第63話 こいつ、思ったより小さいな
安藤とレグの間に、しばらくの時間が流れた。
レグはその場を離れなかった。安藤の方を向いたまま、ただそこにいた。湯呑みを持ったまま動けずにいた安藤が、ゆっくり息を吐いた。それから、視線がレグの頭から背、足へと動いた。
「……こいつ、思ったより小さいな」
安藤がぽつりと言った。独り言のような声だった。
悟は何も返さなかった。
安藤が少し間を置いた。「記録に書かれているサイズは読んでいたんですが」と続けた。「もっと大きいと思っていました」
「人によってはそう言いますね」
「怖いという感覚が先にあって」と安藤が言った。それから止まった。「……いや、今も怖くないわけじゃないですが」
「そうですか」
「ただ、思っていたものと、目の前にいるものが違うというか」
悟はレグを見た。レグはまだ安藤の足元に座っていた。特に何かをしているわけではなかった。ただそこにいるだけだった。
「ウォームドレイクは温厚な方ですよ。中型犬くらいの気性だと思っています」
「そうなんですか」
「ただレグは特に人に慣れています。他の施設から預かったときから、人を嫌がらなかった」
「他の施設というのは」
「探索者の方が怪我させてしまって、応急処置を受けた後、回復のために預けられた経緯があります。そこでも飼育員に慣れていたみたいで」
安藤がレグの方に視線を戻した。「それで今ここにいるんですね」
「一度戻ったんですが、また怪我して、それからずっとここにいます」
「なるほど」と安藤が短く言った。
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安藤が湯呑みをテーブルに置いた。それから少し体を前に傾けた。レグの方を見ながら、どうすればいいかを考えているような動きだった。
レグが頭を少し持ち上げた。
安藤が止まった。
レグがゆっくり前に進んだ。安藤の足元の、靴のすぐそばまで来た。それから首を伸ばして、安藤の膝の上に置かれていた手の甲に、鼻先をちょんと当てた。
一瞬だった。当ててから、すぐに頭を引いた。
「あ……」
安藤の声が出た。かすかな声だった。体が固まったまま、手を動かすこともできなかった。
悟は見ていた。
「挨拶したんですよ」
安藤がゆっくり顔を上げた。「挨拶」と小さく繰り返した。
「レグなりの確認です。敵意がないかどうか」
「……確認」
「害がないと判断したら近づきます。レグが今日ここにいるのは、たぶんそういうことだと思います」
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安藤がまたレグを見た。レグはすでに少し距離を戻していたが、その場を離れていなかった。安藤の手の方向に顔を向けたまま、静かにしていた。
安藤がゆっくり手を開いた。広げた手のひらを、動かさずにそのままにした。
レグが鼻先を少し動かした。匂いを嗅いでいた。しばらくしてから、もう一度安藤の手に近づいた。今度は少し長く、手の甲に鼻先を当てていた。
安藤が動かなかった。息をひそめているようだった。
レグが鼻先を離して、安藤の手のひらの方に顎を乗せた。
「……あ」
もう一度、かすかな声が出た。
悟は何も言わなかった。
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安藤が帰り際、玄関で靴を履きながら言った。
「来週も来てもいいですか」
「どうぞ」
安藤が一瞬、入り口の方を見た。それから「よろしくお願いします」と言って、外に出た。
悟は門のところまで送った。安藤の車は施設の前の道に停めてあった。安藤がドアを開けて乗り込みながら、少し振り返った。特に何かを言うわけではなかった。ただ一瞬、振り返っただけだった。
車が動き出してから、悟は施設に戻った。
レグがいつの間にか入り口のところに来ていた。外の方向に鼻先を向けていた。
「なんだ、気に入ったのか」
レグが顔だけ悟の方に向けた。




