第17話 いつものお茶会(2)
創立祭が終わり、学園には元の日常が戻っていた。
しかし、戻っていないものもある。
それは、モンドール家をヴァルモン家が潰したという噂話。
控室でも、教室でも、廊下でも、誰の口からもその噂話が上がっている。
それは沈静化するどころか、消える気配すらなかった。
そして、今日はいつものお茶会の日である。
前回から二か月。
今回はモルネー家、シルヴィ様が主催される番だった。
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モルネー家のタウンハウスは貴族街の奥にある。
それは歴史ある建物であった。
石の色が落ち着いており、門の飾りも簡素であったが、しかし、そこには品格が漂っていた。
中へ通されると、廊下には華美な絵画も、彫刻もなかった。
そのかわり、心を落ち着かせる絵画や、目を休ませる花々が飾られていた。
……日常を大切にされているんだな、これは。
公爵家のタウンハウスは歴史の重厚感で見せる。
モンドール家は真新しさを主張する。
こちらはどちらでもなかった。
日常に必要なもので彩る。
そこに華美な装飾はいらない。
質実、その言葉がもっとも当てはまるお屋敷であった。
案内された部屋には、すでにお嬢様以外の令嬢が通されていた。
三人の令嬢方の後ろにも、それぞれの侍女が控えている。
「ようこそお越しくださいました」
シルヴィ様が短く挨拶された。
「ごきげんよう、シルヴィ」
お嬢様が挨拶をされ、席に着かれた。
そして、しばらく誰も口を開かれなかった。
……空気が重いなぁ。
お茶が用意される音だけが部屋に響いていた。
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「創立祭の事後処理ですが……」
最初に口を開かれたのはシルヴィ様だった。
「例年と異なることが多く起き過ぎてしまい、その後始末……失礼しましたわ。事後処理がまだ終わらないと、父が申しておりましたわ」
その視線はお嬢様に向いていた。
「あら、大変ですこと」
「ええ、本当に」
……お嬢様のせいですね。
一度はモンドール家と決まっていたものが、お嬢様の横槍によりヴァルモン家へと移ってしまった。
それも、名簿が発表されてから、各家に依頼を行ってから、無理矢理に。
その後始末に追われているということだ。
シルヴィ様はそれ以上何も言われなかった。
その目には非難の色はなく、ただありのままの事実を告げた、そういう雰囲気だけを漂わせていた。
「わたくしのところも例年と異なりましたわ」
セシル様が柔らかな声でそう言われた。
「そう、例年と異なり今年は何もいたしませんでしたから」
例年、創立祭の出店の枠の中には教会の枠がある。
今年はそれがなかった。
教会が辞退したことになっている。
「ですから、後始末もございませんの」
……巻き込まれてしまったのですね。
それで終わりだった。
それ以上は、何も仰らなかった。
「うちは、業者の名簿から外れましてよ」
フルール様がのんびりとそう言われた。
しかし、その視線はお嬢様にだけ向いているものではなかった。
あくまでも話題の延長線上にある会話、そういう雰囲気であった。
「お父様が、それはもう、たいそうお怒りでしたわ。でも、仕方のないことですわね。出資の多い家から埋まるのですもの」
……ご自分の家のことを、よその家のお話のように言われる。
そしてフルール様も、お嬢様も、その後に何も言われなかった。
外したのはあなただとも、外したのは自分だとも、一言も言われなかった。
このお茶会に集まっている四人であれば、言いたいことも尋ねたいこともあるだろうに、誰ひとりそれを口にしなかった。
……なぜなんだ。
分からなかった。
その分からないところへ、お嬢様が上から蓋をされた。
「では、今年の創立祭は滞りなく終わった、ということでよろしいわね」
誰も異を唱えられなかった。
「ええ」
「滞りなく終わりましたわ」
「そうですわねぇ」
三人が順に頷かれた。
……いま、全部を終わりにしましたね。
創立祭での出来事、そのすべてが「滞りなく終わった」の一言によって畳まれてしまった。
そんなことを考えながらなんとなく部屋を見た。
