第10話 レイヴの休日
「しかし、ここは情報の集積地」
—— 情報の集積地
「何もない日に顔を出しておくのが大事だと、これもモーリスさんに言われている」
—— モーリスの教え
今日は学園が休みである。
そして、お嬢様に外出の予定もない日でもある。
つまりは自分が休むことのできる、数少ない日のはずだ。
しかし、そんな休みの日がいちばん忙しい。
なぜならば、自分の溜まっている仕事を片付けることになるからである。
……休みって、誰のための休みなんだろうなぁ。
とはいえ溜まっている仕事を片付けないと、さらに溜まっていくだけだ。
嫌な現実と向き合うために、自分の頬を強く叩いた。
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「ひとまずこれで書類仕事は終わりだな」
綺麗になった自分の机を見て、その成果にひとつの達成感を感じていた。
っが、これで終わりではない。
書類以外の仕事がある。
そう、それは挨拶回り。
回る先は、屋敷の中と、街と、城壁の外と、学園と。
考えるだけで目が回る。
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昼食の片付けが終わった厨房に裏口から入っていった。
「どうも、こんにちは」
「おう」
料理長は手を止めずに挨拶に応えてくれた。
「最近の食材の質とか、どうですか?」
「特に変わりはない。っが、ただ……」
「ただ?」
「砂糖の値が上がり始めている」
「……分かりました。他に気になることはありますか?」
「いや、他はないな」
「ありがとうございます。情報、助かります」
自分は頭を下げた。
下げるしかない。
この人に命令できる立場ではないからだ。
その後も厩でも同じことをして、庭師の旦那には花の話をし、被服の女中には春物の話をした。
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屋敷の中での挨拶回りを終えると、屋敷を出て商業区へ足を向けた。
まずは御用商人のお店。
店の前に到着すると、こちらの姿に気がついた丁稚が奥へ案内してくれた。
応接室に通されると、時間をおかずに商会長が挨拶に現れた。
「砂糖の値が上がっているということだけど……」
「すみません。南の街道が荒天の影響で二週間ほど使うことができず。ただ、先日、復旧したとの連絡を受けましたので、もう少しで値は戻るかと」
「そうだったのか。しかし、それであれば他のものも値が上がるのでは?」
「他の品は十分な在庫がありましたので、大丈夫でしたが、砂糖はちょうど新物の時期で、在庫がカツカツでして。申し訳ありません」
「いや、逆に他の品の値を上げないでいてくれたことは、助かっているよ。これからも、引き続き、長く関係を続けていきたい、そう思えるほどだよ」
「そういっていただくと、こちらも助かります」
「それと、いつものものを頼みます」
「えぇ、用意させますよ」
商会長はそういうと、大きく二回、手を叩いた。
すると丁稚が現れ、紙袋を三つ受け取った。
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商業ギルドの窓口にも顔を出した。
「ヴァルモン家の。今日はお休みで?」
窓口の男が笑いながら声をかけてきた。
「休みなので来ました」
そう言いながら、窓口の男に先ほどの紙袋を渡した。
中身は焼き菓子。
「いつも悪いですね」
賄賂ではないが、これを渡すだけで話がスムーズに進むので、まぁ、そういうことだ。
……これ、モーリスさんの教えなんだよなぁ。
「いいえ。ところで南の街道が二週間ほど使えなかったんですって」
「ええ。ですが、使えないといっても大型の馬車が通れないだけで、徒歩や馬なら移動はできていたので、影響は限定的でしたけれど」
「そうだったんですね。でも、限定的とはいえ影響はあったんですよね」
「はい。大きなところでは、大型商会の南からの物流ですね。商会によって扱っている品が違うので、何という限定は難しいのですが、南に頼っていた商品は一時的に値が上がっていました」
「たとえば?」
「たとえば、ですか。そうですね、砂糖とか、あとは貝類とかですかね。とはいえ、すでに街道は復旧しておりますので、値は戻りはじめていますね」
「そうですか。情報ありがとうございます」
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商業区を離れると、次は冒険者ギルドへと向かった。
……ここは、あまり長居したくない。
昔、会ったことがある冒険者がいるかもしれない。
この格好でそんな冒険者に会ってしまうと、面倒にしかならない。
なので、ここを使うときは名前を出さないようにしている。
ここの受付にも紙袋を渡す。
もちろん中身は同じ、焼き菓子。
「南の街道で二週間ほど大型馬車が使えなかったんだって」
「ええ、そうなんですよ。おかげで護衛依頼が激減しちゃって」
「それは大変だな」
「はい。っで、護衛依頼中心の冒険者が、これ幸いと、一日中、ギルドの酒場で飲んだくれたりして……」
「……結果が分かるな」
