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冒険者は御令嬢様に拾われる ― 悪役令嬢の執事はつらいよ  作者: 智信
プロローグ

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第02話 拾われる

 結論から言う。

 俺はやらかしてしまったらしい。


 目を開けると、天高くに見える太陽。

 背中の下には土の感触、つまりは仰向けで地べたに倒れているわけである。

 首を動かし、周りを確認する。

 外套も鞄も何も見当たらない。

 わずかな期待を込めて腰に手を当てるが、あるはずの水袋や短剣の感触はない。

 絶望しながらも最後の足掻きで胸を触るが、隠していたはずの財布すら感触がなかった。

 つまりはこの身体だけしかないということ。


 言い訳を先にさせてもらうと俺は警戒していた方だと思う。

 全員が初対面の四人での合同依頼。

 水も食料も自前で用意し、寝るときは周囲への警戒は怠らなかった。

 それでも自分以外の三人がここにいないことを考えると、あの三人は初対面ではなく、俺は嵌められたんだということだ。


 ……ちょっとだけ油断したことは認める。

 三人が回し飲みした後の水袋の水を飲んだあとに、急に意識が遠のいていったなぁ……

 あれに何かの薬が仕込まれていたんだろうなぁ……


 どこまでも続く青空の下でそんなことを考えながら、まだ俺は寝ていた。

 うん、立ち上がる気力が湧かない。


---


 車輪の音が、遠くから近づいてきた。

 そういえばここは街道だったなぁと、俺は寝っ転がりながら思った。

 立ち上がる気力は湧かないが、頭は冴えている。

 せっかくなので、音から推察してみよう。


 馬は六頭で、脚音が揃っている。

 荷馬車ではない。

 前を行く騎乗が二騎、後ろに二騎——護衛付きだな。

 しかも間隔が正しい。

 これほどの騎乗ができるということは、かなり高い身分と想像できる。


 そろそろだなぁ……

 街道脇の草むらで仰向けに寝っ転がっている男を怪しむかもしれないが、逆にこれだけ堂々としていれば気にせず通り過ぎるかな。


 そんなことを思っていると、俺の前で馬車が止まった。


「なんで?」


 止まるとは思っていなかった俺は、阿呆な声をあげていた。


 そして、なぜか馬車の扉が開いた。

 開いた扉の先からひとりの少女が降りてきた。

 護衛に守られながらも、俺の前まで歩いてきた。


「生きていて?」


 少女の最初の一言がそれか。

 さすがに立ち上がらないのは無礼かもと思ったが、まだそんな気力は湧かないので、声だけで返事をする。


「かろうじて」


 その声に満足できなかったのか、少女は俺の顔を覗き込んできた。


「かろうじて、というのは、どのくらいですの」


 目に入ってきた少女は……美しかった。

 年は十四、五。

 髪を高く結い、旅装なのに埃ひとつ見当たらない。


「気力が回復すれば立ち上がれますが、その先は分からないですね。すべて盗られちゃいましたし」


「あら、そう」


 少女が軽い感じで言った。

 いや、こっちとしては、この先、どう生きていくかは目下の最大の関心事なんだがね。

 そんな少女は、俺の足元を見て、それから手を見て、最後にまた目を見てきた。


「名前は?」


「レイヴと申します」


「家名は?」


「ございません」


「そう」


 それで終わってしまったので、こちらが少し困った。

 この手の問答には、たいてい二の矢、三の矢が来るのが常道なんだが、そこで終わるとは……

 どこの生まれか、なぜここにいるのか——答えを用意していたのに、使う機会がなかった。


 しかし、少女は満足したようだった。

 少女は供の男を振り返った。


「乗せますわ」


「お嬢様。せめて素性を——」


「乗せますわ」


「承知しました」


 少女の答えに供の男は呆れたように返事をし、首を垂れた。

 その返事を受けると、少女は馬車へと戻っていった。

 この展開に俺は呆れていたが、供の男の声で現実に引き戻された。


「お嬢様がお待ちです」


 どうも断ることができそうにない雰囲気である。

 俺は諦め、しかし、ある意味幸運なのかも、と感じていた。

 ただ、供の男は起きるのに手を貸してくれそうもないので、仕方なく気力を振り絞って自力で立ち上がった。


「こちらです」


 馬車の前まで案内されると、そこで指定されたのは馬車の床に敷かれた布だった。


「え、ここ?」


「はい」


 確かに俺は汚れているけど、これは……と供の男に非難の目を向けようとしたが、冷たい目で返されそうだったので、観念してその上に正座した。


「よくてよ」


 その姿に少女は満足したようだった。


---


 馬車は近くの街に向かっていった……らしい。

 っというのも正座したままだと窓の外が分からないからだ。

 で、馬車が止まって降ろされたのが、近くの街の中心にある料理店の前だったから、そう気がついただけだ。


 少女は馬車から降りると、店員に案内され、奥へと入っていた。


 ……あんな身分の高そうな少女の使う料理店に、こんな格好の俺が裏口ではなく正面から入ってよいものか。


 そう思ったが、供の男の視線が、早く着いていけと訴えていたので、余計なことは考えずに着いていくことにした。


 通された部屋は完全な個室で、しかもテーブルは一つしかなかった。

 そんな部屋にはもちろん給仕の男がいた。

 っが、男は俺の格好を見て、目だけで二度見してきた。

 いや分かる、分かるよ。

 俺だってこんな男を店に、この部屋に入れたくはない。


「お嬢様、こちらの方は……」


「連れですわ」


「……かしこまりました」


 男は何か言いかけて、結局それだけ言って下がっていった。

 言わせなかったのは少女の圧、そしてその少女が背負っている家。

 ……俺は本当に着いてきて正解だったのだろうか?


