第15話 創立祭
「そして、そのどれもが正しい手続きを踏んでいること」
—— 正しい手続き
あのお茶会から少し時が経ち、創立祭の準備が始まった。
この学園が一年でいちばん賑やかになる行事である。
学生が企画・計画を行う。
それを、学生はもちろん、学園の教師や事務員、学園が用意した業者なども使い、実現させる。
祭りであるが、領地経営や文官業務のデモンストレーションの場でもある。
なので、王城や各領地貴族に勤める文官らも視察に来る。
そして、来賓には王家もその名を連ねる。
いまや学園の噂話は、すべて創立祭に関わる話題、一色となっていた。
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その言葉を聞いたのはとある教室の前を通り過ぎたときだった。
「今年は無理とのことでしたわ」
「お父様の取引先に頼むつもりでしたのよ。去年もそうしましたの」
「断られましたの?」
「いえ、断られたのではなくて。今年は学園の枠に入れなかったと、向こうから知らされましたの」
いつの間にか、お嬢様の昼食のご希望の変更を伝えるために、サロンへと向かっていたその足を止めていた。
創立祭は学園が用意した予算の中で組む。
与えられた額で何をどこまで実現できるか、そこを見られる。
だから予算を増やす交渉はできない。
できるのは何にどう使うかを選ぶことだけである。
そして、予算で動かせる相手は学園が用意した業者。
その業者の大半は、学園と長く取引のある商会、そして、創立祭に出資した商会などである。
だから各家は、御用商人は創立祭に出資をさせ、業者として名を連ねさせ、令息や令嬢の補助をさせる。
それが、今年は入っていなかった。
「うちもですのよ」
もうひとりが言った。
「去年お願いしていた商会の名が、今年は名簿にないと」
「では、どちらに頼まれますの」
「名簿にあるお店から選ぶしかありませんわ。……あの商会に助けていただけないとなると、どういたしましょう………」
自分はその場を離れた。
……名簿を、それも今年だけでなく去年のものも、確認する必要があるな。
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翌日、お嬢様からお時間をいただき、商業ギルドへ顔を出した。
「あれ、ヴァルモン家。この時間に訪れになるとは珍しいですね。何かございましたか」
「はい、学園の創立祭のことで、すこし」
「……その件ですか」
「その反応ですと、ギルドの方でも何かご存知で?」
「はい。……あまり大きな声では言えないことですので、よかったら奥でいかがでしょうか?」
「よろしくお願いします」
そうして窓口の男に、奥の商談室へ案内された。
「それで、学園の創立祭の件、ですよね」
「はい。業者の名簿の方を確認しましたら、去年と今年でがらりと業者が変わっていましたので」
自分の質問に男はひとつため息をついた。
「……モンドール家、ですよ」
「モンドール家?」
「はい、あの家に関係のある商会が、今年は多額の寄付や出資を学園にしていたようでしてね」
「それで業者の枠が入れ替わってしまった、と」
「そうらしいですよ。名簿の大半の業者は、モンドール家に関係のある商会か、その商会と取引のある店とのこと」
男はそういうと疲れたように肩を落とした。
「学園に抗議した商会もあったのですが、梨の礫で。それで当ギルドにどうにかしろと言われてきて。それで調べてみれば、そんなことになっていたと。……学園のことは私たちの管轄外というのに、ですよ」
「それは、災難ですね」
「……言いたくはないですけど、本当に余計なことをしてくれていますよ」
その言葉には、疲れた本音が溢れていた。
しかし、おかげで、いま、起きていることの内容は分かった。
出資を増やした商会が業者の名簿に入るのは、当たり前の話。
あくまで業者の名簿の枠には上限があって、出資の多い家から埋まる。
ただそれだけのこと。
ただそれだけのことではあるが、それが今回は締め出されたと感じる者が出るほど酷かった。
それから、男との会話の中で自分はいくつかのことを知った。
創立祭への出店の枠も変わっていたこと。
学生だけでは賄いきれない、例えば飲食と休憩の場を商会が用意するための枠であるが、その枠も、ほとんどがモンドール家の系列で埋まっていた。
そして、教会の出店。
例年、その出店の枠の中には教会の枠があるとのこと。
しかしその枠が、今年はなくなっていたらしい。
教会側から今年は辞退したということらしい。
ただ、その辞退もモンドール家が関わっているのではないのか、と男は愚痴っていた。
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気がつくと学園の中が変わっていた。
フルール様が二人の令嬢と話しておられた。
