第60話 3か月
白石からの電話は昼前だった。
悟がレグの水を替えているとき、スマートフォンが鳴った。レグがちらりと目を向けたが、すぐに視線を外した。
「神崎さん、今よろしいですか」
「ええ」
「通知が届いたと思いますが」
「さっき開けました」
少し間があった。
「正式に3か月の猶予期間が設定されました。期間中に管理局として認可審査を実施します。審査の結果によって施設の継続可否を判断することになります」
悟は水の容器を下に置いた。
「わかりました」
「審査には、神崎さん本人からの直接説明を求める可能性があります。そのときはまた連絡します」
「そうなったら話します」
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白石が少し間を置いた。それから、ふだんとは少し違う声で言った。
「不安ではないですか」
個人的な問いだった。業務の話の流れではなかった。悟は少し考えた。白石がこういうことを聞くのは珍しかった。
「少しはありますよ」
「……そうですか」
「ただ、なるようになると思っています」
電話の向こうで白石が黙った。短い間だったが、何か考えている感じがあった。
「そう言えるのが神崎さんらしいですね」と白石が言った。
「そうですかね」
「私はそうは思えないので」
白石の言い方に、わずかに個人的なものが混じっていた。仕事の電話の中でそういう声が出てくるのは、白石にしては珍しかった。悟は無理に何かを言う気にもならなかった。
「白石さんが心配してくれているのはわかります」
「……わかりますか」
「ええ」
白石がその言葉をどう受け取ったかは、電話越しにはわからなかった。
また少し間があった。白石が「そうですか」と言った。今度は短かった。「では、審査の段取りが決まり次第連絡します」
「よろしくお願いします」
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電話を切った後、悟はしばらくレグのエリアに立っていた。
3か月、という区切りが頭の中にあった。審査が通れば施設は続けられる。通らなければどうなるか。それはそのときに考えれば良かった。今は考えても仕方がない。
レグがそばに来た。悟の足元を確認するように一周してから、落ち着いた。悟は少しレグを見てから、スマートフォンを取り出した。
久保田に連絡した。電話が繋がると、「来ましたか」と即座に言った。
「来ました。3か月の猶予です」
「わかりました。やれることをやります」
迷いのない言い方だった。久保田らしかった。悟がお礼を言うと、「そういうのはいいです」とあっさり言って電話を切った。
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田中にも連絡した。
「3か月ですね」と田中が言った。電話越しでも、何かを考えている気配があった。「証言書類の補強と、提出先の確認をします。やれることをやります」
「ありがとうございます」
「組合として協力できることはしますので、何かあればすぐ言ってください」
田中の「やれることをやります」は久保田のそれと同じ言葉だったが、声の質が違った。久保田は体を動かす人間の言い方で、田中は仕組みを動かす人間の言い方だった。
電話を持ったまま少し間があった。ムクが水槽の縁から触腕を一本だけ伸ばして、悟の腕に静かに乗せていた。
「ムク、それ邪魔です」
ムクは動じなかった。触腕はそのままだった。悟は少し笑ってから、次の電話に移った。
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野島にも電話した。
「来ましたか」と野島が言った。「意見書の草稿はほぼできています。もう少しで完成します」
「早いですね」
「気になったら動くんです、私は。やれることをやります」
三人が同じ言葉を言った。
悟は少し笑った。
「野島先生まで同じことを言うんですね」
「同じこと?」
「みなさん、やれることをやりますと言うんです」
野島が少し間を置いてから、「そりゃそうですよ」と言った。「神崎さんの施設が続くかどうかの話ですから」
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三人それぞれへの電話を終えて、悟は事務スペースに戻った。
「皆さんがいれば十分ですよ」
独り言だったが、声に出ていた。
レグが縁側の方から戻ってきて、悟の横に来た。悟が椅子に座ると、いつものように膝のあたりに落ち着いた。
「僕はいつもどおりにするだけです」
そう言いながら、レグの背をなでた。レグが目を細めた。
三人の言葉を思い返した。久保田はあっさりしていた。田中は段取りを考えていた。野島はすでに動き始めていた。同じ言葉でも、三人の動き方は全然違うと思った。それぞれがそれぞれのやり方で動いている。
悟にできることは、そのままでいることだった。いつもどおりに世話をして、いつもどおりに記録を取る。審査が来たら話す。それだけでいいはずだった。
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夜になった。
午後の世話を終えて、夕方の一周りを終えて、それから夜の世話の準備をした。いつもの手順だった。何も変わらなかった。
悟は縁側に出た。レグが後ろからついてきて、膝の上に乗った。重かった。夜の空気は少し冷たかった。施設の灯りが庭先まで届いていた。
「3か月か」
呟いた。空は曇っていた。
少し考えてから、悟は続けた。
「まあ、3か月あれば魔物も3か月世話できる。そっちの方が大事だな」
レグが体を動かして、少し深く収まった。
施設の中からガッシュの草を食む音がした。規則正しい音だった。今日も夜になるとあの場所に落ち着いて、草を食べている。それだけのことだった。
3か月後に何が決まるにしても、ガッシュは草を食べる。ムクは水の中にいる。リンは棚の上で羽を畳む。それは変わらない。
悟は立ち上がった。夜の世話の時間だった。
レグが縁側から施設の中に戻る悟を追った。
施設の奥から、ムクが水の中でゆっくり動いている気配があった。リンが棚の上でわずかに動いた。夜の世話が始まる気配を感じているらしかった。
悟は道具を手に取って、奥に向かった。施設の灯りがついていた。




