おしゃべり(4)
彼女はどこかの駅のホームにいた。
映画の世界のような赤いレンガの壁がどこまでも続いている。
彼女はそのホームの端に向かってゆっくり歩き出した。
人ごみをかき分けながら歩いていく。
端に着いても歩き続けレンガの壁にどんどん近づいていき、ぶつかりそうになった瞬間体が吸い込まれるように消えた。
今度は景色が切り替わり、豪奢な屋敷のエントランスにいた。壁は深い緑色、床には黒い大理石が敷き詰められている。
左右両側からゆるやかな弧を描いた階段が伸びていて、どこかの部屋に繋がっているようだ。
侍女がもくもくと床をほうきで掃いている。
なんだか見覚えのある光景のような気がした。
嫌な予感。
目の前の大きな扉を開けると広い部屋に出た。居間だろうか、奥に年季の入った暖炉がありその前にテーブルとソファーが並んでいる。
ソファーはテーブルを囲んで四つある。高級そうな皮のソファー。
それぞれにピンクやら赤やら派手なネグリジェの女性が寝そべって無言で雑誌を読んでいる。
生地が薄すぎて体のラインどころか肌がうっすら見えてしまっているのだが、ここでは誰もお咎めなしなのだろう。
その濃い化粧に金髪のウェーブのかかった髪……夜の蝶か。
彼女らはチラリとこちらを一瞥したが、何も言わずすぐ手元に目線を戻した。
テーブルには皿に山ほど盛られたクッキーと湯気の立ったマグカップが置いてあった。その匂いからしておそらく紅茶。
あの無愛想な女性達は……
思い出した。ここは過去に来たことがある。
まずい。一刻も早くここを出なければ。
彼女はすたすたとその横を通り抜けて、廊下に出た。
廊下は薄暗く、先の方を見ようとも真っ暗で何も見えない。
しばらく歩いていくとどこからか声がした。
「待ってたよ」
彼女は顔をしかめあからさまに嫌そうにすると、足を速める。
やっぱり。嫌な予感は当たった。アイツがいる。
ここを離れなければ。
終わらない廊下をひたすら歩く。
歩いても歩いても奥までたどり着けない。同じところを歩かされているのか、廊下が伸びているのか。
それでも彼女は必死に歩き続けた。
疲労はどんどん溜まっていき、足がもたついてくる。
「逃げるなんて。ひどいなぁ」
またアイツの呑気な声がした。どうせ遊んでいるつもりなんだろう。
ふっと気を抜いた瞬間、空間がぐわんぐわんと歪み始めた。壁も床も窓も右に左にぐねぐねと曲がって原型が分からないほどだ。
彼女はそれでも必死に出口へ向かおうとしたが、歪んでひだのようになった床に足を取られ転んでしまいそのまま下に飲み込まれていった。
ずぶずぶと沈んでいくと、鮮やかな紫色の部屋に落ちる。紫というよりピンクに近いか。
香水なのかなにかアロマを焚いているのか、甘ったるい匂いが充満していて鼻が曲がりそうだ。
この部屋は特に見覚えがあるような……
あっ、思い出した。
しまった。やられた。ここはアイツの部屋だ。
捕まったんだ。最悪だ。
「久しぶりだね」
気付いたら目の前にいて、倒れた彼女の横に座り顔をのぞき込んでいた。
顔が近い。澄んだ青い瞳や長いまつ毛、形の良い唇に思わず見惚れそうになるも、顔を背ける。
「どういうつもり?」
「なんだか急に君に会いたくなってね。呼んだんだ」
「呼んだんじゃなくて屋敷ごと追っかけてきたんでしょ。居間のあの女、たしかアンタの仲間でしょ?巻き込んじゃってるじゃない。ほんとどうかしてるわ」
「だって君、すぐ逃げるだろ?」
「ほんと最低」
「僕の部屋に来るのは久しぶりかな?」
「そうね。しっかし相変わらず汚いのね、この部屋。ガラクタの山でゴミ屋敷みたい」
「う〜ん、これでも君が来る前に整理したんだけどなぁ。ほら、前来た時にあった壊れかけの桐タンスと鍋の蓋は全部捨てたよ」
「自転車のハンドル、お菓子の空き缶、椅子の背もたれ、なんかの看板……もうなにがなんだか」
「酷いなぁ、僕が一生懸命集めてきたコレクションなのに。どれも長年使われてきたものばかり。中にたくさんこもった人々の想いや記憶が甘くておいしい」
「アンタにとっちゃお菓子なのね」
「そうそう、テレビとか見ながらちょくちょくつまむんだ。魔力補給にもなるし。かさばるものが多くて幅を取るのがちょっと問題」
「ベッドの周りだけはやけに綺麗ね」
「ん、一緒に寝るかい?」
「お断りします。なにされるか分かったもんじゃない」
「冷たいなぁ」
「じゃ。気が済んだ?そろそろ朝だろうし、じゃあね」
「へ?まだ早いよ?……えっ、ちょっと待って!待ってって!ねぇ待っ……
夢から覚めた。というより無理矢理目覚めた。
逃げるが勝ちだ。
目覚ましは鳴ってないが、そろそろ起きる時間だろう。危なくあのまま奴の部屋で過ごしてしまうところだった。朝になって目覚めてしまえば、こっちのもん。
廊下で散々歩き回ったのが、うまく時間稼ぎになったみたいだ。いい気味だ。
「やぁ」
「うわっ!!」
「鬼ごっこ楽しいねぇ」
「うそでしょ……私起きたのに……」
「うん?まだ夢の中だよ、ここ」
「えっ」
「君は夢の中でまた別の夢を見ていたんだよ。いつもと違ってなかなか面白いだろう?」
夢ならなんでも操れるとはいえ、めんどくさい事をするもんだ。
「ふざけないで。全然面白くないわ」
しかし、これも目論見通りなんだろう。アイツは目の前でヘラヘラ笑っている。
「朝までまだ時間があるしね。色々愉しもうじゃないか」
周りの風景がぐわんぐわんと歪むと先程の部屋に戻っていった。
「ほんと最悪……」
彼女は大きなため息をついた。夢の中だというのになんだかどっと疲れてしまった。




