第52話 白石さんの言葉
白石が来たのは翌日の昼前だった。
電話では「詳細が決まったらまた連絡します」と言っていたが、連絡より先に本人が来た。悟が世話の合間に玄関に出ると、白石がいつもより少し早足で歩いてきた。
「わざわざ来てもらわなくても」
「電話では話しにくいことがあったので」と白石が言った。
悟は少し考えた。電話で済む話と、来て話す話は、確かに別だと思った。白石がわざわざ来たのなら、来る必要があると判断したということだった。
---
事務スペースに通してお茶を出した。白石はすぐには飲まずに、持ってきた書類をテーブルに置いた。
「調査員が来ます。来週の木曜日、午前中の予定です。担当は安藤さんという方で、施設管理部の調査員です」
「堅い方ですか」
「堅い方です」と白石がはっきり言った。「ですが仕事はきちんとした方です」
「それなら安心ですね」
白石が少し顔を上げた。安心という言葉が想定外だったらしかった。
「……神崎さんは、調査について不安はないんですか」
「あるとしたら何でしょうね」と悟は言った。「正式な認可施設でないのは最初からそうで、それは私の問題ではあります。ただこれまでやってきたことを見てもらうだけなので」
白石がお茶に手を伸ばして、一口飲んだ。
---
リンが棚の上にいた。白石が来たのに気づいて首を傾けていた。
「リン」と悟が言った。
リンがふわりと棚を蹴って、白石の肩に止まった。白石がわずかに体をこわばらせたが、すぐに戻った。最近はそうなった。最初に止まられたときは声が出ていたが、今はもう慣れたらしかった。
「いつもそうするんですね、リンは」と白石が言った。
「白石さんが気に入ってるんでしょう」
「魔物に好かれた経験がないので、少し戸惑います」
「悪い気はしていないでしょう」
白石がリンを横目で見た。リンが小さく鳴いた。
「……まあ」と白石が言った。
リンが小さく身を丸めた。白石の肩の温度が気に入っているのかもしれなかった。白石は姿勢を変えなかった。少し前は肩に何かが乗るたびに反応していたが、今日は最初から動じていなかった。それが「慣れた」ということなのだと悟は思った。
---
しばらくして、白石が話を戻した。
「私が同席することにした理由を、説明させてください」
「聞かせてください」
「管理局の職員として、正当な手続きの中で動いています。特別なことをしているわけではありません。調査に同席することは規則上問題ない。それを確認した上でのことです」
「白石さんの立場は大丈夫ですか」と悟は聞いた。
「問題ありません」と白石は言った。迷いがなかった。「私はこの施設が、管理局の言う意味での問題施設でないと判断しています。それを上に対して説明できます。同席するのはその判断を裏付けるためでもあります」
悟は少し間を置いた。
「ありのままを見せてください」と白石が続けた。「飾る必要も準備する必要もありません。いつも通りのところを見てもらえばいい。それで認可されなければ、私の見立てが間違っていたということです」
「白石さんは認可されると思っているんですか」
白石がまっすぐ悟を見た。
「はい」
一言だった。短かったが、揺れがなかった。
---
悟は少し考えた。
「ありがとうございます」
「礼には及びません」と白石が言った。「事実を見てもらうだけです」
「それでも、ありがとうございます」
白石が何かを言いかけて、止めた。少し間があって、「わかりました」と言った。
リンが白石の肩でまた小さく鳴いた。白石が「こら」と言ったが怒っている声ではなかった。
悟が「リンも来週は大人しくしていてくれると助かりますが」と言った。
「来週も止まりに来るでしょうね」と白石が言った。
「そうですかね」
「なんとなく、そういう気がします」
白石が少し眉を下げた。困っているというよりは、しかたがない、という顔だった。
---
白石が帰り際、玄関で少し立ち止まった。
「神崎さんは、ずっとこういう方なんですか」
「どういう意味ですか」
「調査が来ると言われて、来たか、という感じで受け止めているような。そういう方という意味です」
「そうですかね」と悟は言った。「そういうものかと思っているだけですよ。まあ来るものは来ますから」
白石が少し考えるような顔をした。
「私が動揺した分を、余計に感じるのかもしれません」と白石が言った。
「動揺していましたか、電話で」
「少しだけ」
「そうは聞こえませんでしたよ」
「聞こえないようにしているので」と白石が言った。それだけ言って、「では来週木曜日に」と頭を下げて帰っていった。
---
悟はしばらく玄関に立っていた。
来週、調査員・安藤が来る。白石が同席する。それだけのことだった。
ガッシュのエリアの方から草を食む音がした。今日の午後の世話の時間だった。
「じゃあいつもどおりにするだけですね」
独り言が出た。それが正直な気持ちだった。
悟は世話の道具を持って、奥に向かった。
ガッシュが草を食んでいた。レグが縁側でとぐろを巻きかけていた。ムクが水槽の中を静かに泳いでいた。
来週も、これがそのまま続くだけだった。