フルール様の後ろに侍女が控えている。
カルレという。
創立祭の準備のころ、この侍女は数えていた。
フルール様の周りに集まってくる者と、集まってこない者を。
離れていく者の背中まで見ていた。
その目は酷く冷酷だった。
しかし、いまの目にはその冷酷さはなく、ただフルール様の姿を見守るような、そんな眼差しだった。
……創立祭が終わったからか、それとも。
それ以上は考えないことにした。
他家の内情を考えたところで、よいことなどひとつもない、そう思い自分は考えることをやめた。
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茶が注ぎ直された。
フルール様はそのお茶に一口だけ口をつけられ、そして、ため息と共に呟かれた。
「……わたし、頼んでいませんのに」
誰に向けた言葉でもなかった。
「頼んでいない?」
シルヴィ様が短く訊かれた。
「ええ。創立祭の件、すべてですわ」
フルール様はカップを持ったまま答えられた。
「すべて、お父様の勝手でしたわ。すべてを整えた後に、渡されただけ。なにも頼んでおりませんのに」
……ああ。
自分は、学園での一場面を思い出していた。
フルール様は「わたしにはよく分かりませんけれど、お父様に伝えておきますわ」と答えておられた。
別の日には「わたしが見ても何も分かりませんけれど」とも言われていた。
あのとき自分は、とぼけておられるのだと思った。
違ったらしい。
あの言葉は、そのままの意味だった。
「そう」
お嬢様はそれだけ言われた。
「フルール、お茶菓子をもう一つ、いかがかしら?」
セシル様がそう言われた。
「いただきますわ」
それで話が変わった。
……いま、逃がされましたね。
そのまま続けていれば、フルール様はモンドール伯爵様のことを話さなければならなくなる。
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「……そういえば」
フルール様が少しだけ話題を戻された。
「創立祭のこと、殿下は何もお尋ねにならないのね」
「そういえば、今年の創立祭では、殿下は何もご発言されておりませんでしたわね」
フルール様のお言葉にセシル様が思い出すように言葉を返された。
「ええ、何かの計画に携わることもなく、ただ、来賓としておいでになった国王陛下と王妃殿下のご案内役のみ、でした」
その言葉に補足するかのように、シルヴィ様が殿下の様子を話されていた。
その間、お嬢様はお茶を口にされながら、会話を傍観しておられた。
まるで"この会話にわたくしは参加しませんわ"、そう宣言をされているようでもあった。
そんなお嬢様の姿に、誰も尋ねようとはされなかった。
……しかし、殿下、本当にお嬢様にお任せになっているのですね。
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お茶会がお開きになったのは日が傾く前だった。
馬車が走り出してしばらくして、お嬢様が窓の外をご覧になりながら言われた。
「フルールはモンドール伯爵に頼んでいないと言っておりましたわね」
「はい」
「そう」
それだけだった。
お嬢様が何を思われたのかはお顔からは読めなかった。
自分は今日のことを思い返していた。
お嬢様はモンドール伯爵家が押さえたものを全部ひっくり返された。
名簿の書き換えも、出店の枠の買い取りも、補助の役割を戻すことも、すべてお嬢様がなさったことだ。
そうして、フルール様の周りから人が減った。
そして、フルール様はお嬢様を一度も責められなかった。
……友達なんだな、この方々は。
自分はそう思った。
なぜそう思ったのかを言葉にするのは難しい。
ただ、本当にそう思ってしまったのだ。
いや、自分がそうであって欲しいと願っているだけかもしれない。
それでも、この思いは疑いたくなかった。
分からないままで、それでも疑わなくていいと思えたのは、たぶん初めてだった。
「レイヴ」
「はい」
「次のお茶会はセシルの番ですわね」
「はい」
「久しぶりの大聖堂ですわ。楽しみですこと」
お嬢様は本当に楽しそうに言われた。
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