それだけなら、いつものことだ。
次の日は、三人になっていた。
その次の日は、そこに令息が二人加わっていた。
……増えているな。
「モンドール様、うちの企画の見積もりの件、業者の方へお取り計らいいただけませんか」
頼んでいるのは二年の令息だった。
いままでこの方がフルール様に話しかけているのを見た覚えはない。
「あら、わたしにはよく分かりませんけれど、お父様に伝えておきますわ」
のんびりとしたいつもの声だった。
伝えておくと言われたことに安堵し、令息は礼をして下がっていった。
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数日後、控室でひとつの話を聞いた。
「今年は創立祭の準備へのご依頼が、旦那様にお話が来ていないそうで」
「しかし、この時期にお話がきていないとは、遅くはありませんか」
「はい、旦那様もそれを心配されており、少しお困りのようでした」
「……私の方では、もう別の家にご依頼をされていると、そう小耳に挟みましたけれど」
「別の家、ですか?」
「その話、私の方でも聞いたことがあります。その家の従者がご依頼を受けたと、お話をされているのを耳にしたと」
学生の企画に助言や補助をするのは、法衣貴族の役目だ。
実務を通じて、手続きや書式、予算の組み方を教える。
そうやって将来の相互の繋がりを作る。
それが創立祭のもう一つの顔。
しかし、その役目に今年は別の家が入っている。
……別の家、ですか。
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その週の終わりに、フルール様の周りには十人以上が集まっていた。
「モンドール様、わたくしどもの企画も見ていただけませんかしら」
「あら、わたしが見ても何も分かりませんけれど」
「いえ、モンドール様に一度、目を通していただきたいと、助言をいただきまして」
「そうですの。では、あとで拝見させていただきますわ」
「ありがとうございます!」
フルール様にわざわざ目を通していただく。
つまりは企画の成果をフルール様の成果ともする、ということ。
この方も、いままでフルール様に話しかけているのを見た覚えはなかった。
……これは、助言者が関わっているんだろうな。
そんな自分の呆れとは別に、フルール様の周りの会話は続いていった。
「モンドール様のお家は、本当にご立派ですわね」
「今年の創立祭は、去年よりずっと華やかになりそうですもの」
「ええ。皆様に喜んでいただけるなら、それがいちばんですわぁ」
フルール様は嬉しそうに答えておられた。
褒められて嬉しい、という顔である。
その顔に、含みはなかった。
そのフルール様の後ろには侍女がひとり立っていた。
その侍女は、集まっている人の顔を順に見ている。
誰が来て誰が来ないか。
それを数えている目だった。
そしてその目は、輪の外側にも向いていた。
近づいてくる者ではなく、離れていく者を見ている冷酷な目だった。
周囲の評判を集めてフルール様の価値を上げる。
その中で誰が協力し、誰が協力を拒んだかも確認をする。
新興の家がここまで上がってくるには、そういう手段も必要だったのだろう。
しかし、あまりに露骨すぎないだろうか?
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その晩、自分はお嬢様の部屋へ伺いこれまでの報告を行った。
業者の名簿の大半が、モンドール家に関係のある商会か、その商会と取引のある店であること。
出店の枠も同じように変わっていること。
学生への助言も、法衣の家ではなく別の家が引き受けていると噂になっていること。
そして、そのどれもが正しい手続きを踏んでいること。
自分が報告している間、お嬢様は一度も口を挟まれなかった。
そして、報告を終えると、お嬢様はしばらく黙っておられた。
「出資の額は、分かりまして?」
「額そのものは伺えませんでした。ただ、名簿の埋まり方から申しますと」
「ええ」
「例年の倍、とみるのが妥当な額だと推察いたします」
「そう」
お嬢様は窓の方へ目を向けられた。
「その額は、あの家にとって多い額?」
「……いえ。あの家であれば、痛くはない額かと」
「そうでしょうね」
お嬢様の指がテーブルの上で一度だけ止まった。
「痛くない額で、行事がひとつ手に入るのですもの。上手い買い物ですわ」
買い物と言われた。
悪事とは言われなかった。
「お嬢様、いかがなさいますか」
お嬢様は少し黙っておられた。
それから、口の端を上げられた。
「……さて。どう料理して差し上げましょうか」
……あ、これ、長くなるやつだ。
第二部がはじまりました。
そして、お嬢様は止まりません。
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