し分ないとも」


 その報告にお嬢様の目がキツくなった。


「あなたは、どう思いまして?」


「自分の推察としましては、あの方々は、生徒会長になることと、殿下の婚約者になることを、同じことだと思っておられるようです」


「思っている?」


「信じておられる、という方が近いかと存じます」


 自分はそのまま続けた。


「あくまで自分が聞いた噂話ですが、法衣貴族の家の方でも、婚約者の件に動き出したとも」


 お嬢様は、少しのあいだ何も言われず思考に耽っているようだった。


「レイヴ」


「はい」


「ほかのお二方は」


 ……え。


「ほかの、と申しますと」


「立候補なさっている、ほかのお二方ですわ」


 ……そちらですか。


「ひとりは地方の男爵家のご令息で、寮の方々の支持が厚いと聞いております。昨年から支度をしておられたとか」


「もうひとりは」


「新興貴族のお家のご令息でございます。モンドール家に強い対抗意識をお持ちのお家で、この選挙で勢力図を変えるおつもりかと」


「そう」


 お嬢様はそこで笑われた。


 ……出た。


 この笑い方は知っている。

 何かを思いつかれた時の顔だ。


 ……胃薬の残りを、数えておこう。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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