「ええ。酒が入っていないといい人たちなんですが、あれだけ酔っ払ってしまうと喧嘩が絶えなくて。ギルドマスターの機嫌がずっと悪かったんです」
「それは災難だったな」
「……護衛依頼が復活してくれて、本当に安心しました」
受付の顔には苦労が滲み溢れていた。
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冒険者ギルドを出ると、王都の外れにある宿に向かった。
宿に着くと、女将さんからお茶を一杯もらった。
「南の街道が使えなかったみたいだけど、客足はどうだった」
「うちの客は西側だからね。そんなに影響はなかったさ」
「そうかい」
そんな雑談をしながら食堂を見渡すと、まばらな客の中に情報屋はいなかった。
今日は会えない日なのか。
「おっと、忘れるとこだった。女将さん、これ」
そう言って、焼き菓子が入っている紙袋を渡した。
「いつもありがとうね」
「いいってことよ。女将さんも、お茶、ありがとうね」
「粗茶だけどね。そうそう、次は五日後からだそうだよ」
「ありがとよ」
情報屋は五日後からですか。
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王都の外れからさらに歩き、城壁の外にある公爵家保有の練兵場へ足を伸ばした。
公爵家が常傭で抱えている騎士団の詰め所がある。
「執事さんが来る日は、何かが起こりそうで嫌なんだよな」
「今日も何も起こりませんって」
「そうであることを祈っているよ」
そうは口にしているが、しかし騎士団長は笑顔で自分を迎えてくれた。
「お嬢様の方は、変わりないか」
その問いに、あの悪役令嬢としてのお嬢様の噂話を思い出し、思いっきり眉間に皺がよってしまった。
「変わりありません」
「ならなんでそんな顔なんだ」
騎士団長はそういうと、大笑いをし、それ以上は聞いてこなかった。
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何もない日に顔を出しておくのが大事だと、これもモーリスさんに言われている。
何かあった日に初めて来る人間の頼みは、誰も聞いてくれない。
だから、この挨拶回りをやめることはできない。
そう思いながら、城壁の中へと帰っていった。
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日が傾きはじめたころ学園へ寄った。
向かったのは、男子寮と女子寮の中間にある建物だった。
従者エリア、従者のための寮、従者寮。
寮に入っている生徒の従者が使う場所。
男子寮の生徒の従者も、女子寮の生徒の従者も、この建物で生活している。
お嬢様は屋敷から通っておられるので、自分はここの住人ではない。
しかし、ここは情報の集積地。
なので、ときどきこうして出向いたりする。
そんな従者寮の中で、その会話が耳に入ってきた。
「……それで、殿下が御令嬢をお名前で」
足が止まった。
聞き耳を立てていることに気が付かれないように、気配を消していった。
「どなたのお名前を?」
「フォンテーヌ家。子爵家の御令嬢」
フォンテーヌ子爵家の令嬢は、この学園にひとりしかいない。
「ハンカチを落とされたんですって。それを殿下が拾われて」
「まあ、殿下がご自分で?」
「それで、お呼び止めになったときに——」
そこで声のトーンが一段落ちた。
「アリシア嬢、と」
異様な静けさが広がった。
「……ご家名ではなく?」
「ええ。それも、すぐにご家名に言い直されて」
「まあ」
誰かが小さく息を吐いた。
……ああ、殿下、何をしているんですか。
家名で呼ぶのは、知っているという意味しかない。
しかし名前で呼ぶと、それは親しいという意味になる。
「殿下はその御令嬢を」
「まさか」
「でも、お名前が先に出るというのは」
その先は誰も続けなかった。
それは続けなくても、その先は分かるということと、口に出してはいけないという理性もあるということ。
この人たちは誰かをおとしめたいと思っているわけではない。
面白い噂話をしているだけだ。
しかし、その噂話の中身の質が悪い。
……で、これ、どこまで広がっているんだ。
そんなことを思考しながら、周りに気が付かれないように、そっとその場を後にした。
そして、屋敷までの道のりで、自分の頭の中を整理する。
アリシア・フォンテーヌ様。
一年前に王城でのお茶会で紹介され、それから何度も公爵家のタウンハウスに来ている令嬢。
その令嬢の名前をルイ殿下が学園で口にされてしまった。
そして、そのことは噂話として確実に広がっていっている。
これら、一連の事実を知っているのは、この学園でおそらく自分ひとり。
……これ、お嬢様にお伝えするしかないよなぁ。
見たものを、ありのまま伝える。
先日そう言われたばかりである。
屋敷までの足取りが、少しだけ重くなっていた。
二日目も5話連続掲載ということで、これが本日の投稿は最後になります。
明日からは10月末まで毎日19時投稿の予定となっています。
今後の参考になりますので、面白い・続きが気になると思っていただけたら、
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