表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元動物園の飼育員、ダンジョン産の魔物を引き取ってのんびり暮らす 〜ダンジョンが出現した世界の魔物保護施設経営〜  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
58/70

第58話 久保田が動く

「俺にできることをやりたいんです」


 久保田がそう言ったのは、施設の前で靴を脱ぐ前だった。悟が扉を開けると、久保田が立っていた。いつもより少し固い顔をしていた。


「上がってください」


 事務スペースに通して、お茶を出した。久保田はすぐに話し始めた。


「審査があると聞きました。3か月の猶予で認可を取るかどうか決まるって」


「白石さんから聞きましたか」


「いや、探索者の間でも話が出てるんです。悟さんの施設のこと、気にしてる人が思ったより多くて」


 悟は少し意外だった。


「そうですか」


「それで」と久保田が続けた。「組合に頼んで、施設の実績書類を集めます。悟さんにここを使ったことがある探索者の証言を集めたい。審査に使えるかどうかはわからないけど、やれることはやりたいんで」


---


 久保田がスマートフォンを取り出した。


「田中さんって覚えてますか。組合担当の」


「ええ、何度かお会いしました」


「さっき電話したら即答でした。組合として全面協力します、って」


 即答、という言葉が悟の中に少し残った。


「田中さんも動いてくれるんですか」


「動くどころか、俺が電話し終わる前に次の動きを考えてましたよ。書類の体裁を整えるのが得意な人なんで、そっちは任せます。俺は証言を集める」


 久保田がお茶を一口飲んだ。


「悟さんは普通にしていてください」


「普通に」


「そうです。俺たちがやるんで、悟さんはいつもどおり施設を動かしてくれれば十分です」


 言い方がはっきりしていた。あれこれ考えなくていいという意味だった。


---


 翌日から、久保田が動いた。


 松田も一緒だった。久保田の同僚で、二人は同じ時期にBランクに上がっている。久保田から声がかかったらしく、「俺も悟さんの施設には一回世話になったんで」と言って合流した。その言い方はあっさりしていた。理由を長く説明するタイプではない人間だった。


 二人は探索者仲間に声をかけて回った。施設を利用したことがある人間に、感想や経緯を書いてほしいと頼んだ。「審査の書類に使うかもしれない」と説明すると、断る人間はほとんどいなかった。むしろ「もっと早く言ってくれれば良かった」と言う人間もいた、と後で久保田が話していた。


 田中も組合側でネットワークを動かしていた。組合に登録している探索者のデータから、施設の利用履歴がある人間をリストアップして、久保田に渡した。「こういう作業は得意なんで」と田中が言ったと久保田が話した。


 数日で、書類が集まってきた。


---


 内容はさまざまだった。


「逸脱した魔物を引き取ってもらった。ダンジョンから持ち出した個体で、どこへ持っていくかわからなかったところを受け入れてもらえた」と書いた探索者がいた。


 別の一人は「施設で魔物の扱い方を教えてもらった。対処法がわかってからは活動が安全になった」と書いていた。


「一時預かりを頼んだことがある。探索中に保護した個体を、戻るまで面倒を見てもらった。それだけでも助かった」という内容もあった。


「神崎さんの記録を見て、自分が保護した個体の状態が把握できた。あの記録がなければどう判断すればいいかわからなかった」と書いた探索者もいた。


 田中が書類の体裁を整えた。証言の一つ一つに日付と状況の概要をつけて、まとめた。手際がよかった。証言の数は二十を超えた。


---


 久保田が施設に現れたのは、それから一週間ほど経ってからだった。


 玄関で、封筒を差し出した。


「これだけ集まりました」


 かなりの束だった。悟が受け取ると、ずっしりとした重さがあった。


「田中さんが整理してくれたんで読みやすいはずです。あとは審査のときに使えると判断したら提出してもらえれば」


「ありがとうございます」


 久保田が少し照れた顔をした。


「俺はこういうことしかできないんで」


「こういうことができる人がいると助かりますよ」


 久保田が「まあ」と言った。それ以上は言わなかった。悟は封筒を棚に置いた。


 ガッシュがエリアの端からのそりと近づいてきていた。久保田が封筒を手に持ったままテーブルに近づくと、ガッシュが鼻先を書類の端に押しつけた。


「ちょっと、ガッシュさん」


 久保田がとっさに封筒を高く持ち上げた。ガッシュは気にした様子もなく鼻をひくひくさせている。


「匂いを嗅いでいるだけですよ」と悟は言った。「書類に興味があるみたいですね」


「さすがに書類に鼻水つけないでほしいですよ」


 久保田が困り顔で封筒を胸元に抱えた。ガッシュがぶーぶーと鳴いた。


---


 レグが事務スペースの入り口から顔を出していた。久保田がそちらを見た。


「レグさん、元気そうですね」


「ええ。寒くなってもあまり変わらないですね、この子は」


「強いな」


 レグが久保田を見てから、悟の方に歩いてきた。いつものように膝のあたりに落ち着いた。久保田が少し笑った。


「悟さんのこと好きですよね、絶対」


「そうですかね」


「膝から離れないじゃないですか、電話してるときも」


 それは本当だった。悟が何かしているとき、レグは大体そのあたりにいた。久保田がレグを少し眺めた。


「俺、初めてここに来たとき、このサイズの魔物に近づくの怖かったんですよ」


「今は?」


「今はまあ……慣れました。悟さんのところに何回か来ると、そういうもんかって気がしてくる」


「慣れると思えば慣れますよ」


「悟さんはそれを言い過ぎですけどね」と久保田が言った。笑いが混じっていた。


---


 久保田が帰り際、玄関で立ち止まった。


「そういえば、野島先生ってどうしてますか。あの大学の」


「野島先生ですか」


「施設に来てた研究者の。あの人は審査について何か言ってましたか」


 悟は少し考えた。野島から最後に連絡があったのは、もう少し前だった。


「特にまだ」


「何かしてくれそうな気がするんですよね、ああいう人は」


「そうかもしれませんね」


「電話してみてもいいんじゃないですか」


 久保田がそれだけ言って、「では」と頭を下げた。


 悟は玄関に立ったまま、少し考えた。野島先生に電話してみるか、とつぶやいた。レグが足元で体を動かした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