表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元動物園の飼育員、ダンジョン産の魔物を引き取ってのんびり暮らす 〜ダンジョンが出現した世界の魔物保護施設経営〜  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/70

第57話 管理局の中

ムクの水槽の水温を確認していたとき、スマートフォンが鳴った。


 白石からだった。


「少し話せますか」と白石が言った。


「どうぞ」と悟は答えた。


 片手にスポンジを持ったまま、水槽の縁に手をかけた。ムクが水槽の奥の方で揺れていた。今日は機嫌が読みにくい日だった。


「管理局内で意見が割れています」と白石が言った。「認可を進める案と、閉鎖を求める案が並立している状態です」


「閉鎖を求める側の理由は?」


「法的根拠の曖昧さ、リスク管理の不透明さ、それから前例のない施設形態への懸念です」


 悟がスポンジを水槽の内壁に当てた。水が少し揺れた。ムクがこちらに近づいてきた。


「それは理解できる意見ですね」と悟は言った。


 電話の向こうで間があった。


「……そうですか」と白石は言った。


「正式な根拠なしでやってきたのは確かだし、前例がないのも確かなので。言っている内容はわかります」


「そうですね」


 白石の声は平静だった。ただ短い間に、何か悟の言い方を受け止めているような時間があった。


---


 ムクが水槽の縁に近づいてきた。悟がスポンジを動かすと、ムクが水の中でいつもの動きを始めた。


「認可派の根拠は何ですか」と悟は聞いた。


「実績と、アームドボア対応の成果です」と白石は言った。「それと……私の報告書と、安藤さんの報告書」


 ムクが水槽の中で体を翻した。水がはねた。


「っ」


 悟の袖が濡れた。水が肘まで上がってきた。


「神崎さん?」


「大丈夫です、水槽掃除中で」と悟は答えた。スマートフォンを頰に押しつけながら、袖をまくった。「続けてください」


「……本当に大丈夫ですか」


「ムクが暴れただけです」


 白石が少し黙った。何かを言いかけたが、言わなかった。


「報告書の話でしたね」と悟は言った。


「はい。私の報告書と安藤さんの報告書が、認可派の資料として使われています。安藤さんは先週、自分の調査まとめを提出したようです」


「そうですか」


「正確に書くと言っていましたから」


---


 ムクがまた体を揺らした。今度は水槽の底の方に沈んで、上がってきた。水面がわずかに盛り上がって、悟の腕に水がかかった。


 悟は特に何も言わなかった。


「白石さんと安藤さんが動いてくれているなら」と悟は言った。「俺は信頼していいですね」


 電話の向こうでまた間があった。今度は少し長い間だった。


「……はい」と白石は言った。声が少し低くなっていた。「尽くします」


「ありがとうございます」


「結果は約束できないですが」


「それは構いません」


 ムクが水槽の縁まで近づいてきた。体の触手がガラスにあたって、ぺたぺたと音を立てた。悟がスポンジで近くの壁を拭くと、ムクが少しだけ離れた。それからまた近づいてきた。


「決定は早ければ来月です」と白石は言った。「もう少し長引く可能性もある」


「わかりました。それまで通常通りやってます」


「何か変わったことがあれば連絡してください」


「はい。白石さんも、何かあれば」


「連絡します」


---


 電話が切れた。


 悟はスマートフォンをポケットにしまおうとして、濡れた袖で持ち直した。ポケットの入り口も湿っていた。


 水槽の中でムクが揺れていた。


 悟は自分の状態を確認した。袖が肘まで濡れていた。ズボンの膝のあたりにも水がはねていた。胸元も少し濡れていた。


「水槽掃除中に電話するのが悪いんですけどね」


 独り言を言った。ムクは平然としていた。特に気にしていない様子だった。


 悟はスポンジを手に取り直して、掃除の続きをした。ムクがまた近づいてきた。今度は体をあまり揺らさなかった。水がはねなかった。


 気まぐれだな、と悟は思った。


---


 翌日の朝、スマートフォンに着信があった。


 久保田からだった。


 悟が折り返すと、久保田はすぐに出た。


「神崎さん、白石さんから少し話を聞きました」と久保田は言った。「俺にできることをやりたいんですけど、何かありますか」


 悟はしばらく考えた。


「久保田さんにできること、か」


「何でも言ってください。動きます」


 悟は答える前に、施設の中を見た。


 ガッシュがエリアの奥にいた。朝の落ち着いた時間だった。リンが棚の上で羽を畳んでいた。ムクの水槽からはフィルターの音が規則的に聞こえていた。


「閉鎖派がいるって、本当ですか」と久保田が続けた。声が少し低くなっていた。「白石さんから聞いてはいたんですが、実際のところ」


「そうですね。管理局の中で意見が割れているのは事実です」


「やばいじゃないですか、それ」


「やばいかどうかは、わからないです。反対意見があることは自然なので」


「自然……」と久保田が繰り返した。「神崎さん、よく落ち着いていられますね」


「俺が焦っても何も変わらないので」


 電話の向こうで久保田が息をついた。


「俺、探索者組合を通して施設の実績書類を集めようと思っています。この施設を使った探索者の証言とか、怪我した魔物の回復記録とか。そういうの、手続き踏めば集められると田中さんに言われて」


 悟は少し考えた。田中というのは組合の職員だった。前に何度かやりとりがある。


「それは助かります」


「人手もあるんで、俺一人じゃないですし。時間はかかるかもしれないですが、やります」


「ありがとうございます」


「神崎さんに何かできることがあれば言ってください。本当に」


「今のところは大丈夫です」と悟は言った。「久保田さんが動いてくれているのが、すでに助かっています」


 電話を切ってから、悟はしばらく施設の中を眺めた。


 白石と安藤の報告書。久保田が動き始めた実績書類。それぞれが別々のところから動いている。悟自身は毎日の世話をしているだけだった。


 ガッシュが方向を変えて、エリアの端まで歩いた。立ち止まって、悟の方をちらりと見た。それから再び奥に向かった。


 悟は手を動かして、朝の作業の続きをした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