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冒険者は御令嬢様に拾われる ― 悪役令嬢の執事はつらいよ  作者: 智信
第一部

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第11話 秘密のお茶会

「人払いをした、秘密のお茶会である」

—— 人払いをした席

 屋敷に戻る頃には日はすっかり暮れていた。

 しかし、従者寮で聞いたあの噂話はすぐにお伝えするべき、そう思い、お嬢様の部屋へと向かった。

 お部屋の扉を叩くと、中からエステルが顔を出してきた。


「あなたですか。こんな時間にお嬢様に何かご用ですか?」


「申し訳ありません。しかし、急ぎの報告がございまして」


 急ぎの報告という言葉に、エステルの目がわずかに動いた。


「承知しました。お嬢様にご確認しますので、少々お待ちください」


 扉が閉まり、廊下に自分だけが残された。

 呼ばれてもいないのに、夜に主の部屋を訪れることは、それだけで非常識なことである。

 なので、待っている時間が永遠にも感じられてしまう。


 ……胃に来るなぁ。


 ほどなくして、扉が開いた。


「お話をお聞きになるとのことです。どうぞ」


 エステルは扉を開けたまま、脇へ退いた。

 部屋に入ると、お嬢様は灯りの側の椅子におかけになって、膝の上で本を開いておられた。


「急ぎと聞きましたわ」


「申し訳ございません。お耳に入れるべきことがございまして」


「聞きましょう」


 本が閉じられた。

 それだけで部屋の空気が私的なものから仕事のものへと変わった。


「学園の従者寮でひとつの噂話が話されておりました」


 その噂話とは……


 子爵家の御令嬢がハンカチを落とされたこと。

 それを殿下が拾われたこと。

 御令嬢をお呼び止めになったときに、アリシア嬢と呼んだこと。

 すぐにご家名に言い直されたこと。


 そこまで申し上げて、口を閉じた。

 自分は推測なく手に入れた情報のみを申し上げた。


 お嬢様はしばらく黙っておられた。

 それから、指を一本立てられた。


「ひとつ。拾ったのは殿下ご自身ではないでしょう」


「と、申しますと」


「殿下の周りには従者がいるのよ。御令嬢が落としたものを、殿下が自ら地面に手を伸ばして拾われると思って?」


 言われてみれば、そのとおりである。


「つまりは、すでに噂話に尾鰭がつきはじめていると……」


 お嬢様は、良く出来ましたといわんばかりに、笑顔を浮かべられた。

 そして、指をもう一本立てられた。


「ふたつ。言い直されたのなら、殿下はご自分の失敗が分かっておられるということね」


「……ご自分で、でございますか」


「ええ。言い直さなければ、相手の空耳とすることもできたでしょうに。想定外の失敗に慌ててしまわれたのでしょうね」


 そういい終わると、お嬢様は小さく笑っておられた。

 あの殿下の失敗がひどく嬉しいようだ。

 ひとしきり笑われると、改めて自分に問われた。


「さて、ひとつ確認しておかなければならないことがあります。この噂話を聞いたのは、学園の従者寮だけでして?」


「はい。本日は商業ギルド、冒険者ギルドにも顔を出して参りましたが、そこでは一度も聞いておりません」


「そう、つまりは街までは噂がまわっていないとみてよろしいと?」


「断定はできません。ですが、従者寮の中でも全員が知っている噂、という様子ではなさそうでしたので、その可能性が高いかと」


「よろしい。それがいまいちばん大事なところよ。学園の中だけであれば、いろいろとできますわね」


 そう言って、お嬢様は立ち上がられた。


「ちょうど明日、例のお茶会があったわね」


 ……ございますね。


---


 翌日、学園が終わると、すでに屋敷ではお茶会の準備が整っていた。

 とはいっても、これは正式な茶会ではない。

 人払いをした、秘密のお茶会である。

 招待状は出さない。

 返事もいただかない。

 すべてのやりとりは口頭で。

 書面には一切残さない。

 そして、庭も客間も使わない。

 使うのはこの席のためだけ整えられた、離れの一室。

 そこは裏門の近く。

 外向けではない部屋。

 そのため、この席のためにと、華美な装飾などは行わない。

 掃除し、綺麗に整え、お嬢様の品位を落とさない程度の、最低限の装飾を揃える。

 それは、この屋敷の使用人であれば、日常業務の延長として対応できるもの。

 すべてはこの茶会を目立たせないために。