 運ばれてきたのは澄んだスープと、美しく焼かれた白い魚と、柔らかいパンだった。

 ……贅沢品だということが見るだけで分かる。

 そして、俺の前にも運ばれてくる。


 くぅぅぅぅ……


 自然と腹が鳴った。

 思っていた以上に、俺はお腹が空いているらしい。


 人生にはたまにこういう日がある。

 罠にかけられ、身ぐるみを剥がされ、街道に捨てられ、しかし、馬車に拾われ高級な料理に出会える。

 差し引きすれば大損なのだが、直近だけを切り取れば、これは相当に運がいい。

 うん、運がいい方を数えよう。

 その方が長生きできるはずだ。

 もっとも、うまい話には理由があるということも同じくらい学んでいる。


「どうぞ」


 まあ、いただけるものはいただこう……少女のその言葉に学んだことを忘れてしまっていた。

 俺はパンを取ってちぎった。

 半分に割って、割った方をさらに一口ぶんに分けて口へ運んだ。

 次にナイフとフォークを手に取って魚の骨を外して皿の縁へ寄せ、身を手前からナイフで一口大にしてから口へ運んだ。

 皿へのナイフとフォークを静かに置き、そしてグラスから水を飲んだあと、ナプキンで口元を整えた。


 ……あ。


 全部、考えずにやってしまった。

 普通、腹を空かせた男はこういう食い方をしない。


 顔を上げると、少女は自分の皿には手をつけずにこちらを見ていた。

 俺を見ている。

 目が合ったが彼女は逸らさない。

 逸らさないまま、彼女は会話をすすめてきた。


「魚はお好き?」


「好みを申し上げられる立場ではありませんので」


「立場の話は伺っておりませんわ。好きかどうか、と申し上げましたの」


「では、好きです。骨が多いのは苦手ですが」


「苦手なわりに、ずいぶん上手に外しますのね」


「腹を空かせた男は、たいてい器用になりますので」


「腹を空かせた男は、たいてい粗暴になりますわよ」


 ……自分でも苦しい言い訳だって分かっていたけれどもね。


 うん、これは分が悪い。


「あの街道、この時季は風が強くありませんこと?」


 急に話題を変えてきたなぁ……


「西からの風でしたら、午後には落ちつきます。特に今日は落ちつくのが早いかと」


「あら。なぜ分かりますの」


「雲の流れが穏やかでしたので」


「よく見ておいでですのね」


「あそこでは空を見る以外にしておりませんでしたので」


「あら、それでも見ているだけではそこまでは気が付かないものでしてよ」


 ……まずいなぁ。


 ひとつめはマナー、ふたつめは観察眼……みっつめは、会話が成立してしまっていること。

 会話の水準は知識量や身分に関係してしまう。

 誰も教えてくれないが、教わった人間だけができるやつだ。

 俺はそれを、こんな格好で、腹を鳴らしながらやっていた。


---


 そんな気まずい中でも自分の空腹には耐えられず、気がつけば目の前の皿を綺麗に平らげていた。

 そんな空き皿を給仕が下げると、少女は満足げな笑みを浮かべていた。


「うふふ」


 それは何かを決めた顔。

