第16話 公爵家の力
「学園は貴族の子女を預かる場でしょう。手続きや書式や、予算の組み方を実務で教える。その役目を代々どの家が負ってきたか、あなたがご存じないとは思いませんけれど」
—— 家の役目
自分がお嬢様に報告に伺った晩から三日経った。
お嬢様は、いつもどおり学園へ通われ、いつもどおりサロンでお茶を召し上がり、いつもどおり授業を受けておられた。
創立祭の話が出ても、他の令嬢方と同じ顔で聞いておられた。
三日目、つまり学園の休日である本日は、お嬢様はいくつもの手紙を送られていた。
……料理して差し上げる、と仰っていたが。
そして、その休日が終わる頃、お嬢様に呼ばれた。
「レイヴ」
「はい」
「明日、学園長とお話ができるように整えてくださいまし」
「承知いたしました。学園長のお部屋へ伺う形で、お時間をいただいてまいります」
「ええ、それで」
……何をなさるおつもりなのか。
---
学園長の部屋は校舎の最上階にある。
先触れは朝のうちに済ませてある。
入室の許可を確認し、扉を開けた。
「これは、ヴァルモン家の御令嬢。どうぞ、こちらへおかけください」
お嬢様は勧められた椅子に腰をおろされた。
自分も中へと入り、お嬢様の後ろに立った。
「本日は創立祭のことで伺いましたの」
「創立祭、でございますか」
「業者の名簿を拝見いたしましたわ。出店の枠の方も」
学園長の目の色が変わった。
「名簿の枠には上限があって、出資の多い家から埋まる。出店の枠も買取も同じ。そういう決まりでしたわね」
「……はい。その通りでございます」
「では、ヴァルモン家が出しますわ」
「……は?」
学園長が、お嬢様の発言の意図を理解できないとばかりに、まばたきをした。
「業者と出店。今年の分をヴァルモン家の出資と購入で押さえますわ。額は、そうですわね、今年の総額の、さらに倍でよろしいかしら」
学園長の口が半分開いて、そのまま止まった。
「お待ちください。……それは、お受けできません。すでに名簿は発表してしまっております。それに、貴族家から直接の出資や購入は、学園として受けられないことになっております」
「あら、なぜですの?」
「創立祭は、学生が学園の予算の中で組むものでございます。特定の家から直に、ということになりますと……公平性が」
「公平性」
「はい」
「今年の名簿は、公平ですの?」
学園長が黙った。
「……それは、手続きとしては、いずれも正しく」
「ええ。正しいでしょうね。わたくし、そこを責めてはおりませんわ」
お嬢様は膝の上で指を組まれた。
「直接でなければ、よろしいのでしょう?」
「……はい」
「なので、直接、当家からの出資や購入はいたしませんわ」
そこでお嬢様がいくつもの商会の名を挙げられた。
「いずれも学園と長く取引のある商会ですわ。今年は出資を増やしたいと、どこも申しておりますの。学園にとって、ありがたいお話ではありませんこと?」
「……それは」
さらに商会の名を続けられた。
「それと、こちらの商会は、今年から創立祭に参加したいと申しておりますの。そのために出店を行いたいと。新しい商会と取引をしたいのであれば、より高い金額で購入してくれる商会の方が、学園にとってありがたいのではなくて?」
それらの商会はお嬢様が手紙を送られた先。
すべて公爵家の影響力が及ぶ商会だった。
「……御令嬢。恐れながら、これは」
「それでも、公爵家からの、言葉も、お金も、受け取れないとでもいうのかしら」
部屋が静かになった。
学園長の喉を鳴らす音だけが響いた。
学園長は、学園の決まりをもとに話をされていた。
そして、お嬢様も学園の決まりをもとに話をされていた。
しかし、それでも学園長が快い返事を返されないので、段階を変えられた。
そう、家格の話に変えられた。
学園の決まりに家格の話を加えられた。
「……いえ。……いえ、そのようなことは」
「では、そういうことでよろしいかしら」
「……はい」
学園長の返事にお嬢様は頷かれた。
そして、話を続けられた。
「嬉しいですわ。ああ、それともう一つ。学生の企画への助言は、どちらがなさっておりますの」
「……今年は、その、モンドール家に関わりのある方々が」
「まあ」
お嬢様は、心底意外そうな声を出された。
「学園は貴族の子女を預かる場でしょう。手続きや書式や、予算の組み方を実務で教える。その役目を代々どの家が負ってきたか、あなたがご存じないとは思いませんけれど」
