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元動物園の飼育員、ダンジョン産の魔物を引き取ってのんびり暮らす 〜ダンジョンが出現した世界の魔物保護施設経営〜  作者: ヲワ・おわり


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第66話 全員の書類

「32名分というのは、探索者の証言書類です」と久保田が続けた。「探索者組合の名義で提出しました。今日の午前中に出してきました」


「今日」と悟は言った。「白石さんも今日出したと言っていました」


「そうですか」


 久保田の声は普通だった。示し合わせたわけではないらしかった。それぞれが動いた結果、同じ日になったということだった。


「証言書類には何が入っているんですか」


「探索者32名の証言、アームドビア対応の経緯書、あとは施設利用の記録です」と久保田が答えた。「経緯書は、施設でアームドビアを受け入れたときのことを、関わった探索者の側から書いたものです。その場にいた人間が書いている分、具体的なものになっています」


「そんなにたくさん」


「田中さんが組合の全支部に声をかけてくれました。それで集まった人数です」


---


 悟は少し間を置いた。


 田中が全支部に声をかけた、ということは、この市だけでなく、周辺の支部まで含んでいる可能性があった。組合には複数の支部がある。東楠市内だけでなく、近隣の市や地区の探索者も含んでいれば、そこまで集まる人数になるかもしれなかった。探索者の中にも施設を使ったことのある人間がいた。あるいは、直接使ったことがなくても、誰かから話を聞いていた人間もいるかもしれなかった。32という数字は、想像していたよりずっと多かった。


「あと」と久保田が続けた。「松田が書いたものも入ってます」


「松田さん」


「私の同僚です。最初は魔物が苦手でしたが、施設を使うようになって、少しずつ慣れたと書いていました。今は探索者として余裕が生まれたと」


 悟は少し黙った。松田のことは覚えていた。最初に来たとき、入り口で少し躊躇していた人間だった。レグを遠巻きに見ていた。久保田に連れられて何度か来るうちに、少しずつ慣れていった。最近は自分から世話の様子を見に来ることもあった。その変化を松田本人が書いて、書類として出してくれた、ということだった。探索者として余裕が生まれた、という言葉が頭の中に残った。


---


「みんな、動いてくれたんですね」


 悟は口から出てきた言葉を聞いた。


「当然ですよ」と久保田が言った。声はあっさりしていた。ただ、その一言の重さが違った。「お世話になってるんだから」


 それ以上の説明はなかった。久保田らしかった。なぜ動くのか、どのくらい大変だったか、どれほど時間をかけて集めたか、そういうことは言わない人間だった。当然だから動いた、それだけだった。32名という数字が、その「当然」の重さを物語っていた。


「ありがとうございます」


「お礼はいいです。審査が通ってからでも遅くないので」


 久保田らしい言い方だった。悟は少し笑った。


「わかりました」


「何かあれば連絡します」


 それで電話が切れた。


---


 夜になった。


 悟は世話を終えて、施設の中を一周した。ガッシュが草を食べていた。ムクが水の中でゆっくり動いていた。リンが棚の上で羽を畳んでいた。いつもどおりだった。何一つ変わっていなかった。昼間に何があっても、夜になればこうなる。


 事務スペースに戻って、椅子に座った。


 今日の出来事を思い返した。野島が昨日意見書を出した。今日、白石が記録ノートのコピーと自分の観察記録を出した。久保田が探索者32名の証言書類を出した。田中が全支部に声をかけて集めた書類が今日、管理局に届いた。別々に動いた人間が、同じ日に書類を出したことになる。


 悟はそれを頭の中で並べた。


「なんか、思ったより周りに人がいたな」


 声に出た。施設には悟しかいなかった。


---


 レグが縁側から戻ってきて、悟の足元に来た。そのまま床に伸びた。


 悟はレグを見た。橙色の体が照明の下で少し光っていた。


 野島は本気で教科書に載ると言った。白石は初回から手帳に書き続けていた。田中は支部をまとめた。久保田は当然だと言った。松田は自分の変化を文章にした。


 悟はそのどれも、自分から頼んだわけではなかった。それぞれが、それぞれのやり方で動いていた。悟はただいつもどおりにしていただけだった。それでも、これだけのことが動いていた。


 悟はレグの背に視線をやった。今日一日のことを、頭の中でもう一度並べてみた。それぞれがそれぞれの仕事として動いていた。悟がどうこうしたわけではなかった。施設があって、悟がいつもどおりにやっていた。それに対して、それぞれのやり方で応じてくれた人間がいた。


「そういうもんですか」


 レグが耳を動かした。答えは返ってこなかった。施設の奥から、ガッシュが草を食む音がした。静かな夜だった。


---


 スマートフォンにメッセージが届いた。


 送信元は知らないアドレスだった。件名を見ると、「東楠市魔物管理局 審査担当」とあった。


 本文は短かった。


「審査に際し、直接ご説明をお願いしたく存じます。日程について調整させていただきたいため、ご連絡いただけますでしょうか。会議室での説明をお願いする予定です」


 悟は画面をもう一度読んだ。


「わかりました」と返信した。


 送信した後、しばらく画面を見ていた。


 会議室、という言葉が頭の中に残った。施設の中ではなく、向こうの場所で話すことになる。悟はそれを考えた。何を話すのか、どう話すのか、まだわからなかった。ただ、話すことになるのは決まった。


 レグが悟を見た。それからまた目を細めた。

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