 そんな顔というものが世の中にはあって、それは大抵、こちらに拒否権のない話の前に出る……俺は嫌だが何度も味わっているので知っている……


「決めましたわ。あなた、うちの執事におなりなさい」


「……は?」


 本日二度目の阿呆な声だった。

 驚きのあまり、聞き間違いの可能性を考えたが、あの顔を見るにそれはない……嫌なことに。

 次に質の悪い冗談の可能性が頭に浮かんだが、あの顔を見るに……絶対に違う。

 最後に、本気の言葉という可能性、あの顔を見るに……不本意だが、これしかない。


「畏れながら、お嬢様」


「なにかしら」


「私は素性の知れぬ流れ者です。昨日まで剣を持って歩いておりましたし、名も一つしかございません。そういった者を屋敷に入れれば、ご家名に傷がつきます」


「ええ」


「……ええ、とは」


「ええ、と申し上げましたの」


 少女は椅子の背に体を預けた。

 十四かそこらの娘がやれば子供っぽく見える動作だが、この娘がやるとなぜかそうは見えない。


「理由をお伺いしても」


「いけませんの?」


「いえ」


 理由は言わない、ということらしい。


「お断りしたら、いかがなさいます」


「困りますわね」


「困る、というのは」


「わたくしが。せっかく面白いものを拾ったと思いましたのに、それがまた無一文へ戻って野垂れ死んでしまうのでしょう? そんなもったいない話、わたくし、聞いたことがございませんわ」


 ……理由、あったじゃん。


 そんな呆れが俺の顔に出ていたのか、少女は少しだけ笑った。


 さて、どうしたものか。

 断ったところで装備も金も何もない。

 ないない尽くしで、なにもできない。

 受ければ飯と屋根がつく。

 だが、代わりに明らかに面倒そうな、身分の高そうな家へ、自分から入っていくことになる。

 そんな危険に自ら飛び込むのは二度とごめんだ。

 そう、断るのが正解だ。

 この世界で長く生きるためには断ることが正解だ。


 ……うん、それでも飯と屋根には勝てない。


 椅子を引いて立ち頭を下げた。

 頭を下げながら、自分でも苦虫を噛み潰したような笑顔でいるんだろうってことが分かる。


「……謹んで、お受けいたします」


「よろしい」


 少女は満足そうに頷き、それから思い出したように付け加えた。


「わたくし、エレオノール・ヴァルモンと申しますの。以後、お見知りおきを」


 ヴァルモン公爵家。

 その名を聞いて、俺は自分の判断がやはり間違えていたってことをあらためて知った。

 この国に来て日は浅い俺でも、この国の上位の貴族の名くらいは知っている。

 関わるな、関わったが最後こちらの都合は誰も聞いてもらえない——そういう貴族の家の名前だとも……

初日は5話連続掲載中で、3話目は16時に公開予定となっています。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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