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元動物園の飼育員、ダンジョン産の魔物を引き取ってのんびり暮らす 〜ダンジョンが出現した世界の魔物保護施設経営〜  作者: ヲワ・おわり


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第65話 白石さんの提出

メッセージへの返信を打つより早く、電話がかかってきた。


「神崎さん、今よろしいですか」


 白石の声だった。落ち着いた、いつもの声だった。


「ええ」


「記録ノートのコピー全巻と施設の実績年表を、今日提出します。今から管理局に向かうところです」


 悟はスマートフォンを持ったまま、少し固まった。


「記録ノートのコピー、ですか」


「はい」


「白石さん、そのコピーというのは」


「私が毎回施設に来るたびに、少しずつ取らせていただいていたものです」


---


 悟はすぐに言葉が返せなかった。


 記録ノートは棚に並んでいる。施設を始めた年から今年のものまで、5年分以上。それを白石が毎回少しずつコピーしていた、ということだった。悟が気づいていなかっただけで、ずっとそうしていたということになる。


「毎回、少しずつ」


「はい。一度にまとめて取るのではなく、来訪のたびに少しずつです。全部揃いました。それと、私自身の観察記録も添付しました。施設の訪問ごとに私がつけてきたものです」


「……あの手帳が」


 気づいたら声に出ていた。白石が来るたびに手帳を取り出して何かを書いているのは知っていた。ただ、それが何年分も積み重なって提出できる資料になっているとは、考えたことがなかった。


「はい」と白石が言った。「初回から続けています」


---


 悟は少し考えた。


 白石が担当になったのは施設を始めてすぐの頃だった。以来、定期的に訪問してきた。来るたびに手帳に書いていた。悟はそれを、担当者として記録を取っているのだろうと思っていた。当然そうだと思っていた。ただ、それが全部揃っていて、今日提出されようとしているというのは、想像していなかった。


「白石さん、それは最初からそうするつもりで来ていたんですか」


 少し間があった。


「最初は違います」


「違う、というのは」


「最初はただ担当として訪問していました。記録を取るのは仕事上の習慣なので、手帳に書くのは自然とやっていたことです。ただ、何度か来るうちに、これは残しておく必要があると思いました」


「いつ頃そう思ったんですか」


「はっきりいつとは言えませんが、施設の動物たちが安定してきて、神崎さんの記録ノートを見せていただいたあたりだと思います。これを記録しておかないのはもったいないと思った。それからです」


---


 悟は黙っていた。白石の言い方は淡々としていた。そこに感情が混じっているわけでも、何かを強調しているわけでもなかった。ただ必要だと思ったからやっていた、という言い方だった。それでいて、聞いているこちらには何かが積み重なるような感じがあった。5年分の記録が、今日という日に向かって少しずつ揃っていたということが、じわじわとわかってきた。


「ありがとうございます」


「礼には及びません」と白石が言った。きっぱりとした言い方だった。「正確に記録するのが仕事ですから」


 ただ、声の奥に何かがあった。きっぱりした言い方の裏に、わずかに満足しているような気配があった。悟はそれをうまく言語化できなかったが、確かにあった。こういうことを言われたとき、白石は「礼には及びません」と答えるのがいつものやり方だった。それでも今日の声には、何か少し違うものが混じっていた。


「それでも」と悟は言った。


「神崎さん」と白石が遮った。「今から提出に行くので、続きは後で」


「……わかりました」


「では」


---


 電話を切った。


 悟は椅子に座ったまま、しばらく動かなかった。


 棚の記録ノートを見た。背の揃った冊子が並んでいた。毎日書いていたから積み重なっているだけで、特別なことをしているつもりはなかった。野島にも同じことを言われた。宝だと言われても実感がなかった。ただ、白石がそれを自分のやり方で、自分の記録と並べて残していた、ということは今わかった。


 手帳の記録が初回から続いているというのは、悟の想像の外にあった。


 悟はノートの列をもう一度眺めた。5年と少し。毎日書いた日付が並んでいる。ここに書かれていることと、白石の手帳に書かれていることが今日、管理局に届く。


---


 悟が立ち上がろうとしたとき、足元に重みがかかった。


 レグだった。


 悟の手の甲をしっかりと踏んで、一度こちらを見た。それから何事もなかったように歩いていった。縁側の方に向かって、そのまま丸くなった。


 悟は踏まれた手を見てから、レグを見た。レグはもう悟の方を見ていなかった。橙色の体がのんびりしていた。


「……うん」


 悟は立ち上がった。午後の世話の時間だった。いつもどおりだった。


---


 その日の夕方、スマートフォンが鳴った。


 久保田からだった。


「神崎さん、少しよろしいですか」


「ええ」


「探索者の証言書類の件です。こちらも出せそうです」


「そうですか」と悟は言った。久保田が直接動いているのは聞いていた。どのくらい集まったかは聞いていなかった。


「どのくらい集まりましたか」


 電話の向こうで久保田が一瞬だけ間を置いた。


「32名分、集まりました」


 悟は少し言葉が止まった。


「32名も」


 それだけ言った。久保田が「ええ」と答えた。

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