 ……これ、誰かに見られたらどうするんだろうな。


 そんなことを考えながらも、馬車を使われず徒歩で来られたこの茶会の客人である令嬢を、部屋へとご案内した。


「ごきげんよう、エレオノール様」


「ごきげんよう。よく来てくださいましたわね」


 アリシア・フォンテーヌ様。

 子爵家の御令嬢で、今年から学園に入られた一年生。

 そして、あの噂話の御令嬢。


「マノン」


「はい。扉の外におります」


 アリシア様の後ろに控えていた侍女が扉の外へと下がっていった。


「エステル」


「かしこまりました」


 お嬢様の声でエステルも扉の外へと下がっていった。

 そして部屋には、三人が残った。

 お嬢様と、アリシア様と、そして自分。


 ……なぜ自分も残っているんだ。


 毎回、同じことを思っている。

 だが、一度も訊いていない。

 おふたりにお茶を注ぎ、そのあとは壁際に立っている。

 自分は空気と言い聞かせながら。


---


「学園はいかが?」


「とても楽しく過ごしております。皆様よくしてくださって」


 たわいもない会話……ここまでは、いつもどおりだ。


「そう。ではひとつ、伺ってもよろしくて?」


「はい、なんなりと」


「殿下があなたをお名前でお呼びになったそうね」


 一気に自分の胃が悲鳴を上げてきた。


 ……お嬢様、早速ですか。


 そう思ったのは自分だけだったようで、アリシア様の顔色は変わらなかった。


「まあ、もうそちらまで届いておりますの」


「昨夜、うちの者が耳にしてまいりましたのよ」


 アリシア様は困ったように眉を寄せられた。


「おかげでわたしが特別な令嬢に見えてしまって、困っております」


 そして、まったく困っていない声で続けられた。


「殿下には困ったものですわ」


 ……いまの、聞き間違いですかね。


 殿下に困っていると……そうですか、そうですか。

 胃が痛いです。


「そうね。困ったことですわね」


「ええ、本当に」


 なぜか"殿下に困っています"と聞こえてきています。

 いますぐ胃薬が飲みたい。


「それで、あなたはどうなさりたいの」


「わたしは何も。ただ、静かにしておりますわ。ただの子爵令嬢ですから」


 その言葉に、お嬢様の口角が上がった。


「あなた、わたくしに何かさせたいのね」


 ……えっ。


「さあ、なんのことですの」


 アリシア様は、可憐に、にこやかに、首をかしげられた。


「では、そういうことですわね」


「ええ、そういうことですわ」


 そこで、二人は同時に微笑まれた。


 ……こわい。


 背筋を冷や汗が流れる。


「そういえば、姉君はお元気で?」


「ええ、おかげさまで。先日も留学先から手紙が届きました」


「そう。ではあちらのご準備も順調に進んでおりますの?」


「特に問題もなく、とのことです。幸せそうな文面でした」


 アリシア様の姉君のご婚約話。

 隣国のとある方とのご婚約であるが、順調とのことだそうだ。

 まぁ、この話を深く考えたところで、自分になにができるわけでもない。

 そう思って、それ以上は考えないことにした。


「お茶、いただいてもよろしくて?」


「どうぞ。レイヴ」


「はい」


 自分は空気であることをやめて、ふたりにお茶を注いだ。


---


 日が落ちたころ、お茶会は終わった。

 扉を開け、マノンに声をかけた。


「お茶会が終わりました」


 マノンは自分の方を見てにこりと笑った。


「執事様、本日もお疲れさまでございました」


「……いえ」


 自分の応えに、マノンは楽しそうに笑みを浮かべる。

 この侍女は、何もかも承知している顔をしている。

 承知したうえで、面白がっている顔でもある。


 ……エステルと逆だな。


 そうして、アリシア様はマノンと共に裏門から帰っていかれた。

 お茶会の片付けを、と思い部屋に戻ると、そこにはまだお嬢様がおられた。


「殿下に確認しなければならないわね」


「……確認、でございますか」


「ええ。ご本人に伺うのがいちばん早いもの」


 お嬢様は、それ以上何も言われなかった。

 何をなさるのかも、どうなさるのかも。


 ……自分、たぶんまたその場に控えさせられるよなぁ。


 嫌な確信だけが、妙にはっきりとあった。


 ……逃げたい。

今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、

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