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冒険者は御令嬢様に拾われる ― 悪役令嬢の執事はつらいよ  作者: 智信
第一部

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第12話 殿下とのお茶会

「わたくしの部屋では、わたくしの私室に招いたことになりますでしょう。殿下のお部屋では、その逆ですわ」

—— 貸し出しのサロン


「いいこと? 王城へ伺えば、それは公式になりますの。けれど今回のご確認は、公式にはできませんわ」

—— 王城の席

 翌日、学園のサロンで、お嬢様は殿下のご都合を伺う手紙をお書きになった。

 宛先はルイ殿下。

 書き上がった手紙を受け取ると、自分は殿下のサロンへ向かい、そこで従者の方へ渡した。

 殿下からの返事の手紙は、すぐに届いた。


「二日後の放課後ですわ。まあ、ずいぶんとお早いこと」


 お嬢様は、その手紙を読み終わると、貸し出しのサロンの予約を指示された。


「サロンの予約、ですか?」


「わたくしの部屋では、わたくしの私室に招いたことになりますでしょう。殿下のお部屋では、その逆ですわ」


 なるほど、と思った。


「承知いたしました。しかし、いつものとおり、王城でのお茶会でもよろしかったのでは?」


「……あなた、普段は鋭いのに、ときどきお馬鹿になることがありますわね」


「……申し訳ありません」


 お嬢様は深くため息を吐かれると、説明をしてくださった。


「いいこと? 王城へ伺えば、それは公式になりますの。けれど今回のご確認は、公式にはできませんわ」


 お嬢様の説明に納得しかなかった。

 だから殿下との手紙も学園の中でやりとりされていたのだ。


「そういうことですから、さっさと予約をしてきなさい」


 お嬢様の言葉に、慌てて部屋を出ると、サロンの予約を行った。

 もちろん一部屋だけではなく、周囲の部屋も貸し切り、ふたりの会話が漏れないようにする。

 たとえ防音が整っているとはいっても、周囲を貸し切りにしないわけにはいかない。


 ……でも、誰が使ったか丸分かりなんだよなぁ。


 そうして、お嬢様はあらためて、殿下へお茶会の招待状をお書きになった。


---


 お茶会の日、殿下は従者と共にサロンへやってきたが、なぜか従者をサロンの外へと下げた。

 そしてサロンには、三人が残った。

 お嬢様と、殿下と、そして自分。


 ……やっぱり自分だけが残されている。


 内心では乾いた笑いを浮かべていたが、それを表に出すことはなく、静かにふたりのお茶を用意し、そのあとはサロンの隅に立っていることにした。

 今日の自分は壁ですと、言い聞かせながら。


 殿下はお茶を一口、口にされた。


「それで、何の用だろうか」


 カップを置きながら、殿下はお嬢様へ尋ねられた。


「殿下のことで、学園に噂が立っておりますわ」


 お嬢様は前置きをされなかった。


「ハンカチを落とした御令嬢に、殿下がお名前でお声をかけられたと」


 御令嬢とお嬢様は言われた。

 名前は出されなかった。

 この部屋には三人しかいないが、それでも出されなかった。


「ついでに、殿下がご自分でハンカチを拾われたことにもなっておりますわ」


「……それは私ではない」


「存じております。ですが、噂は勝手に変わっていきますのよ」


 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ殿下の目の色が、変わった。


「……どこまで回っている」


「いまのところは学園の中だけですわ。うちの従者がいろいろなところに顔を出したのに、噂を耳にしたのが従者の寮でだけとのことでしたので」


 殿下の視線がこちらに向いた。

 自分は壁です、殿下。

 なので壁に視線は不要です。

 そう伝えたかったが、言葉には出さなかった。

 ただ、静かに、殿下の視線を受け止め続けた。


「そうか」


「殿下はどうされたいのですか?」


「噂を止められるのであれば止めたいのだが、この程度の噂に自分が動くわけにもいかないからな」


「あら、ならわたくしが止めてみせましょうか?」


「止められるのか」


「正しくは、止めるのではなく、別の話にするということになりますが」


 殿下は何も訊き返されなかった。

 そのかわりにカップを手に取り、もう一口だけお茶を口にされた。

 ゆっくりとカップを戻されると、ため息をつかれるように、その言葉を呟かれた。


「あれは失敗してしまった」


 あっさりと認められた。

 言い逃れも、言い訳も、前置きすらない。


「名を呼んだだけなら、まわりのものの聞き違いにもできただろう」


 そして、こう続けられた。


