第46話 短い記事
新聞が届いたのは朝の七時だった。
いつも通り魔物たちの朝の確認を終えてから、テーブルに座って開いた。
社会面を開くと、確かにあった。小さな記事だった。二段組みで、縦に短い。他の記事の隙間に収まるくらいの大きさだった。
見出しは「市内に魔物保護施設、元飼育員が一人で運営」とあった。
写真が一枚ついていた。レグとガッシュが並んで写っている。レグはカメラを向いていた。ガッシュは横を向いていた。
本文は百字ほどだった。施設の場所と規模と、受け入れている魔物の種類が書いてあった。
インタビューの引用は一文だけだった。「普通の仕事ですよ(神崎さん・38歳)」。
悟はそれを読んで、新聞を置いた。お茶を一口飲んだ。特に感想はなかった。
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午前中に田中から連絡が来た。
「記事、確認しました」
「見ました」と悟は答えた。
「小さい記事で正解でした。これ以上大きかったら、問い合わせが殺到していたと思います」
「そうですか」
「今の規模だと、数件の問い合わせ程度で収まります。それでも対応できる範囲で」
「ありがとうございます」
「私も確認が遅れて申し訳なかったです。次からは事前に通します」
「田中さんの問題じゃないですよ」と悟は言った。
「でも結果的に悟さんにご迷惑をおかけしましたから」
悟は少し間を置いた。
「迷惑というほどでもなかったですよ。取材、短かったし」
「……そうですか」
「レグが勝手にカメラに向かっていったので。あれがなかったらもう少し大変だったかもしれませんが」
田中が電話の向こうで小さく笑った。
「レグが助けてくれたんですね」
「そういうことになりますかね」
電話を切った。
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レグが縁側に来ていた。朝の日差しの中で、橙色の鱗が少し光っていた。
悟は新聞を持ち出して、レグの前に広げた。
「お前、新聞に載ったぞ」
レグは新聞を見た。においを嗅いだ。それ以上は何もしなかった。
「まあそうか」
悟は新聞をたたんだ。レグがそのまま日当たりのいい場所に移動して、そこで止まった。
しばらくそれを見ていた。写真の中のレグはカメラをまっすぐ向いていた。実物のレグは今、目を細めて日差しを受けていた。
どちらも同じレグだった。
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午後になって、電話が来た。
一件目は「見学できますか」という問い合わせだった。悟が「予約が必要です」と答えると、相手が「どうやって予約するんですか」と聞いた。悟は少し止まった。
「改めてご連絡します」
電話を切った。
二件目はすぐに来た。「魔物を預けたいんですが」という内容だった。状況を確認していると、もう一つのスマートフォンが鳴った。そちらは留守電に回した。
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田中が昼過ぎに来た。
「予約制にしたほうがいいですかね」と悟が言った。
「今すぐ導入しましょう」と田中が即答した。
「今すぐですか」
「記事が出た初日に問い合わせが来たんでしょう。明日も来ます。週明けはもっと来ます。今日中に仕組みを作らないと、後で追いつかなくなります」
悟はお茶を出した。
「ありがとうございます」と田中が受け取りながら言った。「スプレッドシートで管理しましょう。見学の予約枠と、預かりの依頼受付を別のシートで。私が今日ここで作ります」
「わかりました」
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そこに、電話がまた鳴った。
「はい、まもの預かり所です」
「あ、悟さん!久保田です」
「久保田さん」
「記事見ましたよ!」久保田の声が弾んでいた。「写真のレグ、かっこいいですね。カメラ目線になってるし」
「そうみたいです」
「ガッシュも写ってましたよね。横向いてましたけど」
「ガッシュはそういう子なので」
「記事、俺のSNSで紹介していいですか。仲間内だけのやつなんで、そんなに広まらないと思うんですが」
悟は少し考えた。
「探索者の方向けなら構いませんよ」
「ありがとうございます!じゃあ上げますね」
電話が終わった。
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田中がノートパソコンを開いて作業を始めていた。
悟がお茶を持っていった。田中が受け取った。
しばらくして、悟がまたお茶を持っていった。
「ありがとうございます」
また少しして、悟がお茶を持っていった。
田中がキーボードを打ちながら、ふっと止まった。
「……さっきから何回お茶を出してくれるんですか」
「来たら出すもんですよ」
「3回目ですよ」
「そうですか」
「1回で十分です」
「じゃあ次は4杯まとめて持ってきます」
田中が少し黙った。
「……それは困ります」
「冗談です」と悟が言った。
田中がため息をついた。
「悟さんって、冗談を言うんですね」
「たまに」
「知りませんでした」
「そうですか」
田中が眼鏡を押し上げて、また画面に向かった。スプレッドシートの枠がどんどん埋まっていく。
予約受付のシートに、見学用の枠が並び始めた。一枠一時間、一日三枠。田中が「こんな感じでどうですか」と画面を向けた。悟が覗き込んだ。
「問題ないですよ」
「電話での問い合わせ用に、案内文も作ります。三分で読める量にします」
「お願いします」
外でガッシュがのんびりと草を食んでいる音がした。
レグが縁側から顔を出して、田中の方をしばらく見てから、また縁側に戻っていった。