「……慣例では、確かに」
「慣例」
「はい」
「あなた、伝統を大切になさらないの?」
学園長の肩が下がった。
「……いえ。そのようなことは」
「では、戻してくださいまし」
「しかし、すでに今年の分は、各家へお話が」
「まだ創立祭までには、時間はありましてよ?」
お嬢様はそれだけ仰った。
「寄付は別に用意いたしますわ」
「……承知いたしました」
「では、名簿は明日までに書き換えてくださいまし」
学園長が顔を引き攣らせた。
「……明日までに、書き換える、と」
「ええ。出店と、助言の方も、明日までにお願いいたしますわ」
お嬢様は少しだけ首を傾けられた。
「できないことが、おありですの?」
学園長はできないとは言わなかった。
話はそれで終わった。
お嬢様が立ち上がられ部屋を後にされた。
学園長は椅子から立ち上がることができず、お嬢様を見送ることができなかった。
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翌日、名簿は書き換わった。
そのことはすぐに広まった。
「この時期に名簿の内容が変わるとは……」
「では、あちらにお願いするしかありませんわね」
「しかし、今度はヴァルモン家、ですか」
「モンドール様にお頼みしていた分は、どうなりますの」
控室でも廊下でも同じ話ばかりだ。
そして、フルール様の周りから人が減った。
十人以上いたのが五人になった。
次の日は三人になった。
その次の日は、いつもの二人だけだった。
放課後の教室の片隅で、その二人と話しておられるフルール様を見かけた。
「モンドール様、あの……名簿の件、モンドール伯爵様は何か仰って」
「……さあ。わたしには、とくに伺っておりませんわ」
いつもと同じのんびりとした声だった。
悔しがる声ではなかった。
それだけならいつものことだ。
ただ、そのとき、目の輝きが揺れた。
ほんの一瞬、本当に少しだけ。
自分にはそれはまるで……"安堵"に見えた。
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助言の役目も法衣貴族の家に戻っていた。
控室でその話を聞いた。
「旦那様に、学園からお話が来たそうです」
その従者は安堵した声で話していた。
「……この時期に、やっと、ですか」
「旦那様はお受けになりました。お受けにならないわけにはまいりませんから」
しかし、続きの言葉には苦渋の色も入っていた。
「……そうですか」
「ですが」
その従者は少し声を落とした。
「モンドール家が枠を取ったと思ったら、それをヴァルモン家が潰した。そう仰る方も、おられます」
戻ってきたことを喜ぶ話が、いつのまにか、家と家の争いの話に変わっていた。
……戻してもらった話をしていたはずなのに。
感謝の言葉はひとつも出なかった。
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そして、創立祭は滞りなく終わった。
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その晩、お嬢様の部屋へ茶をお持ちした。
「創立祭は、滞りなく終わりましたわね」
「はい」
「それだけですわ」
それだけ仰って、お嬢様は本を開かれた。
評判の方は滞りなく落ちていた。
公爵令嬢が学園長の部屋へ自分から乗り込んだ。
公爵令嬢が創立祭の名簿を書き換えさせた。
公爵令嬢がもう決まっていたものを後から変えさせた。
どれも本当のことである。
そして、それらに対して、お嬢様は何も発言をされない。
……言わないんだよなぁ、この人は。
やりすぎではないか、と思う。
もう少しやり方があったのでは、とも思う。
だからこそ分からないのは、そこまでなさる理由だ。
何がお嬢様をそこまでさせているのか。
茶器を下げながら、もう一度お顔を見た。
お嬢様は本を読んでおられた。
もう創立祭での出来事は過去のことというようなお姿であった。
……そういえば。
もうすぐ次のお茶会の時期である。
あのお茶会でこの話が話題に上がらないわけがない。
……想像しただけで胃が痛くなる。
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