「それを、私が言い直してしまったことで、潰してしまった」


 ……ご自分で分かっておられるんですね。


「彼女と同じ学園に通えていることに、知らず知らずに浮かれていたのかもな」


 お嬢様が読まれたとおりだった。

 この方は失敗を分かっておられるはずだと、お嬢様は言われた。

 そして本人が、同じことを自分の言葉で言っている。


 ……さすがお嬢様。


 そう思って、尊敬の視線をお嬢様へ向けようとした。

 したのだが。


 ……だからって、そんないい笑顔をしないでください、お嬢様。


 尊敬の視線を送ることができなかった。


---


「さて、殿下の反省はここまでとして。殿下、いまの盤面はどうなっておりますの」


 ……お嬢様、話の切り替えかたが鞭になっていますよ。


「はは、手厳しいな」


 ……殿下も苦笑いになってしまわれたじゃないですか。


「では、盤面の話だな。すでに君も知っているだろうが、モンドール、モルネー、ルーメン。この三家が動いている」


「三人とも、わたくしが潰しましてよ」


「知っている」


 殿下は頷かれた。


「モンドール嬢は君が追い返した。それ以外は、話が私のところへ届く前に終わっていた」


「当然ですわ」


 殿下がまた笑われた。

 今度は苦笑いではなく、口の端が上がっていた。


「君はこれを楽しんでいるんだろう」


 その一言で、自分の胃に痛みが走った。


 ……悪評を背負うことを楽しんでいるというのであれば、それは違います。


「ええ、それなりに」


 お嬢様のその答えに、胃の痛みがさらに増した。


「それはよかった」


 殿下の答えに、とうとう胃の痛みが限界に達した。


 ……なぜ止めていただけないですか。


「殿下」


 そう思ったのだが、口が勝手に動いてしまった。


「恐れながら、お嬢様が増長なさいますので、あまり煽らないでいただけますと」


 言ってしまってから、自分は自分の口を疑った。

 主が増長されると、後始末をするのは自分である。

 であれば、それを申し上げるのは執事の職分になる。

 しかし、直答である。

 公爵令嬢の従者が、王族に向かって意見を申し上げている。


 だが、殿下は怒られなかった。


「ああ、それは悪かった」


 むしろ面白がっておられる声だった。

 しかし、お嬢様はそれが面白くなかったらしい。


「あら、まだまだですから」


 こちらを見て、意地の悪い笑顔を浮かべ、そう言われた。


「これで増長と言われては、この先が困りますわ。まだまだ、序の口というところですのに」


「……それです、お嬢様。その序の口というのが……」


「おだまり」


 一蹴された。

 きっと自分はいま、口を半開きにした馬鹿面になっているだろう。

 きっとそうだ。

 だから……


 殿下が声を出して笑われた。

 殿下がこういう笑い方をされるのを、自分は初めて見た。


「いいな、そういうのは」


 ……この二人、似ておられる。


---


「それで、どうする」


 笑いが落ち着かれた殿下が、そうお嬢様に問われた。


「盤面よりも、まずは噂への対処ですわ。そちらの方はわたくしのみで、対処しますわ。なので、殿下は何もなさらないでくださいまし」


「そうしてくれると助かる」


 助かると殿下は言われた。

 全部を委ねる言い方だった。

 どうするのかも、何をするのかも、お聞きにならないまま。


「じゃあ私は、盤面も含めて、見ているだけで十分だな」


 ……見ているだけ。


 その言葉が妙に耳に残った。

 この方はお嬢様が上手くやると信じておられる。

 信じておられるから中身を訊かれない。


 中身を訊かれないということは、お嬢様が何を背負おうとされているかもご存じないということだ。


 嫌われるのはお嬢様である。

 悪評を言われるのもお嬢様である。


 結果の情報として、殿下はそのことを知るだろう。

 しかし、いま、そのことを知ろうとはしていない。

 ただただ、お嬢様を信じておられるから。


 ……いや、考えるのはよそう。


 意識をおふたりの方に戻した。


「結果が出たら、またお茶会をしよう」


 殿下が立ち上がられた。


「そのときに、君が何をしたのかを聞かせてくれ」


 そのときに聞かせてくれと殿下は言われた。

 それはつまり結果が出るまでは何も訊かれないということでもある。


「楽しみにしていてくださいな」


 お嬢様はそう答えられた。

 笑っておられた。

 その笑い方は、悪役令嬢を演じると宣言されたあの夜と、同じものだった